「私たちは東京進出しない」…大ヒットコンテンツ「初音ミク」を生み出した会社があえて北海道に残る理由

11/22 9:17 配信

プレジデントオンライン

■初音ミクの会社はなぜ「音の商社」を称するのか

 「電子の歌姫」初音ミクが2007年8月に誕生してから、17年の歳月が経過した。この間、初音ミクを中心とした「ボカロブーム」の盛り上がりは、とどまるところを知らない。

 初音ミクをこの世に送り出し、「ボカロブーム」の火付け役となったのは、1995年創業のクリプトン・フューチャー・メディア(以下、クリプトン)。創業者の伊藤博之代表取締役は、同社を「音の商社」と称する。

 「クリプトンは私の音楽趣味が高じて立ち上げた会社で、音の素材販売を祖業としています。現在、『初音ミク』などのキャラクタービジネスや『初音ミク「マジカルミライ」』などのコンサート事業を展開していますが、当社が音を売る会社、つまり『音の商社』であることに一切変わりはありません」

 クリプトンが創業した年は、「インターネット元年」と呼ばれる。Windows 95のリリースによって、商用インターネットの個人利用者数が爆発的に増加したことが由来だ。一方、学術の世界では80年代からすでにインターネットが利用されており、伊藤氏は勤務していた北海道大学で、世間よりひと足早い91年頃から身近に接していた。インターネットが普及する前にその革新ぶりを体感したことも、同社を立ち上げる決め手となった。

 「インターネットが登場する以前に、趣味で海外のクリエイターと音楽を共作したことがあります。フロッピーディスクにデータを収めて郵送でやり取りしていましたが、これでは往復に1カ月以上かかり、途中で作品に対する熱が冷めてしまいます。その後インターネットに出合い、世界中のどこにいても瞬時に情報を送受信できる通信網に衝撃を受けました。そんなインターネットを使ってビジネスをしたいと思い、大学を退職して起業しました」

 伊藤氏が一人で立ち上げたクリプトンは、今や130人を超える社員を擁している。日本では、音楽や映像を扱うエンタメ(エンターテインメント)企業は東京都に集中している。なぜ東京に進出しないのか。

 「東京に行かないとビジネスが始まらないというエンタメ業界の風潮に、昔から違和感を抱いています。クリプトンの仕事は、音楽をお客様に届けること。その音楽は、インターネットを使えば北海道にいながらにして、世界中の誰にでも届けることができます。それならば、出身地でもある北海道にビジネスで貢献し、北海道の魅力を発信したいと思って、札幌にオフィスを構えています」

 クリプトンは10年の「さっぽろ雪まつり」で初音ミクの雪像をつくったことをきっかけに、地域とより強く結びつくようになった。その雪像から派生して、北海道応援キャラクター「雪ミク」が誕生し、北海道の魅力発信に一役買っている。

 「毎年さっぽろ雪まつりの時期に、雪ミクが主役の『SNOW MIKU』というフェスティバルを開催しています。また、企業や行政とコラボグッズを出したり、新千歳空港で常設のショップ&ミュージアム『雪ミク スカイタウン』を展開したりするなど、雪ミクは北海道応援キャラクターとして活躍の幅を広げています」

 ローカルチームの服部亮太マネージャーが言うとおり、雪ミクは北海道を象徴するアイコンとして道内の各所でその姿を見ることができる。

 伊藤氏の「北海道から世界に音楽を届けることができる」という考えを裏付けるかのように、初音ミクは海外で絶大な人気を誇っている。初音ミクの世界ツアーシリーズ「HATSUNE MIKU EXPO」が10周年を迎えた今年は、世界各地で音楽コンサートを実施している。その数は北米が21、欧州が6、オセアニアが5と、過去最大の開催規模だ。また、中国ではライブイベント「MIKU WITH YOU」を実施し、11公演を開催した。海外事業を統括する国際ビジネスチームの布施美侑マネージャーは、この公演数をもってしても海外ファンの要望には応えきれていないという。

 「南米や中東など、これまで公演を実施してこなかった地域からもイベントを開催してほしいとの声をいただいています。社内のリソースの関係で現在は北米や欧州の公演が多くなっていますが、初音ミクを応援してくれるファンが多い未開催地域を取り残すことなく、世界中で公演を展開していきたいです」

 筆者が5月5日に観た「HATSUNE MIKU EXPO」の北米公演では、閉演後に200人を超すファンが会場外で非公式の「二次会」を催していた。初音ミクの楽曲を、アメリカ人が日本語で合唱する様子は感動的だった。参加者のひとりは「社会に居場所がないところを初音ミクに出会って救われた」と、泣きながら筆者に話してくれた。

 初音ミクには、遠い国にいる非日本語話者の人生をがらりと変える力がある。今年の北米ツアーは、全21公演を実施し、約7万人を動員した。24年に行われた日本発のアーティストの海外公演と比較しても、初音ミクが発揮した影響力の広さと深さは最強だ。

 また、ファンだけでなく、外国人のクリエイターも増え続けている。現に、北米公演で披露された楽曲のうち、約半数は英語の歌詞だった。なぜ初音ミクで作曲する海外のクリエイターが増えているのだろうか。

 「初音ミクは、13年に英語歌唱版、17年に中国語歌唱版のソフトウエアがリリースされました。日本語歌唱版でも英語の曲をつくれないことはないのですが、ローカル言語のソフトウエアが出たことで、外国人のクリエイターが増えています。また、『HATSUNE MIKU EXPO』で楽曲コンテストを開催していることも、外国人クリエイターの創作意欲を掻き立てるきっかけになっているのだと思います」(布施氏)

■生身の歌手にはない初音ミクの強みとは

 巻き起こったブームはやがて飽きられ、宿命的に終わりを迎えるが、ボカロブームには陰りが見えない。

 音楽ジャーナリストの柴那典氏は「現在のボカロシーンは新たな黄金期に入った」と説明する。米津玄師やYOASOBIなど初音ミク向けの楽曲を書いてきたアーティストが音楽シーンを席巻し、その影響からボカロを始める人も増えているからだ。クリプトンはこの状況をさらに加速させようとしている。

 初音ミクのソフトウエアは、07年発売の「VOCALOID2 初音ミク」以来バージョンアップを重ねており、2024年10月23日には「初音ミク NT ver.2」(Early Access版)が公開となり、来年には最新版「初音ミク V6 AI」がリリースされる予定だ。

 「VOCALOID2 初音ミク」から製品の企画・開発に携わり、「初音ミクの生みの親」と呼ばれている音声チームの佐々木渉マネージャーは、「初音ミク V6 AI」では「多様性のある初音ミクをお届けする」と語る。

 「『初音ミク V6 AI』には、ヤマハの最新歌声合成ソフトウエアである『VOCALOID6』を採用しています。VOCALOID6にはAI技術を用いた新合成エンジン『VOCALOID:AI』が搭載されていて、アクセントやビブラートといった歌唱表現を素早く調整できる機能や、日本語や英語を織り交ぜた歌詞を流暢に発音させる機能が備わっています。AI技術を用いることで、初音ミクの歌声の幅が今まで以上に広がります」

 初音ミクの新しいソフトウエアが出るたびに、クリエイターが本気で曲をつくり、それを聴いたファンが熱狂する。初音ミクとクリエイターとファンの循環が続く限り、ボカロブームに終わりはない。

 現状、初音ミクのライブは機材の都合もあり、立て続けには開催できない。しかし、環境さえ整えば、VRとして時空を超えたライブを開けるはずだ。これは生身のアーティストには絶対にできない強みだろう。

 はたして「電子の歌姫」がライブシーンでも人間を圧倒する日は来るのか。北海道で誕生して世界中に愛されるようになった初音ミクの、今後の展開から目が離せない。

 ※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年10月18日号)の一部を再編集したものです。



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伊藤 博之(いとう・ひろゆき)
クリプトン・フューチャー・メディア代表取締役
北海学園大学経済学部卒業。北海道大学工学部職員を経て、1995年7月にクリプトン・フューチャー・メディアを創業。「初音ミク」「鏡音リン・レン」など数々のヒット商品を生み出した。2013年、藍綬褒章を受章。
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最終更新:11/22(金) 9:17

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