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おっしゃる通り、双方の主観や解釈が入っているだろうから第三者の立場としては難しい部分もありますが、「トランス女性とシス男性とを見分け、排除する必要が実務上出て来る」という李琴峰さんの主張については、李琴峰さんご自身がnoteで認めておられて、この主張がトランス差別であるのは明らかなので、そのような方が「LGBTQ+差別に反対」の声明の発起人をやってるのってどうなの? という話なのですが……。
作家の李琴峰氏を「ハラスメント加害者」と指弾する言説が一部に出回っています。私はこの問題を「事実」として拡散することには反対の立場です。デマ拡散の可能性があるからです。
せめて「ある人物が李琴峰氏をハラスメント加害者と主張しているが、李琴峰氏の主張は全面的に食い違っている」と伝えるべきではないでしょうか。
当該人物と李琴峰氏のいわゆる権力勾配、あるいは匿名・顕名の違いなど、論点はあります。しかし個人対個人の話なのですから。
李琴峰氏の反論を示しておきます。
note.com/li_kotomi/n/...
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「トランス女性とシス男性とを見分け、排除する必要が実務上出て来る」というのは確かにトランス差別でよく使われる言葉ですが、李さんは私信内でもっと限定した局面についてそういうを言っているわけで、それらの文脈を考えると確かにそういう状況では必要なのかな?と思ってしまいました。
おさむさんは、論理的に生じうるあらゆる局面において、「トランス女性とシス男性とを見分け、排除する必要が実務上出て来る」ことはあり得ず、これをやってしまうとどんな場面でも必ずトランス差別になる、というお考えですか? それとも、李さんの言っている文脈では許されないというお考えですか?