2024-11-24

生活保護を抜けた。

生活保護を抜けた。抜けれた。

体調崩して、生活がままならなくなって。症状検索して病院行っても診断つかなくて、そのうち動けなくなって働けなくなった。

自分生活保護を受けることになるなんてちっとも思ってなかった。

親は助けてくれない、ガスも電気も止まってる。家賃大家さんに頭を下げて待ってもらってた。

明日食べるものにも困ってる、そんな状態申請した生活保護だった。

生活保護を受けて医療費がかからなくなって、病院行ってやっと診断ついて。数年かけて治療した。

完治じゃないけど、お薬飲んで上手に病気と付き合っていきましょうね。みたいな状態

生活保護を受けてるなんて誰にも言えなかった。私が生活保護を受けてるのを知ってるのは家族ぐらい。

友人たちには病気して今フリーターなんだー超貧乏だよーて言ってた。本当は生活保護受けてるって気付いてる友人もいると思う。何も聞かずにいてくれてすごく感謝してる。変わらずに接してくれてありがとう

保護期間は多分全部で10年ぐらい。

そのうち4.5年はバイトをしたり、フルタイムで働いてたりしているので、ずっと満額貰ってたわけじゃない。

バイトの時は差額分だけ。

フルタイムの時は停止と言って、生活保護費を貰わない、自分収入生活を回してるけど、このまま保護廃止しても大丈夫か、というのを見る期間を少し長めに設けてもらっていた。

最初はとにかく病気を受け入れることに時間がかかった。薬も色々試すし、体も心もしんどかった。自分生活保護を受けているんだという後ろめたさと申し訳なさもすごかった。

落ち着いて来たら就職活動し始めた。

病気があって、年単位で離職期間がある人に社会はめちゃくちゃ厳しかった。特別スキルもないしね。

なんとか見つけたフルタイム仕事して、体持たなくて辞めて。

メンタルおかしくて辞めて。

給料が安すぎて「医療費諸々とか計算たらこのお給料では生活保護廃止は厳しくない?」とかもあった。

最後の4.5年で、6回ぐらい職場変えてる。

その度に生活保護停止して、再開して、停止して、再開して。みたいな。

まりブラック会社を引くのでケースワーカーさんたちも「無理しないで…」と言うほどだった。

そんな感じで何度もケースワーカーさんたちがかわって、10年ぐらいお世話になってた生活保護を少し前に抜けた。

今までお世話になったケースワーカーさんたちももほとんどいなくて、最後担当さんと話して「廃止できそうですね」となった。

嫌なケースワーカーさんもいたけど、ほとんどがいい人だった。

増田さんは真面目だから、少し休んでください」とか「増田さんみたいに何か趣味がある人は絶対にいつか抜けて行くからその趣味は辞めないでください」とか。

個人を見てそれぞれの言葉をかけてくれていたと思う。

仕事続かなくて情けなくてめそめそしてる私に、厳しい言葉を言う人は一人もいなかった。

それだけでもすごくありがたかった。

向こうは仕事だろうけど、二人三脚してもらってるぐらいの気持ちだった。


職場休み申請して、事前に伝えていた平日に役所に行った。

既に停止はしていて、観察期間みたいなのはこの日までですよって通知は貰ったいた。

保護を抜けるぞ、このタイミングで抜けないときっといつまでたっても廃止ができないぞ、って唱えながら役所に向かった。

ケースワーカーさんと話して、廃止できそうですね。となって、書類を書いて終わってきた。

役所を出たあと、この先の生活への怖さと抜けれた嬉しさとで泣きながら家に帰った。


ネットでは不正受給問題になりがちだし、もしかしたらそのまま受けてたらよかったのに、って言う人たちもいるかもしれない。

でも私、ちゃん生活保護抜けたよ。

すごく時間がかかったけど、すごい額の税金を使ったことになるけど。

セーフティ社会必要だし、生活保護がなかったら無敵の人だった。生活苦で罪をおかし刑務所に行ってた可能だってあったんだと思う。


当たり前のことだけど、これからは私が働いて得たお給料ご飯を食べるし、欲しいものを買うよ。それで、ちゃん納税するよ。

生活保護を抜けたよって、誰かに聞いてほしかったんだ。

お世話になりました。ご迷惑おかけしました。ありがとうございました。

そしてこれからは、私も誰かを支える側へ回ります

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