俺が代わりに怒ってやる。
吉本ばなな大先生から本のプレゼントを送っていただき、これは俺だけのものにしちゃならねえ、喜びは人々と分かち合うことで何倍にも膨れ上がるのだスタイルを採用して「ご希望される方に本をあげます」と投稿したら、いろいろな感情を体験した。言うまでもないことだが、吉本ばなな大先生からいただいた本の数々は宝であり、私は、ガラクタではなく宝を分かち合おうとしたことを認識して欲しい。大切ではないから配るのではなく、大切なものを配ろうとしてはじめた営みだ。
私が定期的に自爆するパターンの一つに「自分からあげますと言っておきながら、いざちょーだいと言われると、お前誰だよと思ってしまう」というものがある。お世話になっている人とか、吉本ばななさんや坂爪さんの文章が大好きで何度も何度も励まされて生きてきた的なことを言われたら「そうかそうか!それならいますぐ送るよ!」となって、病床から飛び出してすぐにでも宛名を書きたくなるのだが、知らない人から軽々しく「余ったらくれ」とか「なんでもいいからくれ」と言われると、生き血を求める亡者の群れに見える。
神様も同じだと思う。厳正な抽選なんて大嘘で、なんでもいいからくれと言う人よりも、この人にあげたいと思った人にあげると思う。たとえ、本が他の人に渡ってしまっていたとしても、他に何かあげたいものを探してそれをプレゼントする。要するに、心意気の問題である。大切なものは、大切にしてくれそうな人の手に渡る。余ったらくれと言われた時、私は「余るわけねーだろ!俺の手元にある限り、愛し尽くすわい!」と思った。私は私の宝物を配っているのだ。自分のやり方は棚に上げて、私は「俺と宝物に謝れ」と思った。
だが、私は誰のことも悪く言わないと決めたばっかりだったので、これらの思いをグッとこらえて「俺もお前も美しい」と思うことで散らした。人にはそれぞれ事情がある。亡者の群れにも事情があるのだ。怒りが消えたら、今度は「本当に本が必要な人ほど、本が欲しいなんて言えないのではないだろうか」と思った。自分よりも必要な人がいるはずとか、自分で買えばいいとか、自分にはもらう値打ちがないとか、ナチュラルに諦めて立候補をすることさえしない。願いを放つことをしないで、内側に溜めてしまいがちな人にこそ、この俺の燃えたぎる熱情と本を届けたいと思った。
自分で買うのと、人からもらうのでは、質が変わる。物語の外側から、物語の内側に入るんだよ。気持ちを伝えることから逃げて、一人で完結させようとするなよ。そんな優しさは、さみしいよ。眺めてるだけじゃなくて、飛び込んでみろよ。俺は代わりに怒っているんだよ。俺もお前も余り物なんかじゃないんだよ。宝物なんだよ。そこんとこ頼むよ。決めつけちゃうけどさ、お前のその在り方が、よそよそしさが、簡単に心を開かない感じが、身近な人にもさみしい思いをさせているんだよ。お前がさみしいように、身近な人もきっとさみしいんだよ。うちに持っているだけじゃなくて、願いを放ってくれよ。お前がやること、言うこと、そのひとつひとつがギフトであり、プレゼントなんだよ。簡単に心を閉ざすなよ。ナチュラルに諦めるなよ。自分を軽々しく投げ出すなよ。俺たちの存在そのものがギフトで、俺たちの一挙手一投足がプレゼントになるんだよ。心意気を添えるんだよ。願いを放つんだよ。俺たちの心が宝物なんだよ。俺は代わりに怒っているんだよ。自分一人で完結するなよ。俺の海に飛び込んでこいよ。物語を外側から眺めているだけじゃなくて、物語の内側に飛び込むんだよ。そうすると、変わるよ。あり得ないことが、全部、あり得ることになるんだよ。俺たちの心意気が、宝物なんだよ。
坂爪圭吾さま
はじめてメッセージします。
「ホームをレスした話」を読み衝撃を受けてから「いつかお会いしてみたい」と思いながら、10年近くなるのにメッセージすら一度も送ったことのない
隠れキリシタンの⚪︎⚪︎と申します。
40代なのに親元にいて自立出来てないダメな大人です。
坂爪さんのお会いした人たちのとの話に何度も救われつつも
「38才なのに大人になれないよーと大泣きした女性」より私はもっと年上なのに大人になれないことに情けなくて今も泣いてるし
自立のためにと祖母からいただいた大金を使いたいように使い切ってしまい
実家から出られてないし
何度も体や精神を病んでは頑張って回復し行動し自立を試みるも
子供のままの自分に嫌気がさし
坂爪さんに会う勇気もすっかり失ってました。
自分のダメ自慢をしたかったのではありません。
20代の頃、会社を鬱で退職し体が少し動けるようになったころ
図書館に通い、そこで吉本ばななさんの本に出会い
比喩ではなく希望の光を見ました(本が発光していた)。
図書館にあるすべての蔵書をむさぼるように読み漁り
みるみる精神が回復してきて、ばななさんに救われたことがあります。
色んなカウンセリングやセラピーを受けても何も癒されなかった部分が
はななさんの本を読むたびに癒されていきました。
(余談ですがその後さくらももこさんのエッセイにも癒され
図書館の蔵書をすべて読みました、お二人がご友人と知り嬉しかった一人です)
命を断つことしか考えられなかった時期に、命を救われたと感謝をご本人に伝えたい、いつかお会いしてみたい、でもお会いすることをイメージするだけで
涙が溢れてオイオイ泣けてくるので無理だなと思うくらいばななさんは
「人生で一度は会いたいけど、好き過ぎて会いたくない人」でもあります。
でも自分の不甲斐なさのせいで好きな人を遠ざけるみたいに
ばななさんから離れてた時期があり、なのにここ最近ずっと
読み続けていた坂爪さんの投稿にばななさんのお名前が!
嬉しくてFacebookのコメントにいいね押してました。
そしたらなんとばななさんの御本が坂爪さんの元に!
坂爪さんの喜ぶ様子に自分のことのようにうれしくなり
ばななさんの粋な言葉にもグッときました。
そしてそんな家宝みたいな大切な本を坂爪さんは独り占めしないで
いつものように分けたいと…
時が止まりました。
なんか吐き気がしました。
一番欲しいものは一番欲しくない
一番会いたい人は会いたくない
一番好きな人には好きと言えない
今までの自分の人生、一番欲しいものを欲しいと言えたことがあるのかな?
と思ったら腹の奥から出たくて長年押し込めてたものが
出てきそうで怖くなりました。
願いを放つことすらせず、一人で心を閉じて
私みたいなダメな人は受け取る資格ないと拗ねていじけていたのは自分で。
いつか会いたいけど会いたくないのは
坂爪さんに対してもそうなんです。
一度だけ千載一遇のチャンスが来たのに
(体調が悪く電車も乗れない自分がギリギリ自力で動ける距離に坂爪さんがいる、という奇跡のタイミングが一度だけありました。坂爪さんのご著者を買った時で「サインが欲しいな」と望んだ翌日のことでした)
ばななさんと同じく「会うことを想像しただけで泣けてきた」ので
ヘタレな私は怖くて連絡することができませんでした。
私にとっての恩人のお二人、ばななさんが坂爪さんに贈った大切な本が
もし私の手元に来たら?とイメージするだけで
ワナワナと手が震えてきて…涙が出てきました。
そして私はまたその一番の願いを世に放つことなく
腹の中にしまって「もっと必要な人がいる」と。
「私は今、昔より元気になったし、本も買おうとしたら買える、
実家でぬくぬく生きてるだけの人。
シングルマザーで明日のご飯代も払えない人もいる
その中でばななさんのファンの方もいるはず、そんな人が受け取るべき」
そしたら先程、坂爪さんの「願いを放て」の言葉を読み
吐きそうになり、手が震えながら 泣きながら
初めてメッセージを打ってます。
ばななさんから坂爪さんに渡ったばななさんの本、
私がこれから前を向いてもう一度歩けるための
勇気になるお守りとして、一冊譲って欲しいです。
もう結果がどうとかではないのですね。
こうして願いを、怖くなるほど一番に欲しいものを欲しいということ
まだ送信はしてないのに
腹からの望みをこうして初めて外に出せたただけで
うれしくてこんなに泣いているんですから。ずっと涙が止まりません
坂爪さん 怒ってくださってありがとう
素直になれなかった私に願いを放たせてくれたこと
心から感謝します
⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎
おおまかな予定
11月29日(金)静岡県熱海市界隈
以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)
連絡先・坂爪圭吾
LINE ID ibaya
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE https://tinyurl.com/2y6ch66z
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コメント
2昨日坂爪さんの投稿を見て読みたくなって買ってしまいました。ほんとは欲しいと言いたかった。けど、私なんかに当たるわけがないと諦めてしまいました。
勝手に心を閉ざしていたんだなぁ。
坂爪さんありがとうございます。
私は吉本ばななさんならつぐみが好きです。
まだ間に合いますぜ旦那❣️