『電車男』誕生から20年「秋葉原のオワコン化」が止まらない虚しすぎる理由…池袋に「オタクの街」の座まで奪われて
現代ビジネス配信
コメント368件
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再開発で街を綺麗にしてしまったことが、逆に魅力をなくしてしまったと思います。改札を出たときのワクワク感がなくなりました。 渋谷の再開発でも同じ印象を持つので、若年層の街としてはオワコンにならないか将来が心配です。
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池袋は確かにオタクの街になりました。どっちかと言うと女の子が多い。イケメンキャラが出るゲームやアニメのコンカフェみたいなお店が東口に結構あって、こう言ってはなんだけど「いかにも」な格好の女子たちが同じ方向に歩いていくのよく見ますね。 でも、今でも秋葉原はコンテンツとしては圧倒的にオタク要素のあるもの多いんじゃないだろうか?まだ全然「オタクの街」の印象あります。
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35年ぐらい前は秋葉原は家電屋巡りのイメージしかなく、メイドカフェなんかもアダルトショップもなく、健全な電気屋街だったな。 自分はオーディオのバラコンが趣味だったので、スピーカーやアンプの音を確かめに行っていた。 店毎に値段も違うから値段交渉も面白い。 特にヨドバシが出来てから、元々あった中小小規模の集まる家電の街ではなくなったし、千代田区だから近隣と同じオフィス街になった感じだな。
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と言うか、秋葉原がマニアの街としての勢いを失った大きな原因の一つは、東京電機大学が北千住に移転してしまったことでは。 秋葉原が戦後の闇市から電気街に流れて行ったのは、闇市周辺でアルバイトをしていた電機大の学生たちの影響ですし、その後のパソコンショップの流れも、オタク文化の集積地としての雰囲気も、中で大きく支えていたのは電機大の若者たちです。 そういう若い学生が黙っていても一定数集まる状況を失って、更には時代の流れでラジオ会館が建て替わったり、ヨドバシが出来て人の流れが大きく変わったり、他所の街にもオタク文化の担い手が次々と現れたり(池袋や東京郊外の各所など)という変遷があって、何となく昔の「オタク系サブカルの街の代表」という座を失ってしまったのでしょう。
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リーマンショック期に秋葉原をヲタ街としてのブランドに賃貸需要を見込んだ皮算用で再開発が推し進められた結果、元々が高額消費しない客層が中心なのにテナント賃料水準が爆上がりするわ、ネット購入の普及で既存ジャンク屋等が激減したのも後押しして旧来の電気街のカラーは失われるわで一気に観光地化が進みました。 名古屋のヲタ街だった大須も同時期に似たような開発が進んだ結果、名古屋駅西エリアに従来の地位を奪われた感が強いです。 ヲタ街が何よりも成立しやすい要件は「それなりに利便性が良い立地だけど築古ビルが多く賃料水準が非常に割安な地域」で、ヲタ街ブランド化で高い家賃徴収を期待する浅い考えでの不動産投資開発が進むと結果的に比較的客単価の高いガラの悪い経営者層のコンセプトカフェばかりが増え、従来の街そのものを破壊してしまう可能性が高いと個人的には考えてます。
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この「電車男」の時期くらいからマニアとオタクの街から観光地に変化して行った気がします。 そして20年ほど前は、まだアキバの現地に行かないと手に入らないものもありましたが、今では通販などで簡単に買えます。 アキバは変化の大きい街ですから、いずれまた今とは全く違う姿に変わるかもしれません。
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記事書かれた方と同年代です。20代半ばくらいまではよく行ってましたが7、8年前に数年振りに訪れたら雰囲気がかなり変わっていました。それからは一度も行っていません。オタクの街としての最盛期を知っている者とすれば寂しさもありますが、これも時代の流れですね。昔の電気街としての常連だった方々もオタクの街になりだした時はこういう気持ちだったのでしょうか
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再開発の00年代半ば、それこそ電車男をメディアがやたらに持ち上げたあたりから(外国人も含めた)「一般人がイメージする"オタク"の街」といった商業主義的な街作りが徐々に進んでいった印象です。 立地を鑑みたら昔のような裏ぶれた古い狭小ビルや零細個人商店が雑然と立ち並びガラクタ品やAVの露天商がいるようなままにしておくことは難しいのだろうけど、人を自然発生的に呼び込む個性のある街にするためには大手デベロッパーのお行儀の良い清潔な都市開発だけでは限界があるでしょうね。
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まさにオタクの皆さんが行く筆頭の街と感じてた際、お仕事で秋葉原を訪れました。 始めに感じたのが、周りを意識せず、自分のやりたい事をやりに行く街と感じました。 全く周りに干渉しないんです。 アニメ、ゲームで印象がありましたが、ここまで周りを気にしない街って言う衝撃でした。時代も流れたんですね。
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秋葉原に限らず、街は常に変わり続けていく。それが資本主義。個人的に秋葉原が秋葉原だったのは、ソフトターミナルシントクやディスクマップがまだあって、石丸の本店がCDに埋もれて店内が薄暗かった頃だ。CD-ROM2のデモでぎゅわんぶらあ自己中心派の映像が流れていた頃だ。もう遠い遠い昔のこと。石丸はISHIMARUになり、エディオンになって果てたけと、そのずっと前から魅力を失っていた。 そして、因果は巡り巡っていつかまた青果市場の街になるという。それまで東京があればいいけど。
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