【カオス・混沌13】兵庫県知事選挙~震災の記憶 | 酒呑童子の独り言

酒呑童子の独り言

平成25年5月23日。。。

リスタートしました。。。

明日はいよいよ兵庫県知事選挙の投開票日である。

 

この稿をもって一連の兵庫県知事選挙関連記事の最終稿としたい。

 

3月12日に元西播磨県民局長が発した内部告発文。

それに始まった今回の騒動は明日、

一つの区切りを迎えることになる。

 

しかし文書に記された疑惑の真相は、

未だ何一つ解明されていない。

 

だから齋藤問題は宙に浮いたままだという認識を

兵庫県民は忘れてはいけない。

 

三年前、

知事に就任した齋藤元彦氏がよく口にした言葉があった。

 

「知事は県土の一木一草まで責任を負う。」

 

私達兵庫県職員にとって、

この言葉は極めて重く、深い意味を持っている。

 

なぜならこの言葉は、

故貝原俊民氏が阪神・淡路大震災の時、

6434名の尊い命を守り切れなかった知事として

狂おしいまでの悔恨の情から絞り出された

魂の叫びだったからだ。

 

しかるに就任直後の齋藤元彦氏は、

各所で行う挨拶のたびにこの言葉を頻繁に口にした。

 

しかもニコニコ微笑みながら。。。

 

本人がこの言葉をどこで耳にしたのかは知らないが、

彼が挨拶で口にする時のその軽薄さに、

いつもはらわたが煮えくり返る思いがしていた。

 

平成7年1月17日午前5時46分。

 

忘れもしないあの底から突き上げられるような激しい揺れは、

神戸を一瞬のうちにがれきの街と化し、

6434名の命を奪い去った。

 

戦後初の大規模自然災害。

 

そこから復旧復興に向けた

兵庫県職員の死に物狂いの闘いの日々が始まった。

 

当時のことを文章にするとフラッシュバックが起きるので、

あまり多く書くことはできないが、

大火災が起きた長田地区で、

建物の下敷きになって助け出せなかった子どもの遺髪を握りしめ、

燃えさかる炎に向かって半狂乱で泣き叫んでいた母親、

体育館の冷たい床に並べられた無数の遺体袋、

亡くなった子どもが寒いだろうと、

遺体袋に一緒に入って亡くなった子どもを抱きしめていた母親、

今でもその姿がありありと脳裏に浮かんでくる。

 

若い齋藤氏はそのことをもちろん知る由もないし、

当時は四国の学校に通っていたはずだから、

震災を直接経験したわけでもない。

 

しかし、貝原知事が口にされたあの言葉の意味、重みを理解することもなく、

齋藤氏が軽々しく何度も口にするのが許せなかった。

 

私は県議会の本会議で質問の答弁に立った時、

「知事は県土の一木一草まで責任を負う。

貝原知事が口にされたあの言葉は、

あの時6434名の命を救うことができなかった

その悔しさから発せられた魂の叫びである。

兵庫県職員は全員その精神を受け継いでおり、

それこそが兵庫県職員の矜持である。」

といった趣旨の答弁をした。

 

もちろんそれは議員に対してではなく、

「軽々しくこの言葉を口にするな!」

と齋藤氏に向けて発した言葉に他ならない。

 

彼はその時からこの言葉を口にしなくなった。

 

齋藤氏の言葉には魂がこもっていない。

 

そして平気で噓をつく。

 

ここ数日の街頭演説では、

「20メートル歩かされただけで怒ると思いますか?
私自身は決しておねだりもしたことがない。」

などと、既に県職員の多くの証言で確認された事実、

本人自身も百条委で認めた事柄まで嘘で塗り固めようとしている。

 

そもそも今回の選挙戦にあたっても

告発で自らにかけられた様々な疑惑を全て無きものにし、

自分は既得権益に潰された被害者であり、

改革のヒーローであるかのように仕立て上げ、

兵庫県民を騙すことで知事の座に返り咲こうとしている。

 

彼が今語っている物語は全くの捏造、

「嘘八百」、「事実無根」なのである。

 

選挙を金儲けの手段としか考えていない立花孝志を

告発者潰しのヒール役プレーヤーに位置づけ、

大量に雇った人間にネットで偽情報を拡散させ、

統一教会の組織力で県下各地を巡る。

 

今年の元旦、能登で大地震が発生した時、

家でのんきに正月休みを決め込んでいた。

それが齋藤元彦という人物である。

 

そんな人物に

兵庫の未来は託せない!

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