四次元ことばブログ

辞書と言葉に関するあれこれを、思いつくままに書き記しておくことにしました。

ぼくのかんがえたさいきょうの今年の新語2024

毎年恒例、勝手に今年の新語を選びます。今年は変な事件に巻き込まれたりしていてあんまり余裕がないので、さっさといきます。書式は『大辞林』風としました。グレーの部分は『大辞林 第4版』の既存の語釈です(語義を増やしたのに伴い一部改変した箇所があります)。


10位 横転

おう てん わう—[0]【横転・横顚】(名)スル ①横倒しになること。「列車が―する」②水平飛行中の飛行機が、胴体の前後方向を軸として右または左に回転する操縦技法。ロール。③俗に、非常に驚いたり、拍子抜けがしたりすること。「盗品が売られてて―」

びっくりして思わずすっ転んでしまうような状況をうまく言い表したネットスラングです。一般に広まっているとまでは言いにくいため下位としましたが、使いやすさから今後はさらに使用範囲が拡大していくことでしょう。用例は2010年代後半からあるようですが、「ニコニコ大百科」での立項は今年と、認知されたのは最近です。

 

9位 強火

つよ び[0]【強火】[一](名)火力の強い火。火加減を強くした火。「―でいためる」[二](名・形動)俗に、入れ込み方が尋常でないこと。「―担」「―なファン」▽⇔弱火よわび

「今年の新語」への投稿は、Xでは2019年から確認できます。そろそろ入選させておかないと授賞の機会を逸しそうです。今年、テレビ東京の超人気番組「川島明の辞書で呑む」で、「強火の山本ファン」とテロップで説明なしに使われていました(8月18日放送)。形容動詞として使えるのも注目ポイントです。


8位 インティマシーコーディネーター

インティマシー コーディネーター[10]〖intimacy coordinator〗映画や演劇などで、性的な場面が適切に制作されるように、俳優と制作者との間の調整を担当する人。IC。〔略して「インティマ」ともいう〕

日本では2021年頃から注目されはじめ、今年はインティマシーコーディネーターである西山ももこ氏の著書も刊行されています。映画『先生の白い嘘』をめぐり、インティマシーコーディネーターを入れてほしいという主演俳優の要望を監督が却下したことが明らかになり、批判が噴出した一件もありました。演劇関係者から、最近は「音響さん」みたいな感じで「インティマさん」などと呼ぶとも聞きました。


7位 イマーシブ

イマーシブ[2]〖immersive〗(形動)没入感のあるさま。「―シアター」

今年、「イマーシブ・フォート東京」が開業し、Googleマップでは「イマーシブビュー」機能がリリースされました。ディズニーのイベント「ディズニー・アニメーション・イマーシブ・エクスペリエンス」は昨年から翌年にかけて全国を巡回中です。「展示と体験が融合したこれまでにないイマーシブな展覧会です」(PSYCHO-PASS サイコパス 10周年記念 展覧会 CHROMESTHESIA SCOPE(クロメスタジアスコープ) https://psycho-pass-cs.jp/ 2024年11月30日閲覧)と宣伝文句に用いられるなど、特別な補足なく普通に使えるカタカナ語になった感があります。

 

6位 顔ない

顔無・い 表情を作ることができない、の意の俗語的な言い方。顔がない。「大事な日に寝坊して―・い」「推しがかわいすぎて―・いなった」

これもネットスラングで、2020年代に入ってから、主に「~で顔ない」「~して顔ない」などの形で頻繁に使われるようになりました。「顔がない」ではなく、多くは「顔ない」という助詞の脱落した形で用いられるのも、成句として新味があります(「顔がなくなった」などの例もあり、一語の形容詞ではないようです)。今年になって目にする頻度が非常に上がった実感があり、「ニコニコ大百科」での立項も今年でした。

標準語の文法的には破格な「顔ないなった」という言い方も好まれますが、「ないなる」は兵庫*1、高知・愛媛*2などでの使用が報告されており、方言コスプレと考えることもできそうです(うるさすぎる意の「鼓膜ないなった」というスラングもあります)。

 

5位 PFAS

ピーファス[1]〖PFAS〗〔per- and polyfluoroalkyl substances〕有機フッ素化合物の総称。分解されにくく、発癌性など人体への影響が指摘されている。食品の包装紙、消火剤、コーティング剤などに用いられる。

2022年頃から危険性が報道されるようになり、Googleトレンドでは同年末から検索数が急増、今年は昨年の2倍以上の高さの山ができています。今年、米国が飲料水に含まれるPFASの濃度に厳しい基準を定めたこともあり、日本でも規制強化を求める声が高まっています。高度な専門語でしたが、小型辞書に載ってもおかしくない語になりました。

 

4位 インプ・インプレ

インプ[1]俗に、インプレッションの略。→インプレッション

インプレ[0]俗に、インプレッションの略。→インプレッション

ウェブにおける広告などの表示回数を指す「インプレッション」の略語です。いずれも一部では以前から使われていた略語ですが、「インプ(レ)ゾンビ」「インプ(レ)稼ぎ」が注目された結果、ほとんど日常語になりました。ちなみに、三省堂の4辞書のうち、「インプレッション」にこの意味を載せるのは、今のところ『三省堂現代新国語辞典』のみです。

2語の同時授賞ですが、本家でも昨年「性被害」「性加害」が同時に受賞しましたし、『三省堂現代新国語辞典』なら「インプ(レ)」として一つの見出しにできるので、まあええでしょう。


3位 メロい

めろ・い[2](形)〔普通「メロい」と書く〕(主に若者言葉で)人をめろめろにさせるようすだ。魅力的だ。「―・すぎるアイドルグループ」

「メロメロ」の形容詞化と思われ、2010年代末から例があります。ここ1〜2年で急速に認知され、イー・ガーディアンの「SNS流行語大賞2024」にもノミネートされました。今年から放送されているテレビ東京の番組「#タグづけ」は、「ゆるくて楽しい“メロい”番組」*3と紹介されています。

先後は調べきれていないのですが、動詞「メロつく」「メロる」や形容動詞「メロだ」といった関連語もあり、現代語の世界における重要度はそれなりに高いでしょう。なお、音楽業界には「メロディーを重視したさまである」意の同音語が以前からあります。別語とみてよいと思いますが、影響はあるのかもしれません。

 

2位 界隈

かい わい[1]【界隈】①辺り近所。付近。近辺。「道頓堀―」②趣味や仕事などを同じくする集団。「言語学―」「―がざわついたニュース」③それをする人々。そのようなことをする人々。また、そうした人々をまねて、単にそれをすること。「風呂キャンセル―」「天使―」「―消費」「川で自然―してきた」

一大流行語となった「風呂キャンセル界隈」を筆頭に、新語として認知された「界隈」です。たくさん歩く「伊能忠敬界隈」、無垢な感じのファッションを好む「天使界隈」、アウトドアを楽しむ「自然界隈」なども代表例です。「マス消費」に対する「界隈消費」といったマーケティング用語も生まれました。本来、「界隈」は「銀座界隈」など、特定の場所を指す語です。

もっとも、『三省堂国語辞典』と『三省堂現代新国語辞典』には、すでに近い意味が載っています(これを「新界隈」と呼びましょう)。

かい わい[(界×隈)]⦅名⦆①〔略〕②ある分野(の人たち)。「マスコミ―・声優ファン―」
三省堂国語辞典 第8版』

かいわい【界隈】〈名〉❶〔略〕❷[俗に、趣味などの]分野・ジャンル。「撮り鉄―」
三省堂現代新国語辞典 第7版』

これはこれで新しいのですが、近年の「界隈」(こちらは「最新界隈」と呼ぶことにします)はさらに意味・用法が拡張しているというのが私の見立てです。

「新界隈」の上にくるのは、もっぱら肩書きと呼べるものか、趣味や研究の対象の名前でした。前者だと「美容師界隈」「阪神ファン界隈」、後者だと「夢小説界隈」「言語学界隈」などが該当します。

一方、「最新界隈」の上にくるのは、そういったものに限りません。むしろ、行為や状態というべきものが置かれるのが普通です。「風呂キャンセル界隈」は、風呂キャンセルが趣味なのではなく、風呂キャンセルという行為をしがちな人々ということです。「伊能忠敬界隈」は、「新界隈」の用法だと「伊能忠敬を研究する人々」「伊能忠敬が好きな人々」と解されそうですが、実際には「伊能忠敬のようなことをする(=たくさん歩く)人々」という意味です。

また、「最新界隈」では、「〇〇界隈」それ自体で一回きりの行為を表せるようになってきています。たとえば、ぬいぐるみなどを振り向かせる動画を撮る「振り向き界隈」という人々がいますが、このような動画を撮ることを指して「振り向き界隈してきた」と言うことができるのです。

 

▲辞書振り向き界隈をする例

 

これは「新界隈」では不可能な用法で、「天文学界隈しよっかな」と言えば、「天文学を研究する集団に入ろうかな」などではなく、「天文学者のようなことをしようかな(=星でも見ようかな)」と言っているのだと解されることになるでしょう。

2017年の「忖度」に勝るとも劣らないドラスティックな変化と、世間における流行語としての高い認知度を考慮し、堂々の第2位とします。


大賞 すんと

すん と[0][2](副)スル ①感情を失うさま。気持ちが冷めるさま。「夫にひどい冗談を言われて、急に―なった」②とりすましたさま。無関心なさま。つんと。「いづれ御縁あらばと―した言葉に/浮・御前義経記③身のこなしなどがすっきりしているさま。「踊り子の―して又誮やさしきは/浄・神霊矢口渡」

大辞林』にはすでに「とりすましたさま」「身のこなしなどがすっきりしているさま」の意で「すんと」が立っていますが、アクセントが示されておらず、現代語としての扱いではありません。『日本語オノマトペ辞典』の「すん」にも、[古]マークがついています。

ここでの「すんと」は、古語とは断絶して新たに発生したとみられる、何かのきっかけで感情が失われたようになるさまを表すオノマトペです。

手元の記録では、「食い気味に「厚かましいんだよっ!!」と怒られて「すん」ってなった」(『週刊現代』2015年8月8日号 p.143)あたりが早い例で、同時期以降から漫画の書き文字を中心に頻繁に見られるようになりました。「急にすんってなるんですよね」(飯塚悟志発言、TBSテレビ「水曜日のダウンタウン」2022年7月27日放送)、「たまにあんねん、IKKOさんすんとしてるとき」(川島明発言、テレビ東京川島明の辞書で呑む」2024年5月17日放送)など、口頭でもよく使わています。

2010年代末〜2020年代初頭には、「『すん』ってどういう意味?」と問う記事や質問サイトへの投稿もウェブ上に散見されました。その後じわじわと勢力を伸ばし、今年前期の朝ドラ『虎に翼』が、この語を全世代に一挙に知らしめました。作品の主な舞台となった昭和初期~中期、感情が失われたときに「すん」とは言わなかったはずですが、そんなことはどうでもいいのです。古語と同じ形で現代に復活し、今年朝ドラを介してあらゆる世代に受け入れられるに至った新オノマトペとして、ここに大賞を授与します。

ちなみに、見出し語形は、「と」を伴う副詞を国語辞書に立項するときの伝統的なやり方に従って、「すん」ではなく「すんと」としました。これは「じいんと」「ぽいと」などと同様で、漫画で「ジーン」と描写したり、「ぽいって捨てる」と言ったりしてはいけないことはないのと同じく、「すん」「すんって」などの形を排除するものではありません。これは国語辞書の見出しの立て方が悪いのです。「じいん」「ぽい」で立項しろ。

 

選外

MBTI トクリュウ マルハラ

選外には、後世に残るか不透明であるものの、時代を反映する3語を記録しておきます。MBTIは血液型占いのようなもので科学的でないという批判があり、いずれ下火になるでしょう。「匿名・流動型犯罪グループ」の略である「トクリュウ」も、できれば短命の言葉であってほしいものです。あと、名前がかっこよすぎる。「珍散団」とかにしたほうがいい。

 

去年はうっかり「全振り」とかいう今年感のない語を大賞に選んでしまったこともあり、今年の結果にはかなり満足しています。しかし、きっと本家本元の今年の新語は、さらに上をいくランキングを眼前に繰り出してくれることでしょう。楽しみにしています。

 

また、今年もヤシロタケツグさんの「シン・今年の新語」企画に選考委員として参加しています。あわせてお楽しみください。

www.poc39.com

 

*1:現代日本語方言大辞典』

*2:井上史雄、鑓水兼貴編著(2002)『辞典〈新しい日本語〉』東洋書林 p.163

*3:#タグづけ【ジュニア&呂布がタグづけしたら何気ないSNS投稿がステキに】(テレ東)の番組情報ページ | テレ東・BSテレ東 7ch(公式) https://www.tv-tokyo.co.jp/tagduke/ 2024年11月29閲覧