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五車名門水城家ともなると、一般対魔忍家系とは随分と待遇が違うのだなと、藤木戸はしみじみ思った。
「センセイ! センセイ! 見て見て!!」
「ああ、いい武器を作って貰って良かったな」
きゃっきゃとはしゃぎ回る藤木戸の一番弟子、ゆきかぜの手には一対の拳銃めいた、しかし実銃と比べると大分ヒロイックな代物が握られていた。
その名はライトニングシューター。名門出身だけあって幼いながらに肉体の裡を駆け巡る対魔粒子が膨大であるがため、ジツの制御が甘く電撃を撒き散らすばかりの彼女を想って創られた専用装備は、言うまでもなく五車の名工達が頭を捻りに捻り、技術の粋をこらした傑作である。
五車中等部入学を控えたユキカゼに贈られたそれは、不知火が消息を絶つ前に発注されて設計が進んでいたという。
そして、藤木戸が正式に師としてカラテ・インストラクションの復帰を許され、家庭教師として久方ぶりのケイコを付けるにあたり、彼女はそれを喜んで見せびらかしていたのだ。
「凄いの! 雷撃が集束するし威力も自在! 沢山撃っても疲れないし、これで味方を巻き込まずに済むから本当に頼りになるの!」
「なるほど、課題であったジツの欠点が殆ど解消された訳か」
以前のゆきかぜはデン・ジツが高出力すぎるあまり、集束と制御が非常に困難で、近くで戦う味方を巻き込む可能性が高いため、強力すぎるが故に実用が難しいという問題を抱えていた。
使えるシチュエーションは一人の時に雑兵を薙ぎ払うか、周りに壊しても差し障りない物だけの時にぶっ放す、あるいは肉薄してきた敵を迎撃する限られた使い方しかできなかった未熟なジツに〝中距離戦〟という選択肢ができたのは良いことだ。
ジツは個人の才能と感覚に依拠するため、彼も教えてやれないので中々悩んでいたものである。それが外付け装置が必要とは言え、コントロールできるようになったのは喜ぶべきことだろう。
しかし、と藤木戸は苦言を呈そうとしたところ、師の発言を読んでいたのだろう。
「ノーカラテ・ノーニンジャ」
「そうだ。そしてユキカゼ=サン、オヌシはそれをどう使う?」
弟子の発想がどのような物か、藤木戸は少し楽しみつつ問うた。
ゆきかぜは少し直情的かつ短慮なところがあるが、決して地頭は悪くないし、自分のことを俯瞰して見ることもできる。そして何より自分の欠点を知って、それを恥じるだけの能があることを分かっているからこそ、この強力なデン・ジツ使いがジツ頼りのサンシタめいた運用方をするまいと期待していたのだ。
すると、ゆきかぜはゆっくりと構えを取ったではないか。
「それは……!!」
「近・中距離対応! そして、カラテを活かした私だけの戦術!!」
おお、見よ! 体を右に開いて左手を突き出し、右手を胸の前で添えるそれをヘッズである藤木戸が見紛うはずがない!!
そは太古のテッポウ・ニンジャ・クランが編み出し、モータルに流出するにあたって更に洗練されていった暗黒武術!
「ピストルカラテ……!」
「名付けてピストルカラ……なんでセンセイが知ってるの!?」
そう! あからさまなまでにピストルカラテなのだ!!
「あ、いや、見たままだなと」
「ナニソレ! 私のセンスがないって言いたいんですか!?」
「落ち着けユキカゼ=サン、そういう訳ではない。正に名は体を表すよいワザだ」
短絡、と貶されたともとれる発言を何とか繕って弟子を宥めた藤木戸は、独学でこの技術に至る弟子の才能に戦慄した。
ピストルカラテは暗黒武術の中でもモータルでさえ再現できる〝反動を用いた姿勢制御〟と大口径弾の威力を活かした武術だが、藤木戸は原作を読んだ時になんと優れた武術であろうかと感心したものだ。
「よもやインストラクション抜きにその構えに至るとは。サスガだユキカゼ=サン」
「えへへ」
師から手放しに褒められ、頭まで撫でて貰ってゆきかぜは年相応の無邪気さで微笑んだ。
さて、まず初期のピストルカラテはマスケットを如何に近接武器として成立させるかをニンジャが苦心して考え出した武術だが、それは時代を経て銃器のオートマチック化が進むにつれて変容していった。
いわばモダン・ピストルカラテとでも呼ぶべきそれは、大きな利点が三つある。
一つは、大口径弾はニンジャでさえ殺し得る破壊力を持つが、チョップやケリと違って特別な鍛錬もなしに大きな威力を発揮すること。
これは命中させるという難しさこそあれど、貫手で鋼鉄を貫通するに至るよりはずっと習熟時間も短く済むという利点がある。それにカラテと同じくワンインチ距離で放つのであれば、長距離狙撃のような高度な計算や膨大な訓練時間が必要というわけでもない。
そして、二つ目の利点は射撃と同時に回避が行えること。大口径弾の反動を用いて体を旋回させるピストルカラテの使い手は、攻撃のゼロコンマ数秒後には既に攻撃姿勢から回避状態に移っているのだ。
これはザンシンを極めたカラテのタツジンでも中々できないことで、回避を念頭に置いた攻撃はどうしても腰が引けて威力に欠ける。故にこそ攻撃の隙を殺すために連撃が発展していったことを考えれば凄まじいことである。
しかも、ユキカゼのピストルカラテはジツが源であるため、反動を発生させることもさせないことも自在だという。避ける、避けない、その二択を選べるのは非常に強力に読み合いを制御する。
そして最後の利点は、相対した者でなければ実感は難しかろう。
「よかろう、ユキカゼ=サン。では、ピストルカラテ、見せて貰おう」
「ハイ、センセイ!」
インストラクションが始まる。タタミ五枚分の距離を空けて正対した二人は、一礼の前に久方ぶりの鍛錬であるため懐かしいやりとりをした。
「センセイに攻撃を〝徹せば〟私の勝ちですよね」
「そうだ。当てるのではなく徹す。それができればオヌシの勝ちだ」
ただ当てる、掠らせるのではなく有効打を放つ。たった一撃、薄い青痣を作るだけでもいいので、ダメージとして計上できる攻撃を当てさえすれば合格。それがカラテ・インストラクションで弟子に求める物であった。
経験と自力に差があるのだ。これはハンデとして当然ではあるが、それでも藤木戸があくまで命中ではなく、徹すことに執着しているのは、訓練のカラテに溺れて〝当たりさえすればいい〟と弟子に無意識下での勘違いをさせるのを嫌ってのことだった。
随分と体を張った教え方ではあるものの、スポーツとは違う殺し合いの世界に身を投じる者には必須の心構えであるため、彼はこれを徹底する。
フェイントで軽い当たりを目指すのは良いが、それで満足してはいけないのだ。否、むしろ一撃必倒、二の打ち要らずのカラテこそ理想であると考える藤木戸の必要十分条件に沿った実用的なインストラクションであるからこそ譲れない点でもある。
それに、弟子のために命の一つも懸けられないで、何が師であろうか。
ニンジャスレイヤー=サンのために命を懸けてインストラクションを施したローシ・ニンジャ=サンのように、藤木戸は自分の弟子のためなら体を張ることを厭わない。攻撃が完璧に徹って骨がへし折れようが、むしろ喜んでそのワザマエを褒め称えるだろう。
「あらためて、ドーモ、ユキカゼ=サン、マゾクスレイヤーです」
「ドーモ、マゾクスレイヤー=サン、ゆきかぜです」
弟子を奥ゆかしく教育するべくアイサツの文化を教え込んだ彼は、弟子と共に完璧な立礼を行った。
そして、0.1秒後、ゆきかぜがピストルカラテの構えを取って引き金に指を掛ける!
「イヤーッ!!」
「イヤーッ!!」
裂帛のカラテシャウトと共に指が微動したことを認めると、藤木戸も間合いを見て回避行動に移る。非殺傷電圧に加減された雷撃が宙を舞う……かと思いきや、その銃口から稲妻が迸ることはなかった!
「くっ……」
これがピストルカラテ最後の利点! 牽制が徒手のカラテより何倍も狡猾で見抜きにくいことだ!
射手は発射を指先にかける数kgの圧力のみで制御可能であり、その動きは複雑で制御が難しいカラテの攻撃動作と比べれば怖ろしく小さく俊敏だ。撃つと見せかけて撃たぬことで、相手に回避を強要し崩れた姿勢を狙い撃つことが可能となる!
何より対手は指先と目線くらいからしかフェイントか本命かを判断する術がないため、常にその二択に悩まされることとなるのだ!!
藤木戸は速戦を好むゆきかぜの気質から、初手は発砲するかと思ってブリッジ回避を選択したが、戦闘IQに恵まれた弟子は師匠ならそれくらい読んでくると完璧に先の先を制したのである!
「美事だ!」
「イヤーッ!!」
そして、放たれる本命射! 稲妻、即ち光の速さで放たれる攻撃を見てから回避することは理論上不可能! これを素の身体操作で避けられるのは五車広しといえどアサギくらいのもの!
「イヤーッ!!」
故に藤木戸は初手がフェイントで、それに引っかかったと察するや否や、狙いを絞らせぬために連続バク転での更なる回避を行っていた!!
そして、先程まで足先が付いていたタタミが軽く焦げるギリギリで避けきると、狙いを絞らせぬため左右ギザギザに走って間合いを詰める!
常に目線と銃口に気を遣い、一瞬でも体と重なる瞬間を見抜いて跳躍。体を軽く左右に振る陽動を挟んだ機動に弟子は翻弄され、空を何発もの稲妻が切った!
「イヤーッ!!」
「イヤーッ!!」
そして、最も得意な間合いをゆきかぜが保持しようと後退するも、凄まじい速度で追いすがった藤木戸は数発の発砲を掻い潜って得手とするワンインチ距離に!
突きつけられる左の銃口を払い――掴むと加熱した銃身に掌を灼かれる――腰まで引いた右の銃には肩を押すことで狙いを逸らさせて対処。そして、泳いだ体にめり込ませる勢いで膝を跳ね上げ……ウスガミ一枚の距離で停止させた!
「うっ……ま、負けました」
「だが、よい判断だった。バックステップがあと0.1秒早ければ、イクサはまだ続いていただろう」
鋭さのあまり風すら止む膝は、命中していれば腹腔を抉って内臓を破裂させていただろう。師の一撃がどれだけ重いかを嫌というほど知っているゆきかぜは、素直に自らの敗北を認めた。
そして、再び間合いを取って互いに礼。ニンジャのイクサは得てしてどちらかが爆発四散して終わる物だが、これはインストラクション。奥ゆかしさを忘れないために礼儀は欠かせなかった。
「成長したな、ユキカゼ=サン」
「……ハイ! 私、絶対お母さんみたいに強い対魔忍になるって決めたから、ずっと訓練を続けてきました!!」
ジツとカラテの美事な融合に藤木戸は感服し、素直にゆきかぜを褒めてやった。一撃徹すことこそできなかったが、ノーカラテ・ノーニンジャの精神を忘れず鍛え上げたワザマエは称賛に値する。
その志しも高く、母が行方不明になって尚も折れなかった心の強さは大した物だ。
しかし、いつの間にやらゆきかぜの目は潤み、気付けば雫が一つ、二つ。
「あ、あれ?」
「……シラヌイ=サンを想ってずっと鍛錬してきたのだ。その涙は恥じるものではないぞ」
水城家総領娘として母が未帰還であっても泣くことは許されず、信頼していた師が汚名を被って失踪したことと重なって彼女の心に大きくのし掛かっていたのだろう。その重しが一つ取れ、幸せだった時期と同じようにインストラクションを受けられたことで感情の箍が外れたのだ。
「……センセイ」
「よく頑張った。オヌシは俺の自慢の弟子だ」
その上で努力を認められたゆきかぜは、感極まって師の胸に飛び込んだ。ジューウェアを涙で汚すのは悪いと思っても、体を止めることができなかったのである。
そして、藤木戸は弟子の涙を受け止められないほど狭量ではない。感極まって泣く弟子の心が落ち着くまで緩く抱擁し、頭を優しくなで続けた。
「センセイ……」
「どうした」
「結婚するって本当ですか? 沢山お見合いしてるって……」
涙声できかれ、ここでもその話題かと思わず膝から力が抜けかけた。
「……俺にそのつもりはない」
「ぐすっ……なんか、またセンセイが遠くに行っちゃうような気がして……」
「安心せよ。そうさな、弟子がカイデンするまで和に休むようなことはない」
幼い嫉妬が心配に変じたのであろう。師は弟子が巣立つ前に平和を貪るほど愚かではないと言い聞かせ、彼女を少しだけ安心させた。
そして後日、水城家から師匠を取り上げるような真似は控えて貰いたいという申し出が長老衆に届いたことで、苛烈なお見合い攻勢は僅かながら勢いを落とすのだった…………。
オハヨ!!
ジッサイ、ユキカゼ=サンとピストルカラテの相性は良好。大人になると近接戦は不得手だろうと懐に飛び込んだら、集束させたバイヨネットめいた稲妻が飛びだしてきて膾斬りにされる二重の罠。