「私の代で終わりにします」
Aさんは、父親の近佑さんと「天皇」について話すことを避けていた。
その話題は、自分にとっては厄災でしかないからだ。
大室家は農家だった。
父親はトマト、きゅうりなどの野菜をつくっていた。
だが、一方で大室家の歴史を研究する歴史家を任じてもいた。
歴史を紐解く作業に熱中すればするほど、本業はおろそかになる。
だからAさんの子ども時代の生活は苦しかった。
「私以上にオフクロが苦労したでしょうね。
オフクロもまた、好奇の目で見られていましたし、父親に代わって畑仕事もひとりでしなければならなかった」
だから──とAさんは続ける。
「この話は私の代で終わりにします。
信じるも信じないもない。実際、我が家には何もない。
そして、たとえば父親の話すことが仮に真実であったとして、それがどうしたというのでしょう。
何も変わりませんよ」
過ぎ去った時間は戻らない。過去を上書きすることはできない。
いじめも。冷笑も。貧しかったときの記憶も。
私が大室家から引き上げる際、Aさんは直立不動の姿勢で見送ってくれた。
バックミラーにAさんが深々と頭を下げる姿が映った。
そう、これで終わりだ。終わりにしよう。
「田布施システム」はなぜ広まったのか
前編で報告した通り、「田布施システム」は元ネタとして鹿島昇らの著作があり、ネットユーザーによって肉付けされ、世間に流布されることとなった。
根幹となる「明治天皇すり替え」には何の根拠もないが、陰謀論としての完成度はそれほど低くはない――正直に言えばそう思う。
「明治維新」や「皇室」をブラックボックスに見立て、世の中の様々な不条理をそこに押し込めば、いかなる物語だって量産できる。
デマとはそういうものだ。だからこそ危険だ。
ポンと膝を打ち、何かがわかったと思い込んだ瞬間、私たちは誰かを勝手に悪魔に仕立て、天使にも仕立て、無自覚のうちに偏見を抱く。
偶然と必然が複雑に絡み合った歴史の営みに、人柱を捧げているのだ。
そもそも、「システム」と呼ぶことができるほどの力を田布施という小さな町が持っているのか。
総理大臣を二人、出した。
"結果"が出ているのはこれだけだ(しかも二人は兄弟である)。
同じ県内の萩市は8人もの宰相を輩出しているではないか。
そもそも田布施町内で「田布施システム」を信じている人など、おそらくいない。
しかし──私は初めて足を運んだ田布施に、何か独特の雰囲気を感じたのは確かだ。