5 スコーター

 翌朝、スコーターの入口にマリは立っていた。
 派手な色に塗りたくられたトライシクルが二重、三重に駐車され、歩行者はそのあいだを縫うように歩いている。道路脇にはスナックやコーラ、日用雑貨などを置いたサリサリストアや肉屋、八百屋、携帯電話や機械部品、その他なんだかわからないものを売る店が並んでいて、2階の窓には例によってTシャツやズボンで満艦飾になっている。(P181)

マニラの下町。この近くにスコーターがある

 喧騒に満ちたその大通りを、幅10メートルほどの川が横切っている。
 川は、水面が見えないほどびっしりとゴミに覆われていた。大半がビニール袋やプラスチック容器の残骸だが、動物の死骸のようなものも見える。川の両岸に細い路地があり、木造の建物が密集している。建物の多くは2階のベランダが拡張されて、そこにも部屋がつくられているようだ。川には丸太の柱が立てられ、そこに板を張ってベニヤとトタンの家が建てられている。窓はビニールシート、壁はありあわせの材料で補修され、ホームレスのダンボールハウスのようだ。(P181)

この両側にスコーターがつくられている

ゴミに埋もれた川

 路地にはいたるところに洗濯物が干してあり、子どもたちが走り回っている。川沿いに水を蓄えたポリタンクがずらりと並べられている。ところどころ盗電のための電線が道を這っていて、ガイドが指差して触れないよう注意する。川べりに腰掛けておしゃべりしている住民たちは、マリたちを見ても笑いかけるだけでほとんど興味がないようだ。(P182)

スコーターではいたるところに洗濯物が干してある

スコーターの子どもたち

 水を張ったドラム缶のなかからいきなり女の子が飛び出して、思わず声をあげた。女の子はTシャツと短パンを着たままで、母親がびしょ濡れの服を脱がすとハンガーにかけて軒に吊るした。隣には服を着たまま長い髪を洗ってもらっている女の子もいる。ここでは水浴と洗濯がいっしょになっているらしい。(P182)

ポリバケツで水浴びする子ども

母親に髪を切ってもらう

 最初はびくびくしていたが、慣れてくると、混沌のなかにも秩序らしきものがあるのがわかってきた。家の前に椅子とテーブルを並べ、麻雀やポーカーをしているひとたちがいる。サリサリストアの前にはビリヤード台が置かれ、4、5人の若者たちが真剣な表情で勝負していた。建物の奥はひと一人がようやく通れるくらいの細い路地で、住宅がずっとつづいているようだ。(P183)

ビリヤードをするスコーターの若者たち

 川の対岸も街のつくりは同じだが、建物が取り壊されて広場のようになった場所があった。壁に網を取り付けて、上半身裸の若者たちがバスケットをしている。マリを見ると歓声をあげて手を振った。(P183)

スコーターの広場でバスケットをする

 ガイドはマリに自慢げに笑いかけると、ついてこいと合図した。サリサリストアの脇の細い路地を入り、そこからさらに4、5回曲がった古いビルの前に先ほどの女が立っている。
「このアパートにマリア・ロペスと息子が暮らしていたそうです」クリスは入口脇のドアを指差した。(P185)

スコーターの路地

 日はまったく当たらず、真昼でもじめじめとして暗い。通りにはゴキブリが這い回っている。刺すような異臭がして、マリは思わず両手で口元を抑えた。
「大丈夫ですか」クリスが顔を覗きこんだ。「ひどいものですよ。でもここではふつうの生活です」(P186)

スコーターの路地

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