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非暴力による戦い ④

 1960年2月1日、ノースキャロライナA&T大学に通う、4人の男子学生が始めたシット・イン抗議運動は、3月末には、全国13州55都市に広がった。

 経済的、社会的なパワーのない学生たちは、自分たちのボディを危険にさらすことで、何万人、何億人もの人々に感銘を与えた。
 彼らは、その強いマインドで、ソウル・パワーで社会を動かした!

 
 学生のパワーに、ヒントを受けた活動家たちがいた。

エラ・ベイカー

 1903年生まれの彼女は、1938年からNAACPに所属し、公民権運動と、その活動組織結成のために尽力した。
 1957年、SCLC(南部キリスト教指導者会議)結成メンバーのひとり。
 彼女はグリーンズボロ・フォーによるシット・インと、その広がりを見て、公民権運動における学生の重要、且つ独特な役割に気付いた。
 1960年、非暴力による不服従を学生に指導し、SNCC(学生非暴力委員会)を結成する。
 SNCCは、SCLCから独立、他の組織に属さない、公民権運動の根幹を成すグループのひとつに成長する。

ダイアン・ナッシュ

 テネシー州ナッシュヴィルのフィスク大学で、ジェイムス・ロウソンから、非暴力による不服従戦術を学ぶ。
 ジェイムス・ロウソンは、ガンディーから直接指導を受けた人物だ。
 1960年、ダイアン・ナッシュは22歳の若さで、ナッシュヴィルの、ランチカウンターのシット・インを先導する。
 その後、エラ・ベイカーと共に、SNCC結成に尽力した。

ジョン・ルイス

 1940年、アラバマ州出身の彼は、モンゴメリー・バス・ボイコット事件を先導したキング牧師に感銘を受ける。
 彼もまた、ジェイムス・ロウソンの指導を受けている。
 1963年から3年間、SNCCの議長を務める。
 同年、人種差別撤廃を求めて、ワシントンDCに20万人が集結した「ワシントン大行進」を成功に導いた主要メンバーのひとりだ。
 歴史的な公民権運動のほぼすべてにおいて、彼は重要な役割を果たしている。

 彼らの経歴を書き始めるとキリがない。
 エラ・ベイカーなしで、SNCCの誕生はなかった。
 ダイアン・ナッシュやジョン・ルイスは、いくつもの公民権運動に参加し、傷を負い、何度も警察に逮捕されながらも活動を続けた。
 キング牧師ほど有名ではないけれど、1961年のフリーダム・ライドに、彼らの存在は不可欠だった。

フリーダム・ライド

 フリーダム・ライドは、南部の公共交通機関における人種差別を、非暴力不服従運動により撤廃させた公民権運動だ。
 その運動に参加した、勇気ある人々をフリーダム・ライダーズと呼ぶ。
 1960年、バスターミナル内のトイレ、ランチカウンターなど、公共施設における人種分離は違憲と見なされた(ボイントン対ヴァージニア裁判)。
 CORE(人種平等会議)は、この憲法が実施されているかどうかをテストすることにした。
 方法は、北部から南部へ向かう州間バスに乗り込み、各発着ターミナルにある休憩所やレストランを使用する。
 ”白人専用”というサインを無視して使用すれば、何が起こるのか?
 彼らは白人の対応をイメージし、非暴力不服従のトレーニングを行い、実行に備えた。

CORE

 1942年、ジェイムス・ファーマーによって「FOR(反政府主義団体)」の支部として設立された。
 COREは、肉体的にも精神的にも鍛えられた、非暴力で人種差別と闘うグループだ。
 シカゴのランチカウンターの抗議運動をはじめ、変わらない人種差別に対する抗議運動を行い、全国レベルで注目を集めることに貢献した。

フリーダム・ライダーズ

1961年5月4日
 
ジェイムス・ファーマー、そしてジョン・ルイスを含む13名のフリーダム・ライダーズ(黒人7名、白人6名)が、2台のバス(グレイハウンドとトレイルウェイズ)に分乗し、ワシントンDCを出発した。
 最低ひと組は、男女のペア、残りは白人と黒人が隣り合うように座った。
 他のメンバーが逮捕された際に、COREオフィスへ連絡できるよう、1人は単独で席に就いた。
 ナショナルメディアへの事前通知も、政府や活動家組織へのプロテクションも依頼せず、彼らは計画をスタートした。
 
 バスは、ヴァージニア、ノースキャロライナ、サウスキャロライナ、ジョージア、アラバマ、ミシシッピを通り、最終目的地、公民権運動の集会が開催されるルイジアナ州ニューオーリンズに到着する予定だ。
 南部に入ると多少のトラブルはあった。
 けれども訓練を受けたメンバーにとったら予想内、容易いものだった。

5月14日
 この日、2台のバスは、アトランタからアラバマ州へ向かった。
 ここで状況が激変した。
 
 グレイハウンドがアラバマ州アニストンに到着すると、そこには200人近い白人暴徒が待ち構えていた。
 危険を感じたドライヴァーは、バス停を通過した。
 けれども、1台の車がしつこく追跡し、バスの進行を妨害、タイヤをパンクさせた。
 停車を余儀なくされたその瞬間、爆弾がバスに投げ込まれた。
 暴徒はライダーズが脱出できないよう、ドアを抑えつけた。
 燃え盛るバスから暴徒が離れ、どうにか脱出すると・・・
 そこには、金属パイプを手にした暴徒たちが待っていた。

 トレイルウェイズは、別ルートでアラバマ州バーミンガムに到着した。
 そこでライダーズが目にしたのは、金属パイプを持った白人暴徒だ。
 暴徒たちから無情に殴打されるライダーズを救助する警察官は現れない。
 公安委員のコナーズは、母の日という理由で、警察に警備を依頼しなかった。
 暴動を予測していたにも関わらず、である。
 
 黒煙の中のグレイハウンドと、血まみれになったライダーズの写真が全国ニュースの一面で掲載された。
 さらにナショナルニュースでも取り上げられ、世界がこの事件を知り始めた。

 怪我を負った彼らは病院に収容された。
 けれども、周辺を暴徒が取り囲んだため、多くが治療を受けないまま、病院を出なければならなかった。
 SCLCバーミンガム支部は、自家用車を持つ黒人を集め、真夜中の2時に彼らを救出、白人暴徒から守った。 
 
 ライダーたちは、ニューオーリンズまでの旅を続ける覚悟だった。
 けれども、逃げ出したドライヴァーは戻ってこない。
 CORE幹部は、フリーダム・ライドを中止し、ライダーたちを飛行機でニューオーリンズへ輸送した。

 しかーし!!!フリーダム・ライドは終わらなかった!

5月17日

 ダイアン・ナッシュは確信した。

 「もしここで、フリーダム・ライドを終わらせたら、南部の公民権活動は後退する」

 彼女は10人のフリーダム・ライダーズを結成した。
 メンバーはSNCCの学生たちだ!
 司法長官のロバート・ケネディは、バス会社と州知事に交渉をし、フリーダム・ライダーズの安全を確実にした。
 
5月20日
 フリーダム・ライドが再開した!!
 今回は、警察の護衛もついている!
 ・・・とはいえ、ここはアラバマ州だ。
 警察は、KKKのバーミンガム支部と共謀し、15分間は襲撃に手を出さないことになっていた。
 モンゴメリーのバスターミナルの手前には、金属バットを持った白人が待ち伏せをしていた。
 15分後、警察は、暴徒ではなく、襲われた学生たちを逮捕した。
 けれども学生たちのソウル、そのパワーは底知れない。
 牢屋の中で彼らが歌い続けるフリーダム・ソングに辟易し、コナーズは彼らを釈放する。

5月21日
 この夜、キング牧師が集会を行うと、ライダーズをサポートする千人以上の人々が教会を訪れた。
 ところが、そのことを知った白人暴徒によって、教会は取り囲まれた。
 その数は3千人以上、黒人に逃げ場はない。
 窓ガラスが割られ、催眠ガスが投げ込まれた。
 市警察、州警察はアクションを起こさない。
 このままでは暴動が起こる!
 キング牧師は、ケネディ大統領にプロテクションを要請した。

 一方、その情報を知った黒人タクシー・ドライヴァーたちは、チームを組み、救出に向かった。
 キング牧師は知っていた。
 救出を開始すれば、事態は必ず悪化する。
 ドライヴァーに引き揚げてもらうためには、教会の外へ行かなければならない。
 10人の男性を選出し、キング牧師を先頭に、二列縦隊になり、教会を囲む暴徒の間を通り抜けた。
 救出計画は実行できないことをドライヴァーに伝えると、10人は回れ右をし、再び暴徒の間を通り抜け、無事に教会へ戻った。

 連邦政府の命令を渋々受け入れた州知事が、事態収拾のために要請したナショナルガードが到着したのは、翌朝になってからだった。

 それでもフリーダム・ライドは終わらなかった!

 5月24日、新たなライダーたちが、モンゴメリーからミシシッピ州ジャクソンに向けて出発した!!!

ケネディ政権へのプレッシャー

 白人の大人が、黒人学生を襲ったことで、今や、世界がこの事件に注目している。
 ソビエトは、人種差別とライダーズの攻撃について米国を批判した。
 ケネディ大統領は、世界中の前で恥をかかすライダーズに対し、”愛国心が欠落している!”と非難した。
 しかも、時代は米ソ冷戦の真っ只中だ。

 大統領は、ライダーズに一時中断を呼び掛けた。
 これに対し、COREのジェイムス・ファーマーは、

 「私たちは350年もの間、戦いを中断していました」

 と言って、大統領の要請を受け入れなかった。
 そして、CORE、SNCC、SCLCによって結成された新しいライダーたちが、全国から、次々と南部に向って出発した。

 🚌6月13日、ワシントンDCから、フロリダに向かって2台のバスが出発した。
 🚌7月8日、セントルイス(ミズーリ州)のCOREメンバーが、ニューオーリンズに向った。
 🚌7月13日、ニュージャージー州からリトルロック(アーカンソー州)へ。
 🚌8月9日、ロスアンジェルスからヒューストン(テキサス州)へ。
 
 もちろん白人もあきらめない。
 暴力と逮捕が繰り返され、夏の終わりには、監獄がライダーズでいっぱいになった。

 大統領はなんらかのアクションを起こさなければならない!

 ロバート・ケネディは、ICC(州際交通委員会:諸州間の交通、通商を規律する組織)に1955年の判決に従うことを求めた。
 
 「彼らは、新しい法律を求めているわけではない。
 彼らが求めているのは、すでに存在する法律を守ってくれと言っているんだ」

フリーダム・ライドの終了!

 1961年11月1日、ICCはついに新しいポリシーを導入した。
 これにより、州間バスや電車の乗客は、自分の希望する場所に座ることができるようになった。
 ”ホワイト”と”カラード”のサインは、すべてのターミナルから撤去された。
 人種で分かれていた水飲み場、トイレ、待合場が、ついに統合された。
 これに伴い、南部のランチ・カウンターでは、人種に関わらず、すべての客へのサーヴィスを始めた。
 12月10日、ジョージア州アトランタから、同州のオールバニにあるユニオン・ステーションに向ってバスが出発した。
 このバスを最後に、フリーダム・ライダーズの戦いは終了した。

 政府や活動家組織の連携も依頼せず、COREはたった13人でフリーダム・ライドを開始した。
 そんな彼らを、黒人たちは一丸となってサポートした。
 12月10日までに、60台のバスが南部に向って出発した。
 バスターミナルの人種差別撤廃を求めて立ち上がった、フリーダム・ライダーズは426人、そのうち300人以上が逮捕された。
 75%が男性、そのほとんどが30歳以下だった。
 驚くべきことは、多くの白人もフリーダム・ライドに参加したことだ。

 ジョン・トランパワー・モホーランドは、オリジナルのフリーダム・ライダーズのひとりだ。
 ヴァージニア州で生まれた彼女は、両親から、

 「黒人は病気を持っているから気を付けなさい」

 と言われて育った。
 けれども、小さな彼女の面倒をみてくれたのはメイドの黒人女性だ。
 彼女には、何が正しいかを見極める力があった。
 学生時代、いくつかのシット・インに参加した後、大学を中退、公民権運動に人生を捧げることを決意した。
 フリーダム・ライドに参加するとき、彼女は出生証明書を携帯した。
 逮捕された時はもちろん、暴徒に襲われ、男女の識別がつかなくなっても誰かが見つけてくれると考えたからだ。

 「リトル・ロック・ナイン」「グリーンズボロ・フォー」「フリーダム・ライダーズ」、彼らは自由を手に入れるために、自らの体を危険にさらし、命をかけて戦った。 

最後に・・・

 1964年、公民権法が可決された。
 公民権法は、「職場・公共施設・連邦から助成金を得る機関、及び、選挙人登録における差別、分離教育を禁止する」法律だ。
 その結果、”すべての公共施設による分離は不平等”であることが明確になった。
 こうして、アメリカ南部のシット・インは終了した。

 オクラホマ州のシット・インに参加した、当時7歳だったナターシャが、65年後のアニヴァーサリーでその日のことを振り返った。

 「私にとっても、多くの人にとっても、今のオクラホマ市は65年前と随分違うように見えます。でも、その思考はどこかしら同じなのよね・・・」
 
 1960年代、黒人を襲った白人が逮捕されることはほとんどなかった。
 逮捕されても、有罪になることはない。
 暴力の数は減っても、その状況はつい最近まで変わらなかった。
 黒人を殺した白人に対し、その罪に値する有罪判決が出るようになったのは、2021年にバイデンが政権を握ってからだ。
 それでも、白人の暴力は終わらない。
 警察官は毎日のように黒人を殴り、銃で撃ち、黒人を死に至らせている。

 黒人はキング牧師を信じ、非暴力で戦い続けた。
 フリーダム・ライドから60年以上、彼らは戦い続け、この国の正義を待ち続けた。
 けれども、白人は非暴力の黒人に対し、暴力を振るい続ける。
 先日起きた、モンゴメリーの取っ組み合いは、その結果だ。
 400年以上非暴力で待ち続けた彼らを、殺し続け、殴り続けたのは、白人至上主義者と、この国が作り上げたシステムだ。
 色々な意見があると思うけれど、私は立ち上がった彼らに拍手を送りたい。

 正義を信じ、黒人と共に、黒人のために戦う白人もたくさんいる。
 正しい心、優しい心を持つ人が増えて、平和な社会が訪れることを心から願っています!!!

🚌🚌🚌最後まで読んでくださって、ありがとうございました!🚌🚌🚌

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るるゆみこ
最後まで読んでくださってありがとうございます!頂いたサポートで、本を読みまくり、新たな情報を発信していきまーす!

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コメント

2
takichanmama
takichanmama

「フリーダム・ライダーズ」はじめ非暴力による戦いを続けた方たちに 頭が下がります。

それにしても アメリカの
>白人至上主義者と、この国が作り上げたシステム>
には根強い闇を感じます。

私も自分が無意識にいろんな差別の気持ちを持ってないだろうか?と自問しています。
ゆみこさんの記事を読まなかったら、思わなかったかもしれない。
私は人生の終盤だけど、読めてよかったと思います。

るるゆみこ
るるゆみこ

takichanmama様
こんにちはー!
いつも心に響くコメントをありがとうございます。
この状況で、アメリカは”自由の国”と思われている、思えるところがすごいですよね。

男と女がビックリするほど違うように、同姓でも人間は皆色々なんですよねー。
そこがわかれば互いに怒っても無駄だし、嫌いになる必要がないけれど、これが難しい。
猫や犬みたいに、見た目で違う生き物とわかると、簡単なんだろうなぁ。

記事に興味を持ってくださって、とても嬉しく思っています。
ありがとうございます!

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米国シアトル在住。黒人ミュージシャンの夫とふたり暮らし。R&B、SOUL、BLUES、GOSPELなど、黒人音楽が大好き。
非暴力による戦い ④|るるゆみこ
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