風呂上がりにカラテをすると、折角体を洗った意味がなくなるかと考え、午後が全く暇になった藤木戸が、さてどうしたものかと冬眠し損ねた熊の如く庭を彷徨いているとインターホンが鳴った。
日に二度も連絡なしの来客とは珍しいものだ。
あまり良い予感がしていなかったものの、居留守を使うのも悪いかと思って扉を開ければ、そこには同期の顔が合った。
「よっす」
「ドーモ、コウヅキ・サナ=サン、藤木戸・健二です」
何やら色々な缶が詰まったコンビニの袋をぶら下げたのは、褐色の日焼け肌も目映い三白眼の女であった。ブリーチをかけて色を抜きまくった髪は白に近く、昼間からジャージで咥え煙草なのもあってヤンキー感が半端ではない。そして、そのバストは豊満であった。
「上がって良い?」
「ああ、丁度暇をしていたところだ……って、なんだ、その酒の山は」
「パチンコの余り玉」
「変わらんなオヌシは……」
佐那は藤木戸の同期であり、逸刀流の剣士であったこともあって現役時代は何度となく組みゲイコをした友人だ。カタナと徒手術は対魔殺法において密接な関係にあるため、切っても切り離せない。時にアサギでさえ状況判断で素手になることがあるのだ。
それ故、藤木戸は得物を持つ対魔忍とも徒手の対魔忍とも、カラテ・インストラクションを共にすることが多く、この奇矯な人柄でも友人が多かった。
佐那との関係は飲み仲間でもあり、ジツに覚醒してからは彼女のユニーク・ジツ、酔えば酔うだけ強くなると言う摩訶不思議なサケ・トン・ジツを鍛えるため何度も晩酌を共にしたこともあって気の置けない仲となっている。一時期は〝一晩で五車中の居酒屋と角打ちを制覇する!〟なんて無茶をしたこともあった。
そんな彼女が五車に復帰した藤木戸の元を訪ねてくるのは、まぁ理解できる。
かといって、昼間っからパチスロを嗜んで、その出玉でサケを買い込んでくるのは中々に業が深いとしか言いようがなかったが。
「いやま、四年ぶりに会うダチなんだし、宴会くらいしなきゃなって。サシでもいいでしょ?」
「だからといってオヌシ、陽も高い内に訪ねてくるヤツがあるか。しかも、サケしか持ってきてないではないか……」
「何かアテ作ってよ。昔みたいにさぁ」
だる絡みしてくる旧友を仕方ないなと招き入れた藤木戸は、客間に彼女を通して客人用の灰皿を出し、とりあえず冷やしておいた方が良い缶チューハイなどは――9%のキツいヤツばかりだった――冷蔵庫に放り込んで、同時に中身を確認して簡単なアテを用意した。
「こういうのパッと出してくるあたり、分かってんねぇ」
「居酒屋の女将が男だけに用意させるのもどうかと思うぞ」
「今日は休店日だからいーの。休みの日まで仕込みしたくねっての」
レンジで加熱したモヤシのごま油和え、キャベツの塩昆布まぶし、四等分に切った胡瓜をねじ込んだチクワ、それと各種薬味を用意したトーフ。男の一人暮らしの冷蔵庫でも入っている物をとりあえずひっくり返せば、それっぽい物くらいは用意できる。佐那は上機嫌でトーフにドバドバとポン酢をかけて、片手で器用にチューハイの缶を開けた。
「じゃ、かんぱーい」
「カンパイ」
かこんとあんまり肝臓によろしくなさそうなチューハイの缶を打ち合わせ、ぎゅっと一口……かと思えば、佐那は一気に一缶空けてしまった。
「くぁー……! 効く!! パチンコ屋ってヤニはよくて酒が駄目な理由が未だに分かんないわ!!」
「……炭酸水を持ってくる」
一方で藤木戸は一口飲んだ後で、口をもにょもにょさせてキッチンから炭酸水を持ってきた。このストロングなチューハイはウォッカの角が立ちすぎていて、基本的に安酒を嗜まない彼の舌には刺激がキツすぎるのだ。故に、炭酸水と1:1で割って、丁度良い味わいとなる。
「しかしサナ=サン、オヌシは相変わらずだな。肝臓をイワしていないようで何よりだ」
「アタシの肝臓くんはそこまでヤワじゃないよ。それに健二こそ、まぁエラいことやらかした割りには変わんないね」
グビグビ酒をやりながらアテをちょくちょく摘まみつつ、二人は四年間の穴を埋めるように思い出話をしていく。
互いに仕事の機密に触れないように会話するのは手慣れたもので、苦労を分かち合いながらも話しては拙いことを上手く避け、アルコールが回るにつれて思い出話に花が咲く。
「しかし、呑みすぎてくれるなよ。オヌシの反吐を片付けるのはゴメンだ」
「あー、悪かったって。アタシも若い頃は限界とか知らなかったしさー」
「アレで制服が一着駄目になったのを忘れてないからな」
佐那は忍術の特性上、未成年時代から特例で飲酒が許可されていたのだが、その後始末をするのは専ら同期、そして面倒見がいい藤木戸であったためシッタイの記憶は枚挙に暇がない。
最初の方は吐き方が良く分からない彼女のため、咽頭を刺激してやろうと喉に指を突っ込んだから思いっきり噛まれて、暫く痕が残ったりしたこともあった。
そして、制服を駄目にされたエピソードは藤木戸の中では、中々忘れ難い一件であったようだ。学生服というのはどうしても高価な物なので、何度洗っても微妙な臭いが抜けなくて、結局棄てざるを得なかったのは親からお小言を言われて辛いものがあったのだから。
「細かいことばっか覚えてる男はモテねぇぞー」
眇めになる佐那に藤木戸は、モテるという単語に折角忘れかけていた嫌なことを思い出したのか表情を曇らせる。
そして、その理由を佐那も知っていたのだろう。
ゴソゴソと懐を漁ったかと思うと、画面がバキバキに罅の入ったスマホを取りだし――交換するという発想はないのだろうか――写真を見せてきた。
「……なんだコレは」
「健二、お見合いメッチャ来るんだろ? だからホレ、上月家からのお見合い写真」
「アプリで加工を入れまくった写真を恥ずかしげもなく出すヤツがあるか」
呆れて憮然となった藤木戸が指摘したとおり、背中がガバッと開いたパーティードレス――恐らく潜入任務か何かで用立てたのだろう――自撮り写真にはかなりの加工が入っていた。特有の半眼気味な三白眼の黒目は拡大されており、カラーコンタクトレンズでも中々できないくらい大きくなっていて、何の見栄を張っているのだという領域。
恐らく余人が写真を気に入って見合いを受け、彼女が現場に来たらギャップで大いに驚くこととなろう。
それに、どうせこの女のことだ。見合い会場にジャージで現れても何らおかしくはない。
「オヌシはそんなことをしないでも面が良いのだから、余計なことをする必要はなかろう」
「この目を見て面が良いって男も珍しいんだよ」
「……俺は意志が強そうで良い目だと思うのだが」
乙女的に少し気になっている所を肯定されて、酒精以外の理由で佐那の頬がうっすらと染まった。しかし、割って尚もキツいサケを、敢えてチャドー呼吸せず呷っている藤木戸は――やってしまうと酒精が飛ぶのだ――気付けなかったようで、彼女は恥ずかしさを誤魔化すように言った。
「お前な、誰彼構わずそういうこと言ってっと、その内刺されるぞー」
「ん? 任務で刺されることくらいよくあることだろう」
「そーいう意味じゃなくてさー」
ガジガジと缶の縁を噛みながら、唇だけで保持したチューハイを器用に飲む佐那にも思うところがあるのだろう。この男は学生時代から人の美点を見つけたら、そこしか見ようとしない悪癖があるため、勘違いしてしまう相手も多いのだ。
それで後輩を何人か誑し込んだ上で、結局付き合えないと袖にして女衆から総スカンを食らったことが何度あったか。
アイツはああいうヤツだから、と後輩を慰める陰気な女子会を学生時代にアサギと共に主催する嵌めになった佐那には、コイツ四年もヨミハラにいて何も変わってねぇなと酷く呆れた。
その度に「何が悪かったか分からない」という面をするからこそ、缶コーヒーだとか石塊だとかを投げつけられるのだ。
「で、見合い話云々、結構出回ってるけどどーなんよ」
「……実は今日の午前中、レイコ=サンが来た」
「おお、先鋒は蓮魔が切ったか。で、どうだった?」
「格好だけやったという体を取りたかったようで、見合い写真を奪い取って帰って言った。フリソデ姿が似合っていたのだが」
振り袖! と聞いて佐那は腹を抱えながら爆笑した。対魔忍と教員の任務一直線で、見た目からして堅物の零子が見合い写真のためとはいえ振り袖とはと。
正に青天の霹靂。親から小言を言われたからくらいで着るような手合いでもなかろうに、そのことに気付いていないのが何とも度し難かった。
しかも、自分達はそれを着るのがそろそろ憚られる年齢だ。今度女子会で絶対ネタにしてやろうと決めた彼女は、面白さが止まらなかったのか足をバタバタさせて笑う。
「これが見合い写真ということは、オヌシは着ないのか。フリソデ」
「着るもんか! 成人式だってジャージで行ったんだから」
「見てみたい気もするのだがな」
しれっと言ってみせる藤木戸に佐那はまた動きを止めて、サケ以外の理由で頬が赤らむのを感じた。
まったく碌でもない男だと思いつつ、次の缶を空けて、一気に半分ほどを飲み干した。
仕切り直しだ。
「でー? 天下の虐殺犯から、里を守るために汚れ仕事を進んで被った英雄様に転身した同期殿はどうするつもりよ。選り取り見取りでしょ」
「俺は結婚するつもりはないのだがな。考えてもみろ、恨みを買いすぎている」
「あーね、まーそーか」
言われてみれば嫁さんやるのも普通以上に大変だと考えつつ、グビリとサケを呑む佐那。
妻になるなら旦那がこれだけ恨みを買っていると、引退したらしたで当て擦りが方々から飛んできて大変だし、現役を貫いたら死ぬような任務を押しつけられて酷いことになることも考えられる。
何よりも、あのマゾクスレイヤーの嫁というだけで、人質にしたいものや、溜飲を下げるため陵辱せんと躍起になるものは二桁ではきくまい。
佐那は自分の店が腹いせに放火される光景を幻視し、軽く身震いを覚えた。
「我が身一つの気楽さには勝てんかー」
「俺自身が守れる物など大した物ではない。親友二人の結婚式すら守れなかった卑小なニンジャに過ぎん」
況してや自分より大事な命が生まれてしまったら、ますます心労は増えるばかりだ。
おちおち酔っ払って眠ってもいられない。どこかの名門のようにタツジンの対魔忍が執事やら教育係やら侍女やらで詰めているならまだしも、藤木戸家の家格では守りきるのも困難だ。
いっそ名家に婿入りした方が、まだ色々と楽だろうが、藤木戸家の総領息子ともなればそうにもいかぬ。
いや、彼がここまで嫌がる理由は、それだけではない。
藤木戸は敢えて弱点などと呼んで強がっているが、付き合いの長い佐那には勿論、きっと他の女性陣にも気付かれているのだろう。
この男は恐れているのだ。妻子を失うことを。持ったこともなかろうに、何に重ねているのか分からないが。
今でさえこの世をジゴクに変えた魔族への報復を誓っているというのに、果たして心の底から大事なものを失ったならば、どれだけ怖ろしい復讐者が生まれるか。
四年前の井河・アサギの夫となるはずだった男、沢木・恭介及び親類縁者の虐殺事件を欠片たりとも忘れず、関係者を戮殺して尚も収まらぬ報復心の持ち主なのだ。
己の妻と子となれば、世界を破壊し尽くすまで暴れたところで、おかしくも何ともない。
「大変だねぇ、アンタも」
「お互いにな」
また一缶グビリとやって、お互いに? と首を傾げる佐那。
「そろそろ親御が五月蠅い頃だろう」
「それ言う? マジ勘弁して欲しいんだけどなー……今時お家のためっていったってさー」
なので、佐那はサケを呑んで色々忘れることにした。現代っ子らしい親への文句をブチブチ言って、サケがなくなったら藤木戸宅の土蔵に忘れられていた秘蔵の十年もの梅酒を無理矢理引っ張り出させ、痛飲して一泊していく日は楽しかった。
そして、二人して思うのだ。
こんな因果な仕事をしていて、結婚なんてイクサよりも難儀過ぎると…………。
オハヨ!!
佐那=サンも絵師さん的な意味でお気に入りですが、素の対魔忍装束の時点で職場閲覧に適していないので、警戒重点な。