「公明王国にしたくない」名簿要求され嫌気に拍車 前代表落選の深層

中村瞬

 10月の衆院選は自民党だけでなく連立与党を組む公明党にとっても厳しい結果となった。その象徴が、公明代表で前職の石井啓一氏(66)が国民民主党前職の鈴木義弘氏(62)に敗れ、代表辞任に追い込まれた埼玉14区だ。組織をフル活用して自公が支援した石井氏はなぜ敗れたのか。「アリがゾウを倒した」と鈴木氏が表現した波乱の背景には、自公協力のほころびがあった。

全面支援の自民 公明推薦の条件は1千人の名簿提供

 衆院選の開票が続いていた10月28日午前1時すぎ。石井氏は落選が確実となり、埼玉県草加市の選挙事務所に集まった支援者や自民県議らに向け、党本部からオンラインで悔しさをにじませた。

 「今回の結果はひとえに私の力不足。ご支援をいただきながら結果に結びつけられなかったこと、本当に痛恨であります」

 区割り変更で埼玉県内の選挙区が一つ増えたことを契機に、公明が石井氏擁立を発表した昨年3月から約1年半、自民は文字どおり組織をあげて支援してきた。

 埼玉14区は、草加、三郷、八潮の3市からなる。草加は区割り変更前の旧3区で、三郷、八潮は旧14区。石井氏はいわゆる落下傘候補だったが、旧区を地盤にしていた自民の黄川田仁志氏(54)と三ツ林裕巳氏(69)がそれぞれ支援者を紹介していった。ある自民県議も、自身の後援会や支援先の企業・団体を案内するなどしたと強調する。「党本部が決定した以上は方針に従って一生懸命やるだけだった」

 選挙が決まってからも、自民は石破茂首相や小泉進次郎氏ら大物議員が応援に入り、県内の衆院議員や県議も全面協力の姿勢を示した。ほかの小選挙区の自民候補がわざわざ「14区に知り合いがいる人は石井氏に投票してもらうよう頼んでください」と呼びかけるほどだった。

 公明は県内の市町村議約200人を総動員し、票の掘り起こしを図った。狙いの中心は自民支持者だった。

石井氏は、1万票の差を付けられて鈴木氏に敗れました。記事後半では、自公が組織をフル稼働して臨んだにも関わらず、石井氏が大敗した背景をデータとともに探ります。

 関係者によると、公明側は裏金問題で非公認となった三ツ林氏ら2人を含め、自民の選挙区支部長として衆院選に出る前職15人に、14区内の支援者名簿を1千人分ずつ提供するよう求めた。このノルマを達成しないと、自民候補らは公明から推薦を受けられなかったという。

 自民の県議や市議は「下請け」的な形で名簿集めに協力したといい、14区内のある自民議員は「県内の衆院議員や県議から数百人分の支援者名簿を出すよう頼まれた」と明かす。

 前回2021年衆院選の3市の得票を考えると、公明が自民支持者固めにこだわったのは自然だった。

 鈴木氏が特に強い旧14区の三郷こそ自民候補が約1千票差で負けていたものの、草加、八潮では自民候補が約4500票ずつ野党候補を上回っていた。そのため石井氏陣営は、「鈴木氏の地盤の三郷や顔が売れている八潮で多少負けても、選挙区内の半数以上の有権者がいる草加でリードすれば勝てる」(公明関係者)と考えていたようだ。

【埼玉14区の3市の得票数】

(24年衆院選)←(21年衆院選)
■草加市(旧3区)
石井氏3万3687票←黄川田氏(自民)5万2694票
鈴木氏3万1740票←山川百合子氏(立憲)4万8172票
■三郷市(旧14区)
石井氏1万5528票←三ツ林氏(自民)2万3197票
鈴木氏2万5535票←鈴木氏2万4075票
■八潮市(旧14区)
石井氏1万1034票←三ツ林氏1万6232票
鈴木氏1万3333票←鈴木氏1万1781票

 ところが、ふたを開けてみれば石井氏は1万票差をつけられて負けた。草加では約2千票リードしたものの、八潮では逆に約2千票差をつけられ、三郷では約1万票差をつけられた。

 最大の敗因はやはり、自民支持層を固められなかったことだったとみられる。

 朝日新聞の出口調査でも、14区では自民支持層のうち「石井氏に投票した」と回答したのは5割弱にとどまった。

擁立に反発、離党した自民党員も

 14区内のある自民議員は「支援者からの反発が想像以上に大きかった」と振り返る。

 県内では以前からすべての小選挙区で自民系の候補が出ていたが、石井氏が出たことで14区は唯一の自民系「空白区」になっていた。石井氏擁立が発表された直後こそ自民埼玉県連は従わずに独自候補を模索したが、まもなく自民党本部の方針に従った。

 ただ、この判断に反発し、「意気地なしだな。どうして自民党から(候補者を)出さなかった」と突き放す自民の支援者もいたという。多くの党員が辞めた自民支部があり、党員を辞めた市議もいた。

 この自民議員は「名簿の提供は強い抵抗を感じた。県議はともかく、市議がそれ(名簿提供)以上に協力してもメリットがない。市議選では公明と争うわけだし」とも話した。

 別の市議は「知らない人が突然『石井啓一をお願いします』と家を訪ねてきたとか、電話が何度もかかってきたとか、複数の支援者から苦情を受けた」と明かす。「嫌気がさした人は少なくないと思う」

「石井さんが当選したら、しばらく自民党は候補者を立てられなくなる」

 一方、出口調査によると、自民支持層の票の25%が鈴木氏に流れていた。もともと鈴木氏が三郷市選出の自民県議だったことも、自民支持層の「石井離れ」を加速させた可能性がある。

 そもそも鈴木氏の支援者には、普段は自民を支持する人も少なくない。陣営関係者は、今回の選挙ではこれまでは支援を受けられなかった複数の自民支持者から「今までは三ツ林さんだったが、今回は鈴木さんに入れる」と言われたと明かす。

 「石井さんが当選したら、しばらく自民党は候補者を立てられなくなる。地元を公明王国にしたくない」といった声もあった。特に50代以上の世代を中心に、石井氏が「地元出身でも、自民でもない」ことへの拒否感を示す人が多かったという。

 旧3区の草加市では公示前、黄川田氏のポスターが貼られていた場所に、石井氏ではなく鈴木氏のポスターが上から貼られていたところもあった。

 今回はさらに、自民の「政治とカネ」の問題の逆風が加わった。

 公明関係者が特に大きかったとみているのが、裏金問題で非公認となった前職も含め、自民党本部からの2千万円の活動費支給が選挙戦終盤に判明したことだった。「あれでとどめを刺された」と話す議員は多い。埼玉県本部の塩野正行幹事長も「逆風が大逆風になった」と振り返る。

「裏金議員」に推薦、身内からも批判

 裏金問題で自民から公認を得られなかった三ツ林氏に、党本部が推薦を出したことを疑問視する声もあった。

 ある公明関係者は「党はクリーンな政治をうたい、お金の問題にきちんと向き合ってきた。いくら恩義があったとはいえ、推薦を出したことで逆風をもろに受けてしまったように感じる」と肩を落とす。支持者からも「納得できない」との声が多く出ていたという。「与党統一候補であると前面に出したことが、党のイメージと正反対の印象を与えてしまったのではないか」

 さらに、「手取りを増やす」などの公約を掲げた国民への追い風があった。実際、出口調査でも、無党派層の鈴木氏への支持は石井氏(23%)の倍近い39%だった。

 選挙区内の公明市議は「鈴木さんに負けたというより、国民民主に負けた印象」と話し、こう続けた。「選挙が昨年だったなら勝っていた。自民への逆風も、国民への追い風もなかったわけだから」

 「自民候補なら負けていた」

 落選した石井氏は投開票日翌日の10月28日、党本部で開いた会見で「埼玉14区で捲土重来(けんどちょうらい)を期すつもりだ」として次の衆院選に再挑戦する考えを示した。だが、道のりは平坦(へいたん)ではなさそうだ。

 自民県連会長の柴山昌彦氏(58)は同28日の会見で、14区の今後についての言及は避けた。自民県議の一人は「これだけやっても勝てなかった。次に(石井氏が)出ても厳しいのではないか」とため息まじりに話す。

 一方の鈴木氏の陣営関係者は、「反公明票」の取り込みが勝因の一つだと総括している。

 「自民党が候補者を立てていたら負けていただろう」

衆院選埼玉14区の確定得票(敬称略)

 [当]  70,608 鈴木義弘  61 国民[比]前

     60,249 石井啓一  66 公    前〈自〉

     28,792 加来武宜  43 維  [比]新

     17,981 苗村京子  65 共    新

      7,486 関根和也  44 無    新

      5,514 高橋易資  68 諸    新

([比]は比例区との重複立候補。〈 〉内政党は推薦)

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