五車の里への復帰は簡単なことではなかったが、各地へのセイシンセイイを込めて行ったドゲザ行脚及びアダウチ自由の約束によって、藤木戸の対魔忍としての籍は公的に復活した。
アサギはかなり渋ったが、未だエド・イラめいた空気が立ちこめる五車の里において、アダウチは非情に重要な権利でもあるため、藤木戸が「何時でも掛かって来い」とアオリ・ジツを見せたこともあって乗せられた若い頭首勢が、即座にその場でボコボコにされ――何割かは藤木戸に土を付ければ家名が上がるという欲望丸出しだったが――済し崩し的に認められることとなった。
ジッサイ、それくらいしなければ頑迷に反抗する一派もあったため、これはやむを得ない処置だったと言えよう。
それに当人が未だに、どれだけ言葉を尽くしても長老衆を殺したのは事実であるのだからとして、自分の無罪を認めようとはしないのが大きかった。
これはアサギに向くヘイトを自分に少しでも集めようという意図もあるのだが、腐敗したといえど同胞を手にかけた以上、最低限〝自分だけ〟が追うべき責だと譲らなかった、いや、譲れないからだ。
結局、殺した殺されたの蟠りは時か、カラテを通じて魂をぶつけ合うでもしなければ埋まりなどしないのである。藤木戸はそれを分かっているからこそ、自らを憎む正当な権利があると自らがスレイした者達の子孫に権利を与えたのだ。
それに、これくらいしておかねば、逆に当主位に着いた者達の面目も立たない。ソンケイを失った家は傾くのが必定。それを気遣った故の差配でもあるのだが、さてはて、気付いているのは里の何割くらいであろうか。
そして、藤木戸は長く空けていた五車の実家、今は両親も引退して里を出ているため、四年以上に渡って放置されていた古巣へと戻っていた。
この家が焼かれも汚されもせずにあったのは、アサギが井河長老衆虐殺犯の重要調査対象であるからと保全させていたのだが、真意はとっくに引き払われた官舎以外に彼の帰る所を残しておきたかったからだろう。
故に長い家人の留守にも拘わらず、埃が積もることもなく綺麗に保たれた家の中で、藤木戸は穏やかに翌週を迎えることができていた。
「……なんだって?」
そして、気楽なキナガシ姿でのんびりしていたところ、朝から中々理解し難い提案を持って来られて聞き返すことになっていた。
「だから、見合いだ」
「……こういうのは普通、ナコウドが持ってくるものではないのか?」
目の前で一応は来客だからと出されたチャを渋い顔で啜っているのは、解体が決定した密殺中隊の一員、蓮魔・零子。非常に不服そうな顔をして立派な台紙に納まった写真に写っているのも、他ならぬ彼女であった。
「大事にされたくなかったから、形だけで済ませたくて持ってきたんだ。やったという事実だけがあればいいのは密殺中隊と変わらん」
「だからといって、風情がないな……」
こう見えてフウリュウとゼンを愛する藤木戸的には、格好だけであっても縁談というのであれば、何と言うかこう……何か色々あるだろ、と言いたかった。
しかし、見るからに不承不承という面で撮られた写真を見ると、これ以上何も言い返す気になれないのが如何ともし難い。
「この歳になって振り袖を着せられた私の身にもなってみろ! 見たなら返せ!!」
「似合っているが、何がそんなに不満だ」
「着て良い歳じゃないだろうが!」
そうか? と素で首を傾げる藤木戸を一発ぶん殴ってやりたい気分になった零子であったが、徒手のカラテでは絶対に勝てないため拳を握るに留めた。
殴ろうとすれば同期なのもあって彼は甘んじて受け容れただろうが、それは零子的には〝殴らせて貰った〟という不名誉感があって嫌だったのだ。
「しかし、何故急に見合いなんぞ。俺もオヌシも、その手の話は現場時代から断っていただろう」
「……真面目だった長老衆の一部が五月蠅かったんだ。お前が蛮行に走ったのは家という枷がないからではないかと」
「はぁ?」
「だから、古臭い老人衆は嫁御と子供で里に縛り付けろと、これまた古臭いことを言いだしたんだ」
えぇ……と露骨に嫌そうな顔をする藤木戸に零子も心底嫌そうな顔をした。
何と前時代的な、そしてカビでも生えていそうな発想であろうか。今を何世紀だと思っているのだろう。
というより、彼等は忘れたのであろうか。血の繋がりがあるはずの星舟がアサギを貶めようという陰謀があった時点で、必要ならそんなものつま先で蹴飛ばしてしまう者が数多いることを。
「で、オヌシが先鋒として送り込まれた訳か」
「家格と年齢的に丁度良かろうとな……まったく……」
やっていられんと嘆息しながら、取り上げた見合い写真をしまう零子に藤木戸も同意した。
そもそも、藤木戸には結婚などするつもりはない。あまりに血濡れたこの手で抱かれる妻も子供も哀れであるし、マゾクスレイヤーの〝弱点〟などという地位に放り込まれては命が幾つあっても足りるものではない。
それこそ妻の方がタツジンのアーチ級ニンジャであったとしても、子供の方は身の守りようが限られることもあって、打てる手があまりに少ない。斯様な弱点から責められるのは藤木戸には耐え難いし、かなりの確率で狙ってくる奴儕が涌いてくることを思うと、とてもではないが腰を据えている余裕などない。
一体この世に、この首を欲する者がどれだけいるのかを考えれば、至極当たり前の結論であった。
「……待てよ。ということはアレか、オヌシからの見合いを断ったならば、これからこういう話が続々来るわけか。しかも知らん家からも普通に」
「そうだ。本当に非効率的な上に前時代的過ぎて、怒るより前に呆れたぞ私は」
おお、何と言うことか。里は藤木戸に首輪を嵌めるためなら体裁を取り繕うことすらやめようというのだ。ブッダよ、寝ているというか、面白半分でやっていませんか!?
「……面倒になってきたな。結婚してくれないかレイコ=サン」
「殺すぞ」
軽口に率直な殺意で応じた零子は、何なら中指でも立てたい気分だったが、サスガにすこし哀れになったのかやめておいた。
ジッサイ、これだけ困りかねた顔をする藤木戸はレアであったからだ。
心を込めて結婚してくれと頼まれたなら、同期の腐れ縁もあるので偽装結婚くらい考えないでもないが、斯くも適当に言われ、体よく面倒事の弾除けにされては零子も堪ったものではない。断固として拒否するが、それとなく女衆に「アイツは相変わらずだぞ」とだけ伝えておいてやろうと思った。
「ヌゥー……これは参った。早くヨミハラに帰りたくなってきた」
「貴様の帰る所はここだろうに」
呆れたように言って、チャを飲み終えた零子は、用事も終わったし帰ると言って立ち上がった。折角の休日、その午前中をこれで潰されている彼女は、少しだけ機嫌が悪いのだ。
「……内縁の妻がヨミハラにいるとかで言い逃れできんだろうか」
「早く連れて帰って来いと言われるだけだ。諦めろ」
「ヌゥー」
アグラを組んで懐手に首を捻って悩む藤木戸であったが、結局どれだけ悩んでもいい答えがニューロンから溢れ出してくることはなかった。
これはアレだろうか、直々にその面倒なことを言いだした連中の所を訪ねて行って、向こうが諦めるまで説得すべきであろうか。里に復帰した以上、逃げ隠れはできないし、五車学園のカラテ・メンターという任務もあるため以前のように現場に出っぱなしになって誤魔化すこともできない。
しかし、老人とは頭が硬い物と相場が決まっているため、言葉をどれだけ尽くしても納得などするまい。
となると、以前のように公言するべきだろうか。
自分をカラテで殺せるような相手でもなければ、人生を預ける気にはなれないと。
「……いや、これはこれでマズいことになるか」
しかし、ふと思い返すと五車における対魔忍の強さとはジツを含めた物であるため、ジツとカラテを複合した使い手が送り込まれてくるだけであろう。それに藤木戸と渡り合えるタツジンもいるため、結局面倒が少し減る代わりに、断るのがカラテを伴った厄介な案件になるだけでトントンといったところ。
これは本当に困った。どうあっても暴力で解決できないことは止めて欲しいと、冷めたチャを啜りながら藤木戸はウンウン唸ったが、何もいい考えが浮かばなかったので庭に出て庭木の手入れでもして気分を変えることにした。
「教えてくれレッドゴリラ=サン。これをどう解決したら良いのだ」
健康の二文字も目映いガスマスクを付けた心の中のニンジャに問い掛けてみても、ニューロンにこびり付いた残像も困った顔をするばかり。今回ばかりは藤木戸の迷いを消してはくれなかった。
これはニンジャスレイヤー=サンに問うても同じであろう。彼にはこんな面倒事を投げつけてくる相手がいなかったのだから、きっと今の藤木戸と同じく困惑するばかりだったはずだ。
何事も暴力で解決するのが一番だ、とはいったものの、人間関係にだけは当てはまらないのが何ともし難い。
「ヌゥー……だが、アサギ=サンに泣き付くのは……何と言うか……こう……」
これ以上幼馴染みに迷惑をかけるのもなぁ、と考えれば、藤木戸はサスガに今回の案件でアサギに泣き付くのは良くないなと思った。
あまりに格好悪いのもあるが、彼女をこれで患わせるのは如何なものか。
庭木に水を与えて、母が大事にしていた椿を剪定してみても心は晴れない。勢い余って朝から風呂に入ってみても答えは出ない。
ブッダがほくそ笑んでいる様を思い浮かべながら、藤木戸は湯船に顔を半分沈めて、ぶくぶくと長い息を吐くのであった…………。
オハヨ!!
ということでトンチキ話ですが、書き溜めが尽きたので、しばらく毎朝のアイサツは止むと思います。
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