生成AIによる著作者人格権侵害の可能性を考えてみる

生成AIモデルの作成のために著作物を利用する際、著作権法三十条の四や四十七条の五などの権利制限規定を適用できれば許諾なく利用することができる。
ただ、その権利制限規定は著作者人格権を制限するものではない。

第五十条 この款の規定は、著作者人格権に影響を及ぼすものと解釈してはならない。

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文化庁が令和6年4月に公表した「AIと著作権に関する考え方について」では著作者人格権とAIとの関係についての検討はなされなかった。

今後は、「考え方」で主に検討した著作権(著作財産権)以外の、著作者人格権や著作隣接権とAIとの関係(俳優・声優等の声を含んだ実演・レコード等の利用とAIとの関係等を含みます)についても、独自に検討すべき点があるか、また、検討すべき点についてどのように考えるべきかといった点について、議論を継続していきます。

文化審議会 著作権分科会 法制度小委員会「AIと著作権に関する考え方について」【概要】令和6年4月17頁

検討が待たれるが、どういった場合に著作者人格権の侵害となりうるか考えてみる。
自分は法律に詳しいわけではないため、個人的な憶測に過ぎないということを始めに断っておく。

権利制限一般規定ワーキングチーム 報告書について

平成22年1月の「権利制限一般規定ワーキングチーム報告書」では「第2章 仮に権利制限の一般規定を導入するとした場合の検討課題について」で「C 著作物の表現を知覚するための利用とは評価されない利用であり、当該著作物としての本来の利用とは評価されないもの」と著作者人格権との関係について検討されている。

③ 著作者人格権との関係
ア 公表権
B、Cともに、主に公表された著作物の利用が想定されており、公表権は通常問題とならないと考えられるが、未公表の著作物が利用される可能性もあり、その場合は公表権の問題を考慮する必要が生ずる。

イ 氏名表示権
B、Cともに、当該利用自体は、そもそも著作物の公衆への提供・提示を伴わないものが想定されており、氏名表示権は通常問題とならず、仮に形式上氏名表示権の問題が生じる場合がありうるとしても、第19条第3項により氏名表示を省略できることになると考えられる。

ウ 同一性保持権
B、Cともに、主に著作物の改変を伴わない利用が想定されており、同一性保持権は通常問題とならず、改変を伴い、仮に形式上同一性保持権の問題が生じる場合がありうるとしても、第20条第2項第4号により改変が認められることになると考えられる。

権利制限一般規定ワーキングチーム報告書p.38

上の文中に書かれている条文は次のとおり。

第十九条 著作者は、その著作物の原作品に、又はその著作物の公衆への提供若しくは提示に際し、その実名若しくは変名を著作者名として表示し、又は著作者名を表示しないこととする権利を有する。その著作物を原著作物とする二次的著作物の公衆への提供又は提示に際しての原著作物の著作者名の表示についても、同様とする。
3 著作者名の表示は、著作物の利用の目的及び態様に照らし著作者が創作者であることを主張する利益を害するおそれがないと認められるときは、公正な慣行に反しない限り、省略することができる。

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第二十条
著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。
2 前項の規定は、次の各号のいずれかに該当する改変については、適用しない。
四 前三号に掲げるもののほか、著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変

同上

著作物の提供・提示や改変を伴わないことを想定した上で、問題が生じたとしてもやむを得ないと認められるという考えだ。
一方、令和6年2月の「「AIと著作権に関する考え方について(素案)」に関するパブリックコメントの結果について」では

意見概要:イラストにある製作者のサインをAIにより取り除く行為には、著作権法第30条の4の適用はなく、違法とすべきである。
意見に対する事務局の考え方:既存の著作物に表示された著作者の氏名を取り除く行為は、氏名表示権侵害となり、当該既存の著作物の著作者は差止請求・損害賠償請求等の対応措置をとることができると考えられます。

「AIと著作権に関する考え方について(素案)」に関するパブリックコメントの結果について
令和6年2月29日
「AI と著作権に関する考え方について」(素案)に関する意見募集に寄せられた主な意見
p.4

とあり、著作物の提供・提示や改変を伴う場合には著作者人格権の問題を無視できなくなるものと思われる。
そうした考えも踏まえ、生成AIに著作物を利用することで著作者人格権を侵害することとなる場合を考えてみる。

1.公表権

第十八条 著作者は、その著作物でまだ公表されていないもの(その同意を得ないで公表された著作物を含む。以下この条において同じ。)を公衆に提供し、又は提示する権利を有する。当該著作物を原著作物とする二次的著作物についても、同様とする。

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公表していない著作物が利用され、かつその著作物の複製物や二次的著作物と評価されるAI生成物が同意を得ないで公表された場合に公表権の侵害となりうる。

2.氏名表示権

第十九条 著作者は、その著作物の原作品に、又はその著作物の公衆への提供若しくは提示に際し、その実名若しくは変名を著作者名として表示し、又は著作者名を表示しないこととする権利を有する。その著作物を原著作物とする二次的著作物の公衆への提供又は提示に際しての原著作物の著作者名の表示についても、同様とする。
2 著作物を利用する者は、その著作者の別段の意思表示がない限り、その著作物につきすでに著作者が表示しているところに従つて著作者名を表示することができる。
3 著作者名の表示は、著作物の利用の目的及び態様に照らし著作者が創作者であることを主張する利益を害するおそれがないと認められるときは、公正な慣行に反しない限り、省略することができる。
4(略)

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著作物の複製物や二次的著作物と評価されるAI生成物が公衆へ提供若しくは提示され、かつ氏名の表示を取り除かれていた場合、氏名表示権の侵害と考えられる。
学習段階において取り除かれるにとどまる場合には、「その著作物の公衆への提供若しくは提示」を行うわけではないため氏名表示権は及ばないと思われる。
氏名の表示を取り除いた後、データセットとして公開等をした場合は公衆への提示に当たると思われる。

3.同一性保持権

第二十条
著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。
2 前項の規定は、次の各号のいずれかに該当する改変については、適用しない。
四 前三号に掲げるもののほか、著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変

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判例によれば、同一性保持権の侵害と認められるには表現上の本質的特徴を感得できることが要される。

ただ、元の著作物の本質的特徴を直接感得できない程度にまで(創作的な表現部分が再製されていない程度にまで)改変が進んだ場合は、もはや別個の著作物であり、同一性保持権は及ばなくなります(最判平成10.7.17「本多勝一反論権」事件、東京地判平成11.10.27「雪月花」事件)。

4-4.同一性保持権/Webで著作権法講義

やむを得ないと認められる改変に該当するかによるが、著作物を改変した複製物や二次的著作物と評価されるAI生成物は同一性保持権の侵害になりえる。題号の改変も同一性保持権の侵害になりえる。
また、下記のような場合も同一性保持権の侵害になりえる。

性描写がない作品を元にして、性描写を内容とする作品を作成、販売したことを理由に、同一性保持権の侵害を認めたケースがあります(東京地判平成11.8.30「どぎまぎイマジネーション」事件)。被告は、同人文化の一環としての創作活動であり、違法ではないと主張しましたが、退けられました。

4-4.同一性保持権/Webで著作権法講義

4.名誉声望保持権

第百十三条
11 著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為は、その著作者人格権を侵害する行為とみなす。

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「著作者の声望名誉とは,著作者がその品性,徳行,名声,信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価,すなわち社会的声望名誉を指すもの」(最判昭和61年5月30日民集40巻4号725頁「パロディ事件」)とされており、ここでいう名誉声望とは客観的な評価であって主観的な名誉感情ではないとされている。

「著作者の名誉・声望を害する方法による利用行為であるためには,具体的には著作者の名誉・声望が害されたことを立証する必要はございませんので,社会的にみて著作者の名誉・声望を害するおそれがあると認められるような行為であれば足りるのでございます」(加戸守行「著作権法逐条講義5訂新版」著作権情報センター(2006年)666頁)とされており、著作者の名誉声望を害するおそれがある行為を行うために著作物を利用する場合に名誉声望保持権の侵害となりうる。
著作物の類似性がなくとも、結果として著作者の名誉声望を害するおそれがあると評価されれば「著作者の名誉声望を害するおそれがある行為」となるのではないかと思われる。

ただし

思想あるいは感情を伴う利用行為は,それ自体が表現行為であり,憲法上の表現の自由によって高度に保障されなければならないものである。

著作権法第113条第6項の意義と機能 : 著作者人格権侵害とみなす行為と名誉毀損 p.112 松川, 実, Issued : 2007.07, 青山法学論集 WebOPAC Local書誌詳細

ため、AI生成物に創作性が認められる場合は表現の自由との調整のため名誉声望保持権の侵害と認められない範囲が一定存在すると思われる。逆に言えば創作性が認められないAI生成物は相対的に名誉声望保持権の侵害が認められやすいのではないかと思われる。

以上を踏まえ、次のような場合に名誉声望保持権侵害になりうると考えられる。
生成AIモデルやAI生成物が著作者Xの著作物を利用し、その生成AIモデルやAI生成物から著作者Xが特定または(一般人の判断力による)推測が可能であり、著作者Xの名誉声望を害するおそれがある場合。(特に表現の自由との関係から、その生成AIモデルやAI生成物が創作的表現に該当しない場合。)
具体的に、名誉声望を害するおそれがある場合を考える。

(1)生成AIに起因する諸問題に対処すべく生成AIモデルの作成や追加学習のために自身の著作物を利用することを禁止し、規約や技術的手段によって対策を講じるなどしている著作者Xの著作物を、著作者Xの著作物を利用したことが特定または推測可能な様態で生成AIモデルの作成や追加学習に利用する行為によって名誉声望を害するおそれ
(以下を参考に)

たとえば、ベジタリアンの作曲家が、自分の楽曲をステーキ店のCMに使われるような場合、「名誉声望保持権」を主張することができます。

著作権法の1番わかりやすい解説 第8回 著作者人格権の内容 | 渋谷カケル法律事務所

(2)(元の著作者Xが特定または推測可能である)創作性のないAI生成物を大量に作成するまたは作成可能にする行為に著作者Xの著作物を利用し、著作者Xの既存の著作物の創作性に疑念を抱かせることになるおそれ

(3)著作者Xが公表して間もない著作物について、類似する生成物を大量に作成するまたは作成可能にするためにその著作物を利用し、著作者Xが得られたであろう名誉声望を喪失させるおそれ

(4)(元の著作者Xが特定または推測可能である)元の著作物群にはなかった性描写等が付加された生成物を大量に作成するまたは作成可能にする行為のために著作者Xの著作物を利用し、著作者Xと性的要素を関連付けさせるおそれ

(5)(元の著作者Xが特定または推測可能である)生成物を粗製濫造し廉価で売るなどの行為のために著作者Xの著作物を利用し、著作者Xの社会的評価が低減するおそれ
(以下を参考)

一般に、定価を下回る価額での書籍の販売がその著作者の名誉、信用を毀損する性質を有するものとは認められない。確かに、(略)控訴人の用いる「バッタ売り」という用語は、正規のルートを通さずに手に入れた商品を極端な低価格で販売するという意味を有するものと解されるから、販売の態様に照らし商品が粗悪品であると観念させるなどの販売行為であれば、著作者の名誉、信用を毀損することもあり得るところである。

平成13(ネ)147 裁判例結果詳細 | 裁判所 - Courts in Japan

5.権利管理情報

第百十三条
8 次に掲げる行為は、当該権利管理情報に係る著作者人格権、著作権、出版権、実演家人格権又は著作隣接権を侵害する行為とみなす。
一 権利管理情報として虚偽の情報を故意に付加する行為
二 権利管理情報を故意に除去し、又は改変する行為(記録又は送信の方式の変換に伴う技術的な制約による場合その他の著作物又は実演等の利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる場合を除く。)
三 前二号の行為が行われた著作物若しくは実演等の複製物を、情を知つて、頒布し、若しくは頒布の目的をもつて輸入し、若しくは所持し、又は当該著作物若しくは実演等を情を知つて公衆送信し、若しくは送信可能化する行為

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権利管理情報を故意に除去、改変するなどすると当該権利管理情報に係る著作者人格権を侵害したとみなされる。
権利管理情報については第二条二十二に記されている。

第二条
二十二 権利管理情報 第十七条第一項に規定する著作者人格権若しくは著作権、出版権又は第八十九条第一項から第四項までの権利(以下この号において「著作権等」という。)に関する情報であつて、イからハまでのいずれかに該当するもののうち、電磁的方法により著作物、実演、レコード又は放送若しくは有線放送に係る音若しくは影像とともに記録媒体に記録され、又は送信されるもの(著作物等の利用状況の把握、著作物等の利用の許諾に係る事務処理その他の著作権等の管理(電子計算機によるものに限る。)に用いられていないものを除く。)をいう。
イ 著作物等、著作権等を有する者その他政令で定める事項を特定する情報
ロ 著作物等の利用を許諾する場合の利用方法及び条件に関する情報
ハ 他の情報と照合することによりイ又はロに掲げる事項を特定することができることとなる情報

同上

電磁的方法については第二条二十に。

第二条
二十 技術的保護手段 電子的方法、磁気的方法その他の人の知覚によつて認識することができない方法(次号及び第二十二号において「電磁的方法」という。)(以下略)

同上

権利管理情報とは人の知覚によって認識することができない方法によって著作権等の情報を著作物等に記録又は送信されるものをいい、具体的には電子透かし(digital watermark)等を指す。(電子透かしについて参考:Insider's Computer Dictionary:電子透かし とは? - @IT)
いわゆるウォーターマークと異なり、視聴によって認識することができないものである。

権利管理情報に著作者人格権に関する情報が記録されているとき、次のような場合に著作者人格権の侵害となるのではないか。
(1)AI生成物に異なる複数の電子透かしが残存し、虚偽の情報の付加とみなされる場合
(2)やむを得ないと認められるかによるが、電子透かしを故意に除去又は改変したと見なされる場合

また、AI生成物に電子透かしが残存すれば依拠性の証拠になりうる。(例:
小野真弓さんWeb写真集を無断複製、オークションで販売した男性を送検 | 著作権侵害事件 | ACCS(https://www2.accsjp.or.jp/criminal/2005/0504.php )

無断転載された著作物が情報解析に利用されている問題もあり、無断転載対策としてアップロードに同意したサイト名を電子透かしやウォーターマークで記録することも有効ではないかと思う。

簡易的な権利管理情報として思い付いたのが、極度に透明度を下げて情報を表示する、QRコードのような暗号を作り著作物内に忍ばせる、などだ。(不正利用に対し抑止よりも証拠としての機能を持たせるために、なるべく除去されないようわかりづらい独自の方法を取ることが望ましいだろう。抑止の機能は知覚可能なウォーターマークのほうが優れている)
著作物が改変されても残るように著作物全体に繰り返し付与することが望ましい。生成AIの特性を考えると、パターンはなるべく一定のほうがよいのではないかと思う。

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生成AIによる著作者人格権侵害の可能性を考えてみる|ひょ男
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