「いまさら私に何ができるでしょうか」
田畑に囲まれた山の麓に大室家はあった。
家の前には「大室遺跡」と記された案内碑が建っている。
近所の人によると、近佑さんが存命中、弥生時代の土器がこの場所から発見されたのだという。
大室家の敷地内ということから、「大室遺跡」と名付けられた。
家の敷地から土器が出てくることじたい、大室家の神秘性を思わせるには十分な話だ。
私は玄関の前に立ち、ドアを叩いた。
男性が顔を見せた。
「大室天皇」こと大室近佑さんの次男だ。仮にAさんとしておこう。
Aさんは69歳。線の細い、おとなしそうな男性だった。
来意を告げると、Aさんは視線を下に落とした。
「その話はしたくないんですよ」
ぽつりと漏らす。会いたくない人に会ってしまったときに誰もが見せる、嫌悪と諦めの表情が浮かんでいた。
そうですよね──さんざん言葉を探しあぐねて、私もそう返すしかない。
沈黙。静寂。鳥の声しか聞こえない。
Aさんは、心優しい人だった。
遠方から訪ねてきた私への気遣いなのだろう。ため息と一緒に、ゆっくり口を開いた。
「これまでにもいろいろな人が訪ねてきました」
視線を落としたまま、Aさんは続ける。
「歴史家や研究者、作家。そして、よくわからない人たち。
いずれにせよ、いまさら私に何ができるというのでしょう。
どんな答えをすればよいのでしょう」
冷たい視線 残酷な言葉
天皇の末裔かと問われ、「はい」と頷けば人は喜ぶのか。
それとも冷笑するのか、怒り出すのか。
逆の答えをすればどうなのか。
「歴史家でもない私には、お答えできるだけの何の材料もありません。
じゃあはっきりと否定しろ、と迫る人もいますが、それにしたって、私の知識のなかには根拠と呼べるものがない」
だから、ずっと言い続けてきた。
「知りません」「わかりません」
そう答える以外に、どんな言葉があったのだろう。
集団で訪れ、矢継ぎ早に質問してくる者たちもいた。
答えろ。教えろ。何か知っているはずだ。何かひとつでも天皇に繋がる物は残っていないのか。
みなでニヤニヤ笑いながら、Aさんを取り囲んでいた。
詰問することだけが目的のような人たちだった。
一方で、「大室天皇」を信じ切っている人もいた。
いずれにせよ、誰の期待に応えることもできない。
「はっきりしていることは、ただひとつ。
私の父親は確かに『天皇』だと吹聴してまわり、そのせいで、家族は大いに苦しんだということです」
Aさんは声を絞り出すようにして、つぶやいた。
「子どものころから、いじめられてきました」
学校では、同級生たちが囃し立てた。
「天皇陛下の子だ!」「おい、皇太子!」
何を言われても黙って耐えた。
地元で就職し、社会人になっても同じだった。
子どものように露骨にからかう者はいない。
しかし、陰で話題にされているのは知っていた。
職場の離れた場所から指をさし、くすくす笑っている者たちもいた。
上司から突然、こう言われたことがある。
「大室家なんてもんは、存在してはいけないんだよ」
ニセ天皇と言いたかったのか。あるいは単なる冗談だったのか。
その真意はAさんにもわからない。
だが、そうした目で見られているのだということは、理解できた。
「いまの時代であれば、いじめ、パワハラみたいなものですよ。
でも、あの頃は笑ってすませるしかありませんでした」