皇位継承が男系男子にしか認められないのは女性差別撤廃条約と相いれない―。同条約の履行状況を審査する国連の女性差別撤廃委員会(CEDAW)が10月29日にこんな指摘を盛り込んだ最終見解を日本政府に突き付けた。これによって改めてスイス・ジュネーブの国連におけるおかしな動きに注目が集まっているが、2014年以降、国連内で活動する日本の左派・リベラルNGOと戦っている日本人たちの存在はあまり知られていない。
「ジュネーブに初めて行ったのは2014年。現在まで30回足を運んだ」
こう語るのは会社経営者である藤木俊一さん。国連に行くようになったきっかけは慰安婦問題だった。1990年代からジュネーブで活動していた日本人弁護士の戸塚悦朗氏が慰安婦を「性奴隷」と表現したことで、ありもしない話が世界に拡散され、日本を貶(おとし)める材料として使われるようになっていた。
藤木さんは「当初はなんでそんなことが可能だったのかを調査するためにジュネーブに行った。ところが、現地では慰安婦問題のような戦中の出来事よりも、さまざまな〝現在進行形の問題〟が左派NGOなどによって持ち込まれている状況を目の当たりにした。このままでは第2、第3の慰安婦問題が国連で捏造(ねつぞう)されて、日本が潰されてしまうとの危機感を持った」と話す。当時、日本ではほとんど話題になっていなかったLGBTについても2014年の段階ですでに活発に議論されていたという。
誰がどんな問題を国連に持ち込んでいるのか―。藤木さんは、継続的な調査と国連内で確認できるおかしな動きへのカウンターの必要性を感じたことから、「14年以来、ほぼすべての人権理事会、各条約委員会の会合に出席し、その場で左派NGOの噓や切り取りなどを指摘し続けてきた」。こうした活動のせいか、日弁連などの左派NGOに「危険人物」とのレッテルを貼られ、会議への同席を拒否されたりしている。だが、各委員会の委員に対する一方的な情報の刷り込みを防ぐことに貢献できていると自負する。
拉致を訴えても黙殺
一方、藤木さんよりも頻度は少ないが、同じく14年からジュネーブ入りを始め、この10月で8回目を数えたのは、一般社団法人「国際歴史論戦研究所(iRICH)」の山本優美子所長だ。藤木氏も所属するiRICHは、海外での日本に対する正しい理解を国内外に広めることを目的としている。
女性差別撤廃委員会の会期中、10月14日に開かれた委員とNGOとの会合で「皇統を守る国民連合の会」会長の葛城奈海さんと、北朝鮮に拉致された可能性が濃厚な特定失踪者、古川了子さんの姉で家族会事務局長の竹下珠路さんが、短い時間だったが演説する機会を得たのは山本さんたちの働きかけがあった。
山本さんは、葛城さんに声をかけた理由を「国連での活動をほかの団体のメンバーにも経験してもらい、今後につなげたかったから」と話す。竹下さんに関しては、山本さんが21年3月と22年10月の自由権規約委員会に対し拉致問題の意見書を送ったが委員会は取り上げてくれず悔しい思いをしたことから、「被害者やその家族が訴えたら、取り上げてくれるかもしれないと思った」。
女性差別撤廃委員会で特定失踪者問題を取り上げるのは、特定失踪者には若い女性が多いからだ。特定失踪者問題調査会の18年の調査によると、名前を公開している拉致の疑いのある失踪者は546人。うち151人が女性で、その9割が10~30代だという。
演説の当日、竹下さんは現地に行けず、ビデオメッセージでの参加となった。わずか30秒だったが明瞭な英語でこう訴えた。
「私の妹は18歳の時、突然いなくなりました。20年以上もたってから北朝鮮に拉致されたことがわかりました。妹は今69歳になります。私たちが生きている間に会いたいです。日本政府は直ちに全ての拉致被害者を救出してください」
委員たちは拉致問題の存在を認識したはずだ。だが、最終見解に拉致問題への言及は一字もなかった。
委員会と左派NGOの関係
なぜ国連に民間人が行くのか。
ジュネーブの国連では、人権が中心的な活動の一つとなっている。人権理事会もあるが、それとは別に、1948年に国連総会で採択された世界人権宣言をきっかけに作られた国際人権条約の履行状況を監視し、審査する条約委員会がある。国際人権条約の一つが女性差別撤廃条約であり、その条約委員会が女性差別撤廃委員会となる。
このほかの条約には、国際人権規約(自由権規約、社会権規約)▽児童の権利条約▽人種差別撤廃条約▽拷問等禁止条約▽強制失踪条約▽障害者権利条約▽移住労働者条約(注・日本は未締約)―がある。
条約委員会は、独立した専門家から構成される。女性差別撤廃委員会の委員は23人。10月は日本、ベナン、カナダ、チリ、キューバ、ラオス、ニュージーランド、サウジアラビアの8カ国が審査対象となった。
いずれの条約委員会も、締約国が条約をきちんと履行しているかどうかを審査することから市民の声を重視する。さまざまなルートで市民の声が委員側に伝わるような仕組みになっている。葛城さんや竹下さんのように委員に直接意見を伝えることができるメリットがあるものの、左派NGOは現地に組織を置くなどして、組織的、継続的に委員や委員会に自分たちの主張をインプットし続けている。委員が審査対象国の専門家でもないことから、NGOの情報は受け入れられやすい。
しかも、藤木さんの調査では対日審査の際、左派NGOは委員らに、日本政府の答弁に対してさらに問うべきポイントなどを先回りして伝えている。委員側がほしい情報をNGOが提供する関係ができているのだ。
山本さんは「当初は日本の左翼のインプットで委員会から変な勧告が出るのだろうから、私たちの意見を委員に伝えれば少しは理解してもらえると思っていた」という。だが、10年間の対国連活動でわかったのは、「〝赤い〟専門家がメンバーの委員会に対し、〝赤い〟日本人が情報をインプットして、条約に沿って〝赤い〟勧告が出る。途中で私たちの意見を伝えても、委員は聞くふりはするが採用しない」ということだった。
ただ、藤木さんは「2014年に保守系団体が国連に行き始める前までは、日本政府は左派が国連に持ち込む虚偽や切り取りの末に出てくる勧告に防戦一方だった。だが、私たちが通い始めたことによって、初めて日本政府は『日本国内でもさまざまな意見がある問題である』といえるようになった」と、一定の〝効果〟を指摘する。
渡航費と滞在費重く
山本さんは10月にジュネーブを訪問した際、左派NGOに若い女性が増えたことに気づいた。英語を話す人も増えているといい、委員との距離を縮めるには有利だ。
翻って保守系はどうかといえば、ジュネーブに行く人はなかなか出てこないという。今回は葛城さんらが新たに参加できたが、やはり金銭的なハードルが高い。
「ジュネーブでの活動における最大の問題は渡航費用と滞在費用だ」と藤木さんは語る。ほとんどすべての国連の会合に出席している藤木さんは、短くて2週間、長くなると1カ月以上現地に滞在する。費用節約のため、最近はジュネーブではなく国境を越えたフランスのアパートを短期で借りて国連に通う。自分のビジネスでの貯蓄を取り崩したり、東京都内のマンションを売却したりして資金を作っているが、「必死で活動費を準備している」という。最近は活動を支援してくれる人たちからの寄付の申し出もあるが、日弁連のように組織的な支援がない身にとってはかなり厳しい。
国連の動向は、とんでもない動きがあったときにしか報道されないので注目を集めない。しかし、静かに日本のために活動している人たちがいることも知っておいてもらいたい。(特任編集長 田北真樹子)