「托卵」という女性の戦略
では、不貞行為があって子どもができた場合にはどうだろうか。生物学の観点からも、男性と女性が大きく異なる点の一つは親であることの確証性である。女性は約10ヵ月もの妊娠期間を経て産んだのだから、まちがいなく自分の子どもと確証を持てるも、男性は自分こそ、この子どもの父親であるという絶対的な確証はない。
ところで、自然界の動物のあいだには、卵の世話を他の動物に任せる「托卵」という習性がある。とりわけカッコウの托卵は、自分の卵を別の鳥の巣に産み落とし、そこにいる母鳥にわが子と勘違いさせることで、卵の世話を任せてしまうというものである。ニック・デイヴィス『カッコウの托卵』(2016年)によれば、近年ようやくカッコウの托卵について詳細が明らかになってきた。カッコウのメスは体温の変動が激しく、自分で体温調節をするのが難しいために母カッコウ自らが卵を温めても孵化しない可能性が高い。カッコウはそのままでは生き残ることができないので、種としての生存競争に勝ち残るための戦略として托卵という習性を身につけたのである。
もっとも人間は子孫を残すためのみに不倫をおこなうわけではないが、生活に困っている女性ほど、男性を頼りにして「短期的配偶」として不倫をおこなう可能性は高いだろうと考えられる。例えば、魅力的な男性に惹かれているものの、魅力があるゆえに浮気性で不誠実であれば、仮に子どもができたとしてもきちんと養ってくれる保証はない。そうであれば、魅力には欠けるものの一途で誠実な男性を結婚でつないでおいて、浮気性な魅力溢れる男性の子どもを持てば、より質の高い子孫を残すという生物としての本来の目的は達成されつつ自分と子どもの生活も保障される。
平均して生まれてきた子どもの10%は「托卵」によるもの、すなわち子どもの父親は別に存在するのだという研究もある(Buss, The dangerous passion, 2000)。それは、経済水準と密接に関わっており、最底辺所得層の男性が托卵されている可能性は30%程度である一方で、高所得層の男性で托卵されている比率は2%程度という結果からも、「托卵」は生存競争に勝ち残るための女性の戦略だということがよくわかる(ベイカー『精子戦争』、2009年)。