コロナ政策追い詰めた?中国・白紙運動 海外逃れた青年にインタビュー 覚悟のワケとは<中国ゼロコロナ>
中国上海市などで2022年11月下旬、新型コロナウイルスを封じ込めようとする中国政府の「ゼロコロナ政策」に白い紙を掲げて抗議する「白紙運動」が起こりました。自由を求めた市民の抗議は習近平指導部への批判に発展。デモはすぐに制圧されましたが、ゼロコロナ政策が大幅な緩和に向けて急にかじを切る、大きな転換点となりました。
中国のゼロコロナ政策を検証するシリーズ「中国ゼロコロナ」では28日から始める予定の第5部で、政策の最終盤の混乱ぶりを取り上げます。言論統制が厳しい中国で異例の広がりを見せ、1989年の「天安門事件の再来」とも言われる白紙運動とはなんだったのでしょうか。上海での運動に参加し、ドイツに逃れて生活する大学院生・黄意誠(こう・いせい)さん(28)=上海出身=が、実名でオンラインでのインタビューに応じました。(北京駐在 古田夏也)
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■「自由が大きく制限」我慢の限界だった
――上海での「白紙運動」が起きた状況を教えてもらえますか。
「まずは2022年のコロナ禍の上海での状況を振り返ります。上海では3月下旬からコロナを封じ込めるためのロックダウン(都市封鎖)が2カ月以上続きました。自由に食料を買いに行くこともできず、居住地区での配給に頼らざるを得ませんでした。言論の自由も尊厳も大きく制限された状態が続いていて、こうした生活がいつ終わるのかも政府は一切教えてくれませんでした」
「ロックダウンが明けた後も日々のPCR検査は続いて、人々は憂鬱(ゆううつ)な気持ちになっていきました。そんな中、5年に1度開かれる中国共産党大会の直前の10月13日、ある男性が北京市中心部の高架橋で横断幕を掲げ、習近平国家主席に退陣を迫る出来事がありました。これを見て『ゼロコロナ政策は、習氏自らが強硬に推し進めている政策だ』という認識を強くしました」
「11月24日には新疆ウイグル自治区のウルムチで大規模な火災が起きて、(当局発表で)10人が亡くなりました。厳しすぎるゼロコロナ政策の下で住宅の通路が封鎖されていて被害が拡大したとの見方が広がり、民衆の怒りが爆発したんです。そして26日夜、同じウルムチという名前がつく上海のウルムチ中路通りに人々が結集したんです。人々は白い紙を手に『自由がほしい』『PCR検査はいらない』『習氏は退陣しろ』『共産党も退陣しろ』などと叫んだのです。我慢の限界だったんですね」
中国のゼロコロナ政策 2020年に流行が始まった新型コロナウイルスの感染拡大を徹底的に封じ込める中国の政策。スマートフォンなどIT技術を駆使して国民の行動履歴を把握、制限し、市中感染が増えてくると地域ごとにロックダウン(都市封鎖)を行った。都市間の移動を大幅に制限したほか、海外からの入国者を絞る「鎖国政策」もとった。2022年11月の「白紙運動」で住民らの不安・不満が爆発。政府はなし崩し的に政策を取り下げ、23年1月8日に終了した。
■必死の体制批判に心動かされた
――黄さんは初日から参加したのですか。
「いいえ、私は26日の夜はデモの現場にいませんでした。夜中の2時か3時ごろだったと思いますが、ツイッター(現・X)に投稿された動画を見てデモの存在を知ったのです。中国で体制を批判することは大変なことなので、みんな大きな危険にさらされながらも必死に訴えている様子に心を動かされたのです。翌27日の夕方、私は白い紙とろうそく、白い生花を買ってウルムチ中路に行きました」...
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