韓国で女子大生たちが猛反乱!大学に籠城、歴代総長の銅像に卵やペンキを浴びせる人まで出た「深刻なワケ」

金 敬哲 プロフィール

女子大は「不公正」か

男尊女卑の思想が根強かった韓国では、19世紀末に開化期を迎え西洋文物が入ってきて、女性の教育に対する必要性が公論化されはじめた。1886年、米国人女性宣教師のメアリー・スクラントン(Mary Fletcher Benton Scranton)が建てた女学校に高宗皇帝が学校名を下賜し、韓国初の女性高等教育機関が設立される。これが「梨花学堂」で、梨花女子大学の前身である。

その後、1906年に明神女学校(淑明女子大の前身)、1936年に誠信女子大が設立され、近代化と高度経済成長過程を経て、女性を専門人材として育てるための女子大学が雨後の竹の子として生まれた。しかし、韓国の民主化が満開した90年代以降、女性の社会的な地位と影響力が向上していくにつれて、女子大は衰退していった。

大学の序列化が進むにつれ、女性たち自らが女子大より共学を望む傾向が強くなり、女子大卒業者の就職率が共学大卒者の平均就職率より低くなるなど、女子大の競争力が弱まり、受験生たちに女子大のメリットを提示できずにいる。

儒教的な家父長的社会で教育から放置されていた女性のために作られた女子大が、現代のような女性上位時代に必要なのかというアイデンティティに対する悩みも本格化している。むしろ若い男性の間では、女子大の存在が男性の教育権を剥奪するという主張も提起されている。

例えば2022年に「女子大薬学科に対する違憲訴訟」事件があった。 現在、韓国で最も人気のある学科は「医薬歯漢獣」(医学部、薬学部、歯学部、漢方医学部、獣医学部)と呼ばれる医学系列である。このうち、薬学部が女子大に集中しているという不満だった。ソウル所在大学の薬学部の募集定員のうち、およそ55%が3つの女子大(梨花女子大、淑明女子大、同徳女子大)に集中しており、「男子学生は受験すらできない」ことに対し、男子学生たちが、「教育の機会を剥奪する」として憲法訴願を提起た。当時、憲法裁判所はこれを棄却したが、韓国の20代男性たちには、女子大を不公正とみている認識が拡散されている。

 

韓国における女子大の人気は日増しに衰え、1978年の首都女子大(現世宗大)を皮切りに、90年代に入って誠心女子大など4つの女子大が共学に転換した。00年代に入ってからは、誠信女子大と徳成(トクソン)女子大が一時共学化を推進したが、学生たちの激しい反発で沙汰止みとなった。

現在、韓国では4年制女子大はソウルの6校をはじめ、全国に7校が存在しているが、これらの大学の一部は授業料が毎年凍結される状況で、学齢人口急減と理工系に対する文系の劣勢で、学校財政と就職に困難を来たしているという。同徳女子大デモ隊のスローガン「消滅しても開放はできない」のように、開放せずに消滅への道に進んでいくのかもしれない。

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