斎藤氏のSNSの使い方は「極めて真面目」だった 選挙報道しないテレビがSNSになぜ苦言?

2024/11/22 6:20
斉藤氏のXアカウント
斎藤元彦氏のSNSの使い方はまったくトリッキーなものではない(画像:斎藤元彦氏のX本人アカウントより)
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11月17日の兵庫県知事選挙の結果は日本中を驚かせた。パワハラが告発され、おねだり疑惑も浮上した斎藤元彦氏が勝利するとは他県民は思わなかっただろう。

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「SNSは危ない場所だ」と批判するテレビ

斎藤氏勝利の理由として、7月の東京都知事選、10月の衆議院選挙に続いてSNSの活用が挙げられた。テレビの報道や情報番組は斎藤氏を散々悪人扱いしてきたが、有権者はその真逆のことを言う。「最初はテレビで悪い印象を持ったけど、SNSで誠実さを知った」と、高齢者たちが取材に答えていたのが印象的だった。

この結果についての、各テレビ局の反応が正直みっともなかった。SNSがテレビに勝ったとの声に対し、「テレビは放送法の縛りで選挙報道ができない」と言い訳したり、「SNSはデマばかりでいいのか」「SNSが上手い人が選挙で有利になっていいのか」などとSNSをキャスターたちが批判していた。

本命扱いされて敗れた稲村和美氏は「斎藤候補と争ったというより何と向き合っているのか違和感があった」と述べ、SNSで様々な言説が飛び交ったことに振り回され、疲れた様子だった。またネット活用に振り切れなかったとも語っていた。

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確かにこの選挙では斎藤氏、稲村氏それぞれに支援者がつき、本人よりもむしろ支援者同士で戦い、いがみ合ってSNSが荒れた印象は否めない。中でも、立花孝志氏の「参戦」で話が複雑怪奇になっていった。立花氏は「斎藤氏を当選させるための立候補」と前代未聞の宣言を行い、斎藤氏への疑惑は守旧派の陰謀なのだと真実か判断できないことを主張していた。

一見、これほどSNSで混乱した選挙もなかっただろう。その結果、世間からパワハラ首長と罵られ議会から不信任を言い渡された斎藤氏が、いつの間にか誤解の解けた改革の騎手と扱われ英雄視された。そのことに戸惑い、SNSは危ない場所だと言いたくなるのもわからないでもない。

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改革や今後の考えをコツコツ投稿

だが斎藤氏は世論を大逆転させる技を持つ妖術師なのだろうか? 本来はやはりパワハラを平気で行う悪人なのに、立花氏の助太刀もあってSNSで兵庫県民を籠絡したのだろうか?

私は、必ずしも斎藤氏の疑惑が晴れたとは考えていない。少なくとも100人を超える県職員が彼のパワハラ言動を認めたのは事実だし、時に声を荒げたことは本人も認めている。

だが同時に、斎藤氏のSNSの使い方はまったくトリッキーなものではない。取材に答えた有権者たちは「テレビで悪人と思っていたら、真面目に改革に取り組んでいたと知った」ので彼に投票したと言っていた。つまり、SNSを通じて実直に自分の考えをコツコツ投稿していたら、それが多くの有権者に届いたのだ。SNSはデマや中傷も撒き散らしたかもしれないが、言葉を直接届けるツールとしてストレートに機能しただけなのだ。

例えば都知事選挙での石丸伸二氏は街頭演説をYouTubeで配信し、聴衆にも投稿を呼びかける実に巧みな戦術を繰り広げた。衆議院選挙での玉木雄一郎氏はその石丸氏の手法を真似つつ、「手取りを増やす」政策の濃い中身を長尺動画で浸透させた。

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そんなSNSマーケッター顔負けの手法を駆使した成功例に比べると、斎藤氏が行った手法は極めて基本に忠実で、毎日投稿を続けただけ。彼のXのフォロワー数が激増したことは伝えられたが、石丸氏や国民民主党とは違いYouTubeの投稿数はさほど多くない。

斎藤氏はコツコツ投稿を続けながらこれまでの改革や今後の考えを投稿し、それが書かれているInstagram、YouTube、ホームページなどに自然と流れる構造ができていた。と言ってもきちんとリンクが貼られているだけだが。つまりXで彼の行動を追ううちに、彼の政策にたどり着くようになっていたのだ。だから先述の有権者たちの「真面目に改革に取り組んでいたと知った」の発言につながった。手練手管を駆使したのではなく、真面目にやってきたことを真面目に投稿しただけなのだ。

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実直さと政策が伝わる「仕組み」

一点だけ、興味深いのは「本人のアカウント」と「応援アカウント」を使い分けていたことだ。応援アカウントのほうはスタッフが運用していたようだ。この2つのアカウントが相互にリポストしあうことで、人々の目に届く機会が増えた。

斉藤氏の「応援アカウント」によるポスト
(画像:斎藤元彦氏のX「応援アカウント」より)

ただそもそも、斎藤氏はXを長らく使い続けていた。2021年に知事選挙に出る準備を始めた時から使っており、知事時代も県民のために投稿を続けていた。例えばメディアと議会に責められていた8月には台風の接近への注意を呼びかけている。

失職を選択した時は自分の責任を詫びながら「でも、やはり改革を止めたくない」と投稿し、ものすごく多くの反応を得ていた。意外にもリプライのほとんどは応援で、支持者の母体はすでにできていたのだ。

斉藤氏のXアカウントによるポスト
(画像:斎藤元彦氏のX本人アカウントより)

その後は、各所で立って孤独に街頭活動する様子を本人が投稿し、応援アカウントの投稿をリポストすることをコツコツ毎日のように続けている。SNSが上手と言っても、この愚直な投稿を毎日行っていただけだ。

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そんな中に応援者も現れる。活動を始めたばかりの時期にReHacQに出演したことは大きかっただろう。思いの丈を2時間にわたって高橋弘樹氏に語り110万回以上再生されている。

斎藤元彦と高橋弘樹の対談の様子
(画像:YouTubeチャンネル ReHacQ 10月3日【斎藤元彦vs高橋弘樹】前兵庫県知事が緊急生出演より)

Xの斎藤氏本人もしくは応援アカウントを追うだけで、彼が毎日街に立って活動していることがわかるし、リンクをたどれば彼の政策も理解できる。

もちろん入り口はReHacQだったり立花氏の暴露演説だったり、もっと怪しいデマまがいの投稿だったとしても、それらを経由して斎藤氏本人のアカウントにたどり着くと彼の真面目さ、実直さと政策が伝わる仕組みになっていた。今回の争点についてのアンケートに、政策と答えた人が多く、告発文書についてと答えた人は少なかった。そうなるような仕組みを斎藤氏陣営が作っていたからだ。

SNSの専門家も入っていたと聞くが、実に正統な手法を行っただけで、怪しい手練手管を駆使したわけではないのだ。何より斎藤氏が3年前から自身で投稿してきたことが大きい。

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政策が見えづらかった稲村氏陣営

対する稲村氏のXアカウントは「県知事選用」なのは明らかで「稲村和美(いなむらかずみ)official」のアカウント名。スタッフが運用したとしか見えない。

稲村和美official Xアカウントによるポスト
(画像:稲村和美official Xアカウントより)

さらに稲村氏の投稿からは、なかなか掲げる政策が見えてこない。noteには尼崎市時代の実績は書かれているが、県知事になってなすべきことは書いていない。11月10日のXでは政策が投稿されたが、「内部通報の検証」「公益通報の仕組み改善」「ハラスメント条例制定」「職員の新人事評価制度」など、斎藤氏がもたらした混乱の収拾が最初にある。稲村氏自身が兵庫県のために何をしたいかは、それに続いて書かれてはいるものの、斎藤退治のために立候補した意図が強く出ている。

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彼女が担がれた理由が斎藤潰しなので当然だが、兵庫県のために何をしたいかは薄いのだ。

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テレビがSNSを批判するのはお門違い

斎藤氏に投票した人々は、決して立花氏をはじめとするSNSで振り撒かれたデマに乗せられたわけではない。SNSを通じて斎藤氏の真面目さと改革を進めたい意志に心を動かされたのだ。もちろん稲村氏の投稿も見たはずだ。そうやって見比べて考えて判断したのだ。

これに対してテレビは、SNS中心の選挙となり斎藤氏が当選したことを、まるでおかしなことが起こったように捉えていた。SNSはデマだらけで、そんな空間から情報を得てまともな選挙と言えるのかと言いたげだった。中には「テレビは放送法で選挙を報じられない。SNSはこのままでいいのか」と規制をかけるべきと言わんばかりのキャスターもいた。だがそもそも、テレビが選挙報道を手控えるようになったから、有権者はネットから情報を得ていたのだ。本末転倒もはなはだしい発言だ。

SNSのデマが問題だというのなら、テレビは公示日以降も選挙報道を行うべきだ。ただでさえ今回の選挙では「テレビが斎藤氏について正しく伝えていなかった」と思われてしまった。パワハラを認識していた県職員は100人以上いたのだから、それを報じたのは正しい。だが、職員の自死が斎藤氏のパワハラが原因であるかのような印象を与えたのも間違いない。何も判明していないので、誤った伝え方だったかもしれない。実際に、あるテレビ局のキャスターがそんな反省を述べていた。

過去の伝え方は置いておいても、今回の選挙こそ公示日以降も報道すべきだった。斎藤氏の立候補後の様子や稲村氏の人柄や政策について、報じるべきだった。それがないから高齢者さえネットで情報を探したのだ。

自分たちで情報発信を絶っておいて「今回の選挙はネットでデマばかり飛び交った」と批判するのは滑稽でさえある。「政治的公平」を求められる困難はあるだろう。だがBPOは2017年の第25号委員会決定で「選挙に関する報道と評論に求められるのは量的公平ではない」と判断を下している。もし候補者の扱いに偏りがあっても、それにより政党からクレームがついても、国民のために伝えるべきことを報じるのだと胸を張って言うべきだ。

民主主義を支える根幹は選挙だ。その報道を怠るのなら、民主主義の守り手だとは言えない。もはや待ったなし。次の大きな選挙でも報道しないなら、国民から要らないメディアだと言われるだけだろう。

境 治 メディアコンサルタント

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さかい おさむ / Osamu Sakai

1962年福岡市生まれ。東京大学文学部卒。I&S、フリーランス、ロボット、ビデオプロモーションなどを経て、2013年から再びフリーランス。エム・データ顧問研究員。有料マガジン「MediaBorder」発行人。著書に『拡張するテレビ』(宣伝会議)、『爆発的ヒットは“想い”から生まれる』(大和書房)など。

X(旧Twitter):@sakaiosamu

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