オーギュスト・コントと社会学の誕生

アーカイブされた 2017年11月21日 03:00:08 UTC
オーギュスト・コントと社会学の誕生
 
 
 1 その生涯
 
 オーギュスト・コント (Comte, Augste, 1798-1857) は1798年に南フランスのモンペリエで生まれた。父は公務員だから中産階級の出身。子供のころから秀才で1814年(コント16歳)でエコール・ポリテクニク*という,ナポレオンが創設した超エリート校に入学した。ところが,1816年に,コントは退学処分になる。コントが入学したのはナポレオンが失脚し,第一次王政復古があった年である。その翌年に,ナポレオンがエルバ島から復帰,ルイ 18 世は再び亡命。けれども,ナポレオンはワーテルローの戦いに破れ,第二次王政復古となる。このとき,コントが第二次王政復古に反対する学生運動に加わったことが退学の理由とされる**。
 
* ノcole polytechnique(理工科大学校):ナポレオンが軍事技師を養成するためにつくった学校。今日でも国防省に属し,学生は国から給費を受け,制服を支給され,寮で集団生活をしなが学ぶ。フランスを代表する政治家,経済人を多く輩出してきた。フランスでは,官吏,軍人,教師などの養成のためにつくったエコール・ポリテクニクのようなグランド・ゼコール(les grandes 馗oles)が大学と並立し,大学以上の権威をもっている。
** コントは退学後,数学の個人教師をして生計を立てた。1832年にエコール・ポリテクニクの復習教師に任命され,さらに,1837年にその試験官に任命されて,ようやく安定収入をえるが,せいぜい夫婦2人が切りつめて暮らせるぐらいの収入であったといわれる。
 
 孤独に勉学を続けていたコントは,翌1817年にサン・シモンと知りあい,その信奉者になる。コントの処女作である『社会再組織のための科学的プラン』(1822, Plan des travaux scientifiques n馗essaires pour r駮rganiser la soci騁é)も,もともとはサン・シモンとの共著のために執筆されたもので,2人の決裂の原因となるコントのオリジナルな部分もふくまれているとはいえ,サン・シモンの強い影響が見られる。
 サン・シモンから自立したコントは,1826年の1月に知人に,自宅で「実証哲学講義」(Cours de philosophie positive)という連続講義をするという案内状を送る(案内状によると1年で完結,全72回の予定)。4月2日にその第1回の講義がおこなわれる。まだ28歳であるコントの講義を聴講した人たちにはすでに名声を得ていた学者も多い。おそらく,かれを知る人のあいだでは,コントの学識は高く評価されていたのだろう。この講義は社会学(sociologie)ということばがつくりだされた講義として名高いが,講義が始まってまもなくコントが精神障害におちいって中断する。講義の中断中にコントが自殺未遂事件を起こすなどの紆余曲折があり,講義が完結するのは1829年の冬になる。
 講義を終えたコントは,この講義をもとに書物としての『実証哲学講義』の刊行に取りかかる。この著作は1830年から1842年にかけて全6巻で完結する。
 『実証哲学講義』のコンパクトな解説書になっている『実証精神論』(1845,Discours sur l'esprit positif)を書いたのち,1846年くらいからのコントを,後期コントということがある。詳細は省くが,この年に不倫の大恋愛をしたコントは,1847年にその恋人を亡くしたのち,思想に変化が生じる。これまで「秩序と進歩」をモットーにしていたコントは,「愛を原理とし,秩序を基礎とし,進歩を目的とする」というように,実証主義こそが人類愛の精神を体現したものだと説くようになり,最終的には「人類教(Religion de l'Humanit驕j」という宗教を提唱する(前期のコントの著作を高く評価する人でも,後期のコントにはついていけないと感じる人は少なくない)。『実証政治体系 — 人類教を創始するための社会学概論』(1851-54,全4巻,Syst駑e de politique positive, ou de Sociologie instituant la Religion de l'Humanité)がこの時期のかれの代表作である。人類教は一時期世界の各地で信者をえた。ブラジルなど一部の地域では今日も人類教の信者がいるという。
 コントは1857年に死去する。コントの死後,『実証哲学』と『西洋評論』というコントから強い影響をうけた2つの雑誌が創刊される。前者は前期のコントを受けつごうとする雑誌,後者は後期のコントを受けつごうとする雑誌である。これらの雑誌は,コントが枠組を与えた社会学の研究を発展させようとするが,結局,今日の社会学の研究にまで影響を与える重要な研究はあらわれなかった。社会学がひとつの学問として一般に認められ,確立するのは,デュルケームやウェーバーなどが社会学の研究に取り組む1890年代まで待たなければならなかった。
 
 
 2 実証主義と三段階の法則 — 『実証精神論』 を読む
 
 コントの代表作は疑いなく『実証哲学講義』だが,電話帳ほどの厚さの本が全6巻ではちょっと手が出ない。この授業では『実証哲学講義』の議論をコンパクトにまとめた『実証精神論』にそって,コントの思想を見ていこう。
 
 ● 構成
 『実証精神論』は,コントが提唱した実証主義(le positivisme)の哲学について,実証主義の認識論を述べた第1部(1〜8章),社会を組織するうえでの意義を論じた第2部(9〜15章),実証主義を社会に定着させていくための方策を論じた第 3 (16〜24章)で構成されている。
 
 第1部 思考方法としての実証主義
 
 ● 三段階の法則
 コントによると,人間の思考は学問研究でも,日常生活の思考でも,神学的,形而上学的,実証的という3つの段階を経て発展する。コントはこれを三段階の法則(la loi des trois 騁ats, law of the three stages)という。
 
 (1) 神学的段階 科学的な思考がまったく未発達であった時代には,人間はいっさいの現象の原因を神話によって説明した(たとえば,古代のギリシャ人は雷を天空を支配するゼウス神が投げつける武器であると説明した)。こうした見方は,拝物教(f騁ichism),多神教,一神教へと進化するが,科学が発達した今日でさえ説明のつかないことがらを,神や神々の仕業としてすべて説明するのが神学的段階の特徴である(第1章)
 
 (2) 形而上学的段階 神話による説明に代えて,合理的な人間の理性によって諸現象を説明しようとする。しかし,その説明は事物の観察にもとづくものではなく,頭のなかだけで考えた抽象的な概念による説明にとどまっている。コントはこの段階を形而上学的段階*という。コントが形而上学的段階の説明として,主に念頭においているのは,これまでの授業で説明したような啓蒙主義の思想のである(第2章)
 
* 形而上学とは,経験的には知ることができない究極の原理について考える哲学のことである。コントはこの言葉を頭のなかで捏ねあげた根拠のない推論という否定的な意味でもちいている。コントによると,人間がなぜ社会をつくるのかということの説明に,人間が社会をつくる以前の自然状態を想定して議論する啓蒙時代の社会契約説は,神学的説明よりも合理的にみえるが,事実関係から遊離している点では神学的説明とそれほど変わるものではない。
 
 (3) 実証的段階 人間の思考が成熟すると,究明が不可能な諸現象の根本的原因を想像によって説明することが無意味であることに気づき,観察できる事実に認識の焦点をあわせるようになる。これが実証主義の基本的な認識方法である(F観察に対する想像の従属)。
 同時に,実証主義は人間の観察能力には限界があることを認める。それゆえ,それは,神学的・形而上学的な認識とちがって,自己を絶対視することはない(F相対性)。
 とはいえ,実証主義はたんに雑多な事実を観察して記述することが目的ではない。さまざまな現象間にみられる「法則」(経験的規則性)を見いだし,この「法則」にもとづいて,さまざまな予見をすることが目的なのである。「予見するために見る(voir pour pr騅oir)」がコントのモットーである*(3章)
 
* 経験科学のなかで最初に実証的な段階に到達した天文学を例にしよう。天文学では,ケプラーによって,太陽のまわりを回転する地球が正確な楕円軌道を描くことが発見された。さらに,ニュートン力学は,地球が楕円軌道をとることも,新月や満月のときに大潮が起こることも,同じ法則によって説明した。コントによれば,これは実証主義的な説明である。それは,神学的説明のように,なぜ万物は引力をもつのかというような説明不可能なことをあえて追求せず,諸現象の関連をひとつの法則で記述しているだけだからである。しかも,この法則は未知の惑星の軌道を予見するような精密な推論も可能にする。
 
● 法則の2つのタイプ
 実証主義は世界を理解したいという欲求に,事実から「法則」を見いだすことによってこたえる。法則には2種類がある(4章)
‡@ 調和の法則 これは同時に存在することがらを「類似性」によってむすびつける法則である(F社会と自然の秩序の側面をとらえる)。
‡A 継起の法則 これは時間的に継起しておこる現象を「因果関係」によってむすびつける法則である(F社会と自然の進歩の側面をとらえる)。
 
 ● 実証主義と科学技術
 科学と両立しない神学とちがって,実証主義は科学技術とむすびついた認識方法である(5〜6章)
 
 ● 実証的精神の 6 つの特徴
 以上のような実証主義の考え方は次のように特徴づけることができる。
‡@ 現実的(r馥l) 空想的(chim駻ique)ではなく,観察された事実を重視する。
‡A 有用な(utile) 個人および集団の生活条件を改善する技術として役にたつ
‡B 確実な(certain) 漠然とした想像やそれにもとづく際限の議論ではない。
‡C 正確な(pr馗is) 曖昧ではなく,正確である。
‡D 建設的な(positif) (形而上学のように)たんに現状を批判するだけでなく,社会の建設に寄与する。
‡E 相対的な(relatif) 認識の限界を自覚し,自己の認識を絶対視しない(7章)
 
 第2部 実証主義と社会
 
 ● 社会認識における実証主義の意義
 フランス革命から1830年の7月革命にいたるフランスの政治は,王権と貴族政治を支持する(王権神授説のような)神学的思考が退歩的な思想であること,また,フランス革命を指導した形而上学的思考が社会の建設には無力な破壊的思想であることをあきらかにした(9章)。いまこそ,社会の秩序と進歩の両面を事実にもとづいてとらえる実証主義の出番である(10章)
 
 ● 実証主義と道徳
 これまで道徳を説くさいに用いられてきた古い神学的な観念は,いまでは不信の目でみられている。神学的思考や形而上学的思考が説く道徳観は「利己主義」的な人間観を前提にしている面がある。たとえば,神学的思考では,人間は放っておけば利己的であると考えたうえで,それを克服するために厳格な信仰と道徳訓練を勧めるというスタイルがふつうである。これに対して,実証主義は人間社会を観察することによって,社会でひとびとはたがいに分業を通じて相互依存しているので,公共の福祉の追求が結局は個人の幸福につながることを合理的にあきらかにする。だから,今日の社会の道徳的再建のためにも,実証主義こそが適切である(11〜15章)。F コントのこの発想がのちの「人類教」の提唱につながっていく。
 
 第3部 社会に実証精神を浸透させるための方策 
 
 ● 実証主義の教育運動
 社会に実証精神を普及させていくうえで,本来その誕生場所であった学者たちは,障害になるかもしれない。なぜなら,かれらは狭い専門領域にとじこもり,社会全体をみる目はかえて神学的・形而上学的である場合が多いからである(16章)。職業としての科学者になる意志がない民衆に実証精神を身につけてもらうためには,すべての科学の主要観念を総合的に教育する「普遍的教育」が必要である(17章)。こうした教育がもっとも効果を発揮するのは,これまでの神学的・形而上学的教育の影響をうけず,労働現場を知っているプロレタリア階級*である(18〜20章)
 
* プロレタリア階級(prol騁ariat):財産をもたない最下層の階級(無産階級)。コントののち,マルクスは,資本主義社会において,自分自身の生産手段をもたず,自分の労働力を資本家に売るしかない賃金労働者の階級をこう呼んだ。
 
 ● 諸科学の序列と社会学
 『実証精神論』の最後の数章(21〜23章)では,再び実証主義の方法論が論じられる。論じられるのは,科学の分類と序列である。コントは科学を次の6つの分野に分ける。
 
 ‡@ 数学, ‡A 天文学, ‡B 物理学, ‡C 化学, ‡D 生物学, ‡E 社会学
 
これらの6つの科学には,先行する科学が次の科学の基礎となるような論理的順序と,実際にそれぞれの学問の発達期からみた歴史的順序がある。さらに,コントは次のような2つの注目すべきことを述べている。
 
 方法上の統一 実証主義は観察された事実から「法則」を発見しようとするが,これらの科学は「法則」が見えやすいものから,「法則」が見えにくいものまで順に並んでいる。こんなとき,実証主義は,レベルのちがうものを想像上の概念をもちいて,無理に統一的な説明を使用とはしない。つまり,実証主義は,教義の統一ではなく,認識方法の統一をめざすのである。
 社会学の意義 序列の最後にある社会学を発展させることこそ,実証主義の究極の目的である。なぜなら,それはこれら諸科学の認識を発展させる人間そのものを研究対象とし,しかも,先行科学である生物学による人間の認識とちがって,社会のなかで相互依存する人間の解明を通じてたんに個人としての人間でなく,「人類」*に接近する唯一の科学だけである。
 
* コントの文章は明快で,概して沈着冷静である。ところが,「神」でさえ未開時代の人間がつくりだした認識の手段と割り切るコントが唯一熱っぽくなり,読み手に議論の飛躍を感じさせるのは,かれが「人類」について語るときである。
 
 
 3 コントの社会学
 
 ● 方法論としての実証主義
 社会学にかぎらず,どんな学問の研究も一定の方法(method)にしたがって進められる。ある問題を研究するのに,どんな研究方法が適当かについての議論を方法論(methodology)という。方法論の研究は,コントに先だち,方法論的懐疑を唱えたデカルト(René, Descartes, 1596-1650)の『方法序説』(1637)や,実験と観察にもとづく推論の意義を説いたベーコン(Francis Bacon, 1561-1626)の『ノーヴム・オルガーヌム(新しい論理学)(1620)のように,近代思想を切りひらいた著作も少なくないが,この授業でこれまでに紹介した研究では,コントの実証主義ほど,方法論を明確に意識した研究はなかったろう。とはいえ,今日の社会学の標準的な研究法は,コントの提唱した実証主義とぴったり一致するものではない。これについては,もう数回後の授業でエミール・デュルケームの社会学を紹介するときにあらためて話したい。
 
 ● 「社会学」 という言葉
 「社会学(la sociologie)」という言葉は,コントが「実証哲学講義」ではじめて使った言葉である。かれは,《socius》という“社会(より正確には仲間,同盟)”を意味するラテン語と《logos》という“論理,学問”を意味するギリシャ語とを合成し,sociologie (つまり,社会学) という言葉をつくった。コントが「実証哲学講義」を講義したのは1820年代後半だから,この時期にすでにコントはこの言葉を使っていたはずだが,私たちがこの言葉を印刷された活字でみるのは『実証哲学講義』第1巻(1830年)が最初である。
 
 ● 総合社会学
 『実証精神論』での科学の6つの分類には,社会学以外には,経済学や政治学など,ふつう社会科学とよばれている科学はひとつも入っていないことに注意したい。社会学という学問の性質については,図1のように,社会学を政治,経済,法律,教育などなど,社会のすべての領域についての学を統合した学としてとらえる総合社会学の立場と,図2のように,社会学を政治学,経済学,法律学,教育学などのいろいろな社会科学と並立する分科科学(「社会科学の一平民」といった人がいる)であるとする立場とがある。今日では社会学は社会科学の一分科とみることのほうが多いが,コントは,社会学を総合社会学としてとらえていた。
 ● 社会静学と社会動学
 『実証精神論』の紹介で述べたように,コントがいう法則は,時間的に継起しておこる現象についての法則(継起の法則)と,同時に存在することがらの関連について述べる法則(調和の法則)とに分けることができる。コントはこれに対応させて,社会学の研究を社会動学(英語ではsocial dynamics, 仏語ではla dyamique sociale),社会静学(英語ではsocial statics, 仏語では la statique sciale)とに分ける。
 しかし,かれの社会動学はすでに紹介した三段階の法則を繰り返しているだけだし,社会静学についてかれが述べていることは,社会組織の原型は家族にあるという議論や,女性は男性に比べて生物学的に劣った存在であるという議論など,とうてい支持できる内容ではない。コントは実証主義の方法論や社会学の枠組を与えることには貢献したが,かれの社会学研究の内容そのものはほとんど顧みられていない。
 
 参考文献
 コント/霧生和夫訳,1970,『実証精神論』,清水幾太郎編『コント・スペンサー』(世界の名著 36) 中央公論社に所収。 
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