渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

政党の名称と背景

2024年11月22日 | open

ふと思った事だが。
山本のタロサが「れいわ新
選組」という政党名を命名
したのは、「日本維新の会」
の「維新」の対抗勢力になら
んとした意味合いもあった
のではなかろうか。
1867年~1868年頃の時代背
景を念頭において。

現実的な歴史では日本におい
て「維新」などは一度も起き
てはいない。
幕末東西戊辰戦争は、毛利が
関ヶ原の恨みを晴らすためだ
けの無益な人殺しを敢行した
内戦だった。
天皇を警護する大任を任じて
いた会津中将が「賊軍」であ
るなどという、とんでもない
捏造でっち上げが日本人の歴
史にあってよい筈がない。
恭順の意を示し、大政奉還ま

でしている幕府と東日本の
列藩を「賊軍」とし、どうし
ても血祭りにあげる為の人殺
し殺りく戦を毛利が実行した
かった
だけだ。
戦死した反「新政府」軍の武
士の遺体は弔う事も厳禁とし、
野に晒された遺体は烏がつつ
き野犬が食い散らかし、腐臭
はあたり一面を覆い、凄惨な
状態を関東以北で「新政府」
軍は作った。弔おうとする
庶民には厳罰を命じた。
それが武士のやる事かという
以前に、もはや人間のやる事
なのかという日本人としての
醜態を曝したのが「新政府」
軍だった。
天皇を新たに作り上げ、それ
を機関としてもち上げる神輿
にして倒幕と追撃戦は西軍に
よって実行された。

「明治維新」が仮にあったと
したら、その真相の実態は歴
史に残る大逆事件だ。

事実上、天皇親政などは実現
されておらず、実権は長州閥
が完全掌握した。
伊藤博文があらたに据えた明
治新天皇に対しても、いい気
になるなと侮蔑的言動を為し
た事にも歴史の闇が表出して
いる。
本当に天皇親政だったならば、
天皇は日中戦争、太平洋戦争
の戦争責任を問われて死刑に
なるべきだっただろう。
だが、天皇は機関でしかなか
った。
国民感情を勘案してとかでは
ない。
GHQはそれを見抜いていた。
なぜならば、幕末時に彼らが
日本の実効支配をどうするか
方策を巡らして資金支援まで
していた政治的軌跡は、彼ら
自身が一番よく知っていたか
らだ。
幕末戦争のあの潤沢な資金は
どこから出たのか。
倒幕サイドの資金繰りとどこ
からの武器供与、抵抗
戦線た
る幕府東国列藩の資金
ぐりと
どこからの武器供与。

米英と仏の当時の覇権争いの
図式がそのまま日本列島に持
ち込まれ、それを利用した者
たちによって幕末戊辰東西戦
争は遂行された。
寝ぼけまなこが150年以上続い
ている現代日本人にはそれが
解るまい。

 






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