国連女性差別撤廃委員会は天皇制を廃止したいのか?──朝日新聞のバンダナ・ラナ委員インタビューを読んで(令和6年11月27日)
◇1 男系主義廃止を正義と信じ込む
国連の女性差別撤廃委員会が先月末、男系男子継承主義を採る日本の皇室典範の改正を勧告したことについて、朝日新聞が、日本審査を担当したバンダナ・ラナ委員(ネパール)にインタビュー(森岡みづほ記者)を試みている。残念ながら、底が浅い。
ラナ氏はインタビューで、「根強い課題の一つは、日本文化に深く根付いた、家父長制的な観念にある」と、女性差別撤廃に関する日本の取り組みについて概観したあと、皇位継承に関して次のように指摘している。
「世界には同じ継承制度を持つ国がたくさんあります。私たちは、男性のみが王位を継承できる法律は、女性差別撤廃条約の目的や趣旨に反すると考えています。日本だけを標的にしているわけではなく、例えばスペインなど他国にも同様の提案をしました。改正を検討した国や、実際に改正した国もあります。
勧告は国を辱めることを目的としているわけではありません。その国がより良くなることを目的としています。」
朝日新聞はこのくだりに、「日本を標的にしているわけではない」と小見出しを付している。
委員会の最終勧告は、「委員会は、皇統に属する男系の男子だけに皇位を継承させることは、(女性差別撤廃条約の)第1条および第2条と両立せず、条約の目標と目的に反すると考える」と述べており、ラナ氏のインタビューは同じフレーズを繰り返しただけで、何の新鮮味も、深みもない。「日本だけではない」が唯一の情報で、委員会は男系主義をすべて標的にしていること、男系主義廃止がまったき正義だと単純に信じ込んでいることが分かる。
◇2 男系主義は女性差別なのか?
このインタビューに関連して、少なくとも4つの問題点が指摘できる。
1点目は、皇室典範が定める男系主義は女性差別と判定すべきなのか、である。なるほど、皇室典範は第1条で「男系の男子が継承」と定めており、字面から見れば、女子を排除している。しかし果たして単純に女性差別と断定すべきなのか?
歴史的に考えたときに、世界最古、126代におよぶ皇位継承で、古来、8人10代の女性天皇が存在する。ヨーロッパ王室が女王を認めたのより、はるかに歴史が古い。
史実としては、近代になって、女子の登極が否認されたのではなく、夫があり、あるいは子育て中の女性天皇が否認されたのであって、これは女性差別というより、むしろ女性たる価値を認めるからではなかったか?
明治22年、皇位継承に関する「不文の大法」は皇室典範として成文化され、男系男子継承が宣言され、現行典範もこれを踏襲しているが、これはヨーロッパの王位継承にならい、終身在位制が採用されたからであろう。明治9年の「国憲起草の詔」には「広く海外各国の成法を斟酌し」と明記されている。
また、明治の皇室典範も、現行皇室典範も、皇后や皇太后が摂政となることを制度的に認めている。現行典範の場合、民間から入内したとしても、皇后、皇太后となった女性は、皇室会議を経て、摂政に就任すれば、天皇に代わって国事行為を行うことになる。民間の男子ならこうはならない。これは女性差別だろうか?
ラナ氏たちは、勧告に至る過程で、皇位の男系主義について、どこまで深く検討したのだろうか?
◇3 平等原則の例外ではないのか?
2点目は、君主制と法の下の平等原則との関係である。憲法学者の小嶋和司・東北大教授が指摘したように、天皇という特別の法的地位を認めること、血統主義による皇位の世襲を定めることは、平等原則の例外とされるべきであろう。男女平等、女性差別撤廃という基本的人権論を持ち出すのは合理的ではない。
女子差別撤廃条約が謳う「差別を非難、撤廃」(第2条)を第一に追求するならば、皇室典範の改正ではなく、憲法第一章の破棄こそ勧告されなければならない。それは革命の勧めである。もしやラナ氏たちは天皇制の廃止を勧告したいのだろうか?
天皇制廃止とは言わないまでも、「男系男子」の制約を外し、男女にかかわらず皇位の継承を認めたとき、いったい何が起きるのか、委員会はどこまで検討したのだろうか?
前記した終身在位制のもとでは、女子の継承が認められれば、世界最古の万世一系の皇統は終わりを告げることになる。日本の歴史にない王朝の交代という一大事である。「国家の基本」に関わる大問題であると同時に、世界史の異変である。
「女性天皇・女系天皇への途を開くことが不可欠」と明記した、平成17年の皇室典範有識者会議報告書に、伝統主義者たちの反発が強いのは、「万世一系」の皇統が失われることへの懸念が大きいからだが、それでも勧告を受け入れよとラナ氏たちは主張するのか? そこまでしないといけない理由は何だろうか?
ラナ氏たちは女性問題の専門家かもしれないが、日本政府が回答書で問いかけた、「国家の基本」に関わる法律の専門家とはいえないのではないか?
◇4 「国家の基本」の変更を勧告する権限があるのか?
3点目は、委員会の勧告の有効性あるいは限界性である。
女子差別撤廃条約の締結国は、条約の実施状況について、定期的に報告書を国連事務総長に提出することとされている。女子差別撤廃委員会はこの報告について検討することを任務とし、個人資格の専門家23名から構成されている。その委員会が、締結国の歴史や国のあり方にまで介入し、変革を求める権限があるのだろうか?
前に書いたように、2021年9月の日本政府の回答書には、「我が国の皇室制度も諸外国の王室制度も、それぞれの国の歴史や伝統を背景に、国民の支持を得て今日に至っている」とあり、今回の審議でも、ある日本代表は「日本の皇室や諸外国の王族のような制度は、当該国のそれぞれの歴史と伝統に基づいており、その国民に支えられている」と述べたことが記録されている。
日本政府の回答書がいみじくも「国家の基本に関わる事項」と表現しているように、長い歴史と伝統に支えられ、それだけ国民が支持を得てきた文明の根幹に関わることについてまで、「徳望が高く、かつ、この条約が対象とする分野において十分な能力を有する専門家」(同条約17条)とはいえ、個人の集まりに過ぎない委員会が「改正」を「勧告」することは認められるべきなのかどうか?
条約は委員会の役割について、「条約の実施に関する進捗状況を検討するため」としか定めていない。「国家の基本」に関することまで口出しすることは越権行為ではないのか?
◇5 「伝統」を捨て、王制を廃止し、混乱に陥ったネパール
ラナ氏が生まれたネパールは、かつて王制を採用していた。240年におよぶグルカ王朝が廃止されたのは2008年で、王制廃止を主導し、武装闘争を展開したのは共産党毛沢東主義派だった。革命国家・ソ連が崩壊して久しいというのに、ネパールでは時代錯誤も甚だしい、唯物史観の信奉者らしき革命家たちによって王制が打倒された。
王制崩壊に至る武力紛争の過程で、ラナ氏は女性問題に目覚め、市民運動を展開することになった。カーストや信条にかかわらず、女性たちは組織化され、家庭内や畑での伝統的役割を捨てた。やがてラナ氏は国連での活動に参加していくことになったらしい。2006年にはネパール政府と共産党との和平協定締結で武力衝突は終結したが、逆に政治的分裂が生じ、女性運動はその影響を被らざるを得なかったともいう。
国王を中心にしてさえ1つにまとまれなかったネパールは、「伝統」を捨て、そして大混乱の時代へと突き進むことになった。ラナ氏は祖国ネパールの亡国の歴史を検証することも不十分なまま、日本にも「国がより良くなる」と甘い言葉で誘い、「伝統を捨てよ」と要求しているかに見える。
最後の4点目は、インタビュアーの知識と見識である。森岡みづほ記者は、以上、指摘したことについて、ラナ氏に質問しなかったのだろうか? 新聞記事にはおのずと行数に限りがある。テーマは皇位継承だけではない。だとしても、深い問題意識は、少なくともこのインタビュー記事からは見えてこない。
略歴を拝見すると、森岡記者はヨーロッパ総局の所属で、関心事は「人の暮らし、歴史、防衛」らしい。「歴史」に関心があるということならば、天皇・皇室について十分な知識と取材経験を重ねたうえで、ディープな読者をうならせる続報を期待したいものである。
さて、蛇足だが、朝日新聞のインタビュー記事で、ラナ氏はスペインに言及し、「同様の提案をした」と答えている。委員会はどんな質問を突きつけ、スペイン政府はどんな回答をし、どんな審議が行われたのか、次回、精査してみることにする。すると、意外なことが見えてくる。



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