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五車学園のカラテ・メンターをやりながら、藤木戸は頑張ってヨミハラに一旦戻る算段を付けようとしていたのだが、それはどうにも上手く行かなかった。
お見合いが方々から飛んで来たり、授業日程が詰まっていたりして、戻るに戻れないのだ。
故に彼はツバキと葉月に詫びの電話を入れ、留守が想定より長くなりそうだと告げると、妙にひんやりした声で頑張ってこいと言われて背中に汗を一滴垂らすことになった。
この藤木戸をして脂汗を発させる、妙に粘っこく重い雰囲気は何なのかと答えが分からない感覚を味わいながら、彼は仕方なしに余った時間を有意義に使うことにした。
そして、念願を一つ叶えることができた。
「おお……」
さて、五車の里は隔絶された対魔忍の活動拠点であるため、内部の治安維持から運営まで全てを独力で行って公的機関の介入を最低限に保っているので、交番や警察署はないし、免許センターというものもない。
しかし、今やセクションⅢとして公的機関にして公僕となった対魔忍達は、一定のカリキュラムを熟すことによって、正式な公的能力を持つ免許を里内で手に入れることができるようになっていた。
「大型二輪免許、取ったり」
五車の役所で新しく発行された免許を手に、藤木戸はじんわり悦びの声を上げた。
そう、彼は今まで大型二輪免許を持っていなかったのだ。
ニンジャヘッズ的に相方といえば大型の自律走行が可能なインテリジェンス・バイク、アイアンオトメが欲しいのだが、彼は自らの中~遠距離継戦能力が足りていないこともあって、空いている時間を米連製兵器の習熟や操縦といった〝現場調達〟が容易な物の扱いに割いていたこともあり、肝心の免許を取る時間がなかったのである。
なので、カラテ・メンターは一日に三コマとない上――毎日やると生徒がもたない――現役時代は濁流の如く浴びせられた任務の雨も絶えたのを奇貨として、少しの時間的余裕を使ってようやく取得する運びとなったのだ。
しかし、免許証の写真とは、どうして斯くも悪党的に映るのであろうか。身分証の顔写真というより犯罪者のマグショットめいた、非常に顔の険しい藤木戸が貼り付けられたそれをパスケースにしまい、彼は五車の装備部を訪ねようと学園を訪れた。
対魔忍達を現地まで運ぶヘリや装甲車、そして個々人の専用装備的な乗り物の制作、整備もここで行われているため、基本的に趣味や日常生活用以外での乗り物が欲しければ、ここが一番手っ取り早い。
性能的な面で言えば、人魔の技術が入り交じっている上、違法改造が凄まじい勢いで発展している東京キングダムやヨミハラの方がアイアンオトメに近い物が手に入るかもしれないが、公道を走れない代物が大半を占めるので、ニュービーが買う物でもないかと思ってより堅実な方を藤木戸は選択した。
悦び勇んで買ったはいいが、その日の内にクラッシュしては笑えもしない。
「あっ、先生!」
「ムギ=サン」
ガチャガチャ喧しい作業音が鳴り響くガレージにて、藤木戸は麦と遭遇した。
「どうしてここに」
「私のバイク、この間の任務でカウルが破損しちゃったので整備に来ました」
「そういえば、立派なのを持っていたな」
現在、密殺中隊が解体されたため中隊員は一般の任務に戻っているが、麦は何処かの中隊に配属されるでもなく、日々を忙しく過ごしていた。
というのも、元々のタイマホウイ・ジツが強力であることと、藤木戸に叩き直されたことで運用に柔軟性が出たので、人手不足の現場や中隊の増強要員として方々に派遣されているからだ。
その足を務めるのは、これでよく公道を走れるなと言いたくなるオレンジと白を基調にした、彼女の戦闘形態に意匠を合わせた大型バイク。特撮オタにして、その性質がジツにまで表れる彼女が仮面のライダーに憧れて愛車を用意しない道理がない。
任務の合間にコンビニなどに停めておくと子供から大人気になって写真を撮られたりするそれが、運悪くアンブッシュを受けて破損したため、今日は整備にやってきていたようだ。
「先生も整備部に用事ですか? そういえば、割と何でも乗れましたよね」
「ああ。だが、今日は用事があってな」
「いつもレンタルで済ませている先生が……あっ、となると遂に!」
「うむ」
クセになるまで眉間に刻まれた険しい皺を少し緩ませて、藤木戸は自慢げに許可種類欄に大型二輪と書かれた免許を見せた。他に大型特殊だとか第一種大型だとかが、ほぼコンプリートされる勢いでズラズラ並ぶそれに大型二輪がないのは不自然なくらいであったが、基本的に任務の足とするには不安が多いバイクは五車の一般カリキュラムに含まれていないので仕方がない。
しかし、麦のように趣味で運用する者もいるので――そこら辺、対魔忍は本当に野放図なほど寛大である――整備部は在庫自体を持っているのが五車の里。見れば、ガレージには藤木戸の愛車候補がズラズラと並んでいた。
「愛車の調達! わぁ、そんな所に出くわすなんて!」
「偶然というものもあるものだな。しかし……」
陳列された整備済みのバイク達を見て、藤木戸はヌゥーと些か優れない表情をした。
「先生?」
「やはりアメリカンは扱っていないか」
理由は一つ。彼が憧れるヘルヒキャク社のアイアンオトメは1,200ccの超大型エンジンを搭載した化物車両なのだが、コミカライズ版に準拠すると外見はアメリカンスタイルとアドベンチャースタイルの合いの子めいた形状をしており、そういった品は趣味性が高いからか取り揃えられていなかった。
「いいですよね! アメリカン! あの大型サス付きのフロントフォークとか、ゴツい車体とか!」
「ムギ=サンのは、当たり前だがスーパースポーツに近いな」
「はい、私が好きな後期のはこっちが多いですから! あ、でも先生のインストラクションで見た初期作品のネイキッド風のにも憧れていて、買おうか迷っているんです!」
「愛車選びは迷う物だな」
色々見て回ったが、無骨でツーリング性能を重視するアメリカンクルーザー型のバイクは在庫にもないようで、扱ってないならどうしようもないと藤木戸は嘆息した。
リッターエンジンを積んだ怪物車自体はあるのだが、欲しい物と見た目が違っては買っても意味が薄い。そうするくらいなら今まで通り、自分で車を運転するかヘリにでも乗った方が早いのだから。
折角、帰参の時にはマフィアの検問所を派手に破壊し、魔族をスレイしつつド派手にジゴクが帰ってきたぞと知らしめてやりたかったのだが――ツバキ曰く、藤木戸の不在が知られたのか一部の小物が元気になったそうだ――思惑通りにはいかないものだ。
かといって麦のように一から注文していると、納車に年単位で時間が掛かる上、何故だかそれができあがるまで戻れなくなりそうな嫌な予感を覚えたため、仕方がなしに藤木戸は愛車の購入を先延ばしにすることにした。
なに、対魔忍には特権があるのだ。最悪、東京キングダムあたりで通常なら車検が通りそうにないブツを100%オフで購入し、公道を走っても警察に補足されないよう各種電子装備戦を搭載すればいいと自分を慰める。
「妥協したくないですよね、愛車ってなると」
「うむ。今後を長く過ごす相手だ。拘りたい」
「今後を長く……そういえば先生」
どうしたと問えば、麦は少し頬を染めながらお見合い話が沢山来ているって本当ですか? と問うた。
「オヌシまでそれを言うのか」
「い、いえ、まぁ、家は普通の対魔忍家系なんで、先生にお見合いなんて畏れ多くて出せないんですけど……」
少し気になって、という麦に藤木戸は、女衆は本当にこういった話が好きだなと首を振った。
「長老衆の妄言だ。俺は受ける気はない。マゾクスレイヤーの妻となれば、どのような奸計の標的になるか分かった物ではないのだぞ」
「……言われてみればそうですね」
「まぁ、俺を片手で遇えるようなカラテの持ち主であれば、話も違ってくるのだが」
「え?」
藤木戸としては結婚を断る理由にマゾクスレイヤーの妻になると死ぬ可能性が高いと、見合い相手にちゃんと説いて断る戦法を取っているようだが、その中で貴方より強ければ結婚するのですか? と聞かれたことがあった。
そして、考えてみれば、己をベイビーサブミッションの勢いで倒せる相手ならば、確かに不安は一つ解消される。
驕りでも何でもなく、藤木戸はジツを抜きにして上忍となった五車でも異例の強者だ。少なくとも五車には、ジツを用いぬ単純な徒手格闘で彼に伍する存在はいるまい。
その上でアビ・インフェルノ・ジゴク・ジツを使えば、アサギともやり合えるワザマエということもあって、該当する人物は存在しないように思えるのだが……。
「いや、待て」
「どうしたんですか先生」
「……リンコ=サンあたりは、もっと経験を詰めば俺をカラテで倒し得るやもしれんな……」
「凛子ちゃんが!?」
密殺中隊で残念と言えば凛子、凛子といえば残念というイメージが浸透している故に麦は思わず声を上げたが、言われてみれば確かに彼女が成長し、更に強くなれば藤木戸でさえ持て余す強者になる可能性に気付かされる。
誰がどう見てもぶっ壊れているとしか言えないクウトン・ジツの法外さは、逸刀流のワザマエと組み合わされば無敵の領域に近くなるだろう。それこそ中等部にしてカイデン間近と噂される才能の塊であるのだから、将来が末恐ろしい怪物だ。
そして秋山家は決して家格が低いわけではないので、条件が整ってしまえば藤木戸が断ることは年齢差以外で難しくなるだろう。
「中等部ですよ!?」
犯罪です! と叫ばれて、言われずとも分かっているわ! と藤木戸も怒鳴り返した。一瞬ではあるが、ヘンタイ扱いされたことに我慢ならなかったのである。それに、かなりの豊満であることから忘れがちだが、あの年齢の娘に手を出したら概念的にはロリコン扱いも不可避である。
「エトくらい差がある相手だが、長老衆はそれくらい軽くつま先で転がそうとするだろう。だから不安なのだ」
「あー……まぁ、古い人達ですからね」
「ヌゥー……向こうにその気はないだろうが、周到に策を練られると、どう転ぶか分からんな。ここは俺も先手を打っておくべきか……」
成立してしまえばヘンタイの誹りを免れない婚姻の芽を、どうにか上手いこと今の内に潰しておくことができないか頭を捻り始めた藤木戸に対し、麦は一つの思いつきから問うた。
「……要は、先生をカラテで下せば良いんですよね?」
「それほど単純ではないが……指標の一つではあるな」
答えが聞こえていなかったのか、麦は一歩引いて決断的に構えを取る。
「ならば、カラテしましょう!」
「は?」
「カラテ・インストラクションをお願いします!!」
「何故そうなる?」
いいですから! そう謎の熱意と決意に押し切られて、藤木戸は午後を麦のカラテ・インストラクションに当てることとした。
共に長く過ごす相手を選びに来た藤木戸と、その場に出くわした麦。
彼女は何か運命的な物を感じたのやも知れないが、コトはそう簡単にはいかぬ。
結局、学生時代から出されている〝ジツを使っても良いので一撃を徹す〟という課題は今日も達成することはできずに終わった。
カラテの道も、乙女の道も長く険しい…………。
オハヨ!!
ムギ=サンは元気でカワイイヤッターなので、知人からのツヨイ・推し・ジツもあって可愛く書きがち。