2018.09.15

ネットを騒がす陰謀論「田布施システム」の謎を安田浩一が解き明かす

「明治天皇の末裔」が背負ってきた苦悩

「いまさら私に何ができるでしょうか」

田畑に囲まれた山の麓に大室家はあった。

家の前には「大室遺跡」と記された案内碑が建っている。

近所の人によると、近佑さんが存命中、弥生時代の土器がこの場所から発見されたのだという。

大室家の敷地内ということから、「大室遺跡」と名付けられた。

大室家の敷地内にある遺跡

家の敷地から土器が出てくることじたい、大室家の神秘性を思わせるには十分な話だ。

私は玄関の前に立ち、ドアを叩いた。

男性が顔を見せた。

「大室天皇」こと大室近佑さんの次男だ。仮にAさんとしておこう。

Aさんは69歳。線の細い、おとなしそうな男性だった。

来意を告げると、Aさんは視線を下に落とした。

「その話はしたくないんですよ」

ぽつりと漏らす。会いたくない人に会ってしまったときに誰もが見せる、嫌悪と諦めの表情が浮かんでいた。

そうですよね──さんざん言葉を探しあぐねて、私もそう返すしかない。

沈黙。静寂。鳥の声しか聞こえない。

Aさんは、心優しい人だった。

遠方から訪ねてきた私への気遣いなのだろう。ため息と一緒に、ゆっくり口を開いた。

「これまでにもいろいろな人が訪ねてきました」

視線を落としたまま、Aさんは続ける。

「歴史家や研究者、作家。そして、よくわからない人たち。

いずれにせよ、いまさら私に何ができるというのでしょう。

どんな答えをすればよいのでしょう」

冷たい視線 残酷な言葉

天皇の末裔かと問われ、「はい」と頷けば人は喜ぶのか。

それとも冷笑するのか、怒り出すのか。

逆の答えをすればどうなのか。

「歴史家でもない私には、お答えできるだけの何の材料もありません。

じゃあはっきりと否定しろ、と迫る人もいますが、それにしたって、私の知識のなかには根拠と呼べるものがない」

だから、ずっと言い続けてきた。

「知りません」「わかりません」

そう答える以外に、どんな言葉があったのだろう。

集団で訪れ、矢継ぎ早に質問してくる者たちもいた。

答えろ。教えろ。何か知っているはずだ。何かひとつでも天皇に繋がる物は残っていないのか。

みなでニヤニヤ笑いながら、Aさんを取り囲んでいた。

詰問することだけが目的のような人たちだった。

一方で、「大室天皇」を信じ切っている人もいた。

いずれにせよ、誰の期待に応えることもできない。

「はっきりしていることは、ただひとつ。

私の父親は確かに『天皇』だと吹聴してまわり、そのせいで、家族は大いに苦しんだということです」

Aさんは声を絞り出すようにして、つぶやいた。

「子どものころから、いじめられてきました」

学校では、同級生たちが囃し立てた。

「天皇陛下の子だ!」「おい、皇太子!」

何を言われても黙って耐えた。

地元で就職し、社会人になっても同じだった。

子どものように露骨にからかう者はいない。

しかし、陰で話題にされているのは知っていた。

職場の離れた場所から指をさし、くすくす笑っている者たちもいた。

上司から突然、こう言われたことがある。

「大室家なんてもんは、存在してはいけないんだよ」

ニセ天皇と言いたかったのか。あるいは単なる冗談だったのか。

その真意はAさんにもわからない。

だが、そうした目で見られているのだということは、理解できた。

「いまの時代であれば、いじめ、パワハラみたいなものですよ。

でも、あの頃は笑ってすませるしかありませんでした」

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