トランスジェンダーのケア、求める若者たち 「境界から」㉙米オハイオ州 禁止する州法に憤り

2024年11月24日 11時00分
 若者のトランスジェンダーケアを禁じる法律を成立させた米オハイオ州議会の議事堂前に立つバラダバー。「議論は形式的で、反対意見を真剣に聴く気はなさそうだった」と語る=2024年6月、同州コロンバス(撮影・Jong Ryu、共同)

 「この法案を通せば多くの子どもたちが自ら命を絶とうとするだろう」。居並ぶ議員らを前に、声を震わせながら訴えかけたあの日をロビン・バラダバー(16)は忘れることができない。

 米中西部オハイオ州議会で2023年12月に開かれた公聴会。性同一性障害に悩む未成年者らに対し、心と体のギャップを緩和するホルモン治療などの性別適合ケアを施すことを禁止する法案が通過しようとしていた。多くの反対意見にもかかわらず州法は成立した。

 

 幸いバラダバーは母クリスティーナ(46)の理解を得て治療を受けることができたが、なかには置き去りにされた若者もいる。「自分がどうあるべきかは自分で決める。政治家に決めてほしくない」と語る。

 

 

 

 

 ▽違和感と救い


 成長するうちに生まれた性別に違和感を抱くようになる子どもがいる。女性として生まれたバラダバーもそんな一人だ。

 「トランスジェンダー」という言葉を初めて耳にしたのは4、5歳の頃。ニュースで聞いたが決して好意的な取り上げられ方ではなかった。

 

 12歳になって思春期を迎えると違和感に耐えられなくなった。「自分を表現する言葉はトランス以外にない」と強く感じた。「男性として生きたい」と言うと、親はすぐに理解してくれた。

 

 ただ学校では思うようにいかなかった。オハイオ州郊外の保守的な土地柄。教師に意思を伝え、同級生も知るようになると、悪意を持った生徒につきまとわれ、からかわれるようになった。

 

 ある日、近所のプールで同じ学校の生徒たちに出くわし、溺れさせられそうになった。彼らはそのさなかに笑っていた。泣きながら帰宅すると、母が州都コロンバスへの引っ越しを決めた。

 

 コロンバスでは専門家による心理療法を受けた。気持ちが安定し「命を救われた」。
 そんな時に州法の案が提出されたのを知った。

 

 ▽全米に広がり

 心と体のギャップが大きくなると、精神的に混乱し、ひきこもりや自殺につながることもある。そうした場合に、思春期の進行を遅らせる薬剤を投与したり、ホルモン治療や性別適合手術でギャップを埋めたりする医療が有効とされる。

 


 オハイオ州の法律は、医師らが18歳未満に性別適合手術やホルモン治療などを施すのを禁じる内容。キリスト教福音派の牧師でもある保守系の男性議員が提案した。

 

 「子どもの健康と安全を守る」との名目だが、この議員は「未成年者には危険な医療行為に同意をする能力はない」と自己決定権を否定。条文には「性別に違和感を持つ子どもの大多数は成人までに出生時の性を自認するようになる」と治療の必要性を疑問視する記述も盛り込まれた。背景には性同一性障害を精神疾患とみなす考えがある。

 

 そうした医療行為を制限する動きは2021年以降に全米20州以上に広がった。いずれも福音派が支持する共和党が州議会の多数派だ。オハイオ大教授のスーザン・バージェス(62)は「共和党の支持固めのためにトランスジェンダーが標的にされている」と分析する。

 

 バラダバーが公聴会に出席したのはこんな状況を変えたかったからだ。「自分と同じ境遇にある若者がケアを受けられず、精神的に傷つくのを見たくなかった」

 

 公聴会には母も同席した。言葉に詰まると背中をさすって勇気づけてくれた。証言の最後に子どもの自殺につながる可能性に触れ「議員の手は血に染まることになる」とあえて強い言葉で締めた。終わると緊張から解放され、母と抱き合って泣いた。

 

 成立した法案には州知事が署名を拒否したが、議会に覆されて2024年4月に法施行された。施行時にケアを始めていれば継続が許されるため、バラダバーは精神科医の承認を得てホルモン治療を始めることができた。「こんなに急いでやるとは思わなかった」と寂しげに笑う。

 

 米オハイオ州コロンバス近郊にある自宅の玄関前に座るアルバレス。自分らしい性のあり方に父親の理解が得られず、早く高校を卒業して故郷を出る日を待つ=2024年6月(撮影・Jong Ryu、共同)

 

 ▽父の拒絶

 「心にぽっかりと穴があいたようだった」。ナサニエル・アルバレス(16)は州法を知った時の衝撃を語る。女性に生まれたが幼い頃から女の子を好きになり、ズボンしかはかなかった。


 父親は受け入れてくれなかった。「なぜ男物の下着を買うんだ」などと傷つける。一緒にセラピーにも通ったが、父は最後まで自分と異なる考えや自らの過ちを認めることができなかった。

 

 親の同意が得られず、法施行前にケアを受けることはできなかった。心の穴は今も広がっているように感じる。「どうすれば自分を愛することができるかは分かっている。だけど女性の声や体のままではそれが難しい」

 

 18歳になれば法的に自由になり、オハイオ州を去ることができる。「制度を変えてくれと嘆願するつもりはない。自分を受け入れてくれる場所に行くつもりだ」。アルバレスはその日を心待ちにしている。

 

 

【取材メモ/自己肯定感】

 米オハイオ州コロンバス

 

 

 取材した2人の若者の表情が対照的だった。明るく活発で前向きなバラダバーに対し、アルバレスは心(しん)の強さを感じさせながらも悲観的な印象を残す。親や友人など周囲から積極的に受け入れられたかどうかが関係しているのかもしれない。地元で性的少数者の若者を支援する団体の関係者は「州法で性別適合の道が閉ざされても、未来がある、生きていてもいいと思わせる居場所を提供しなければいけない」と語る。若者が必要とするのは自分自身を肯定できる環境だ。

(敬称略、文は共同通信ニューヨーク支局員・稲葉俊之、写真は共同通信契約カメラマン・Jong Ryu=年齢や肩書は2024年7月24日に新聞用に出稿した当時のものです)

    共同通信のニュース・速報一覧