史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得   作:秋の自由研究

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断章:闖入者の踵の音

「……え、えっと……スピーカーに切り替え、マスね……?」

「えぇ、さっさとやってェ――面白い言い訳でェ、精々楽しませてくれていると良いんだけどォねェ……?」

 

 言い訳をしないとどうなるんだろう。

 そう思った直後、頭に思い浮かんだのは……まぁ先ずコンクリ詰めで埋立地。夜の船の上でお魚の餌。薬品でドロドロにして下水道の三つだ。ししょーなら先ずやるっていう確信があった。

 

 で。それが思い浮かんだその直後に『えっ、そんなモノで済む?』とも思ってしまった時点で自分はもう完全にこのししょーに毒されていると思う。

 そんな僕でも『想像できる』ような生温い最後なんて……今、電話の向こうにいるロキの野郎にはまぁ許されないのではないだろうか。

 

『――そうイライラしないで欲しいねぇ』

「あらァ、心外ねェ……イライラしてる、なんて段階ィ、とっくに通り越してるわァ。今はねェ……不思議と楽しいのよォ?」

 

 なんといっても……ししょーのお顔が怖いのだ。死ぬほど怖いのだ。

さて、電話を睨んでいるのか? いいや、そんなことは無い。そんな生易しくない。

 ゆったりと、落ち着いた様子で一人掛けの真っ赤なソファの上ですらりと長い足を組んで……優しく微笑みながら、ロキの声が聞こえてくる電話を眺めてる。

 

 一見すると優しい近所のママさん、って言うのがめっちゃくちゃ似合う微笑み。こんな風に笑う綺麗なママさんにお菓子とか貰えたら最高だなぁ。近所で多分死ぬほど男子共に人気の美人奥様だろうなぁ……

 本当に。今、この状況で、ししょーが浮かべてるんじゃなければその笑顔にちょっとドキッとしていたのかもしれないと思う。

 

 今、この状況だと僕の頭に思い浮かぶのは『死』一択です。愉快で素敵なオブジェとして組み立て直されて部屋に飾られてしまう想像が頭を離れません。

 その笑顔一枚薄皮の下、何が渦巻いて、煮詰められて、熟成しているのか。全く以て想像が出来ない。

 

「……楽しいお話ィ――聞かせてくれるのよねェ?」

 

 ……さて。

 

『――勿論だとも、ミス。コレは大切な『報告』だからね』

 

 そんな怯えしきりの俺と対照的に、電話の向こうのロキは実に堂々としたもんだ。こんな地獄みたいな空気を知ってたら絶対にこんな風に堂々となんて出来ないだろう。

 ……いや、そもそもの話、ししょーの事を良いように利用したって自覚があるなら、こんな連絡を取れるわけないとも思うんだが。

 

『こっちも考え無しにこんな真似をした訳じゃない。今回の一件でアンタに良い報告が出来ると思ったからこそ、()()()()()()()()()()()()

「――」

『先ずはそこを聞いてから判断して貰わないと。どうだい』

 

 喉の奥がきゅっと締まるのが分かる。先ず謝罪から入るだろ普通。ししょーだぞ。謝ったってこねくり回されてふかふかジューシーな人間ハンバーグ確定位の感じだって言うのに……コイツ、謝りもしないとか正気じゃない。自分の命が惜しくないのか。

 

「――続けてェ?」

 

 あっ、コイツ終わった。出来るだけ背筋を伸ばして、そして思考を明日のおひるごはん辺りにシフトさせておく。ソファの上で、脚を組み直したししょーのその言葉=泳がせて好き勝手言わせた、その後で確実に始末するっていう布石だ。僕知ってる。詳しい。

 

『――今回の一件で、動いたのはオーディン、しかも俺を諫める為の行動以外はしちゃいないのさ。それはラグナレクに居た俺の部下たちが確認してる』

「……それがァ?」

『まぁ焦らないでくれ……普通だったら、名前どころか物証まで捏造したんだ。ラインなんざとっくに超えてる――今のアンタみたく、俺を『始末する』っていう思考にシフトするのが当たり前。裏の世界なら常識レベルじゃないかい?』

 

 あーうんそうだね。唐揚げにしよーかなー……ん? いや、いやちょっと待て。

 こ、コイツ今……始末される自覚あるのか!? じゃあもうちょっと言葉選ぶとかしないのか!? 全然ペース変わってないぞ!?

 

 一段階飛び越えて重くなって来た空気に、思わず電話の向こうのロキを睨みつけそうになってしまう……コイツマジでちょっとバケモン過ぎるだろ。

 

『オーディンが一つ報告でもしても良さそうな所を、それすらせずに奴自身の自己判断で動いている。報告する必要すら無いのか、それとも出来ないのか――今回の話のレベルを考えると、後者なんじゃねぇかと、俺は睨んでる訳だ』

「……小生意気ねェ。今回の『イタズラ』はァ、それを確認する為だったって事ォ」

『ご名答! 『ついでに』敵対組織を潰せりゃ御の字だったが……ま、本命は見事に抜けたって訳だ。仮に、俺が今『大事』を起こしたとしても、拳聖は動かないだろうよ』

 

 僕が顔を青ざめさせている横で……ロキはつらつらと言葉を紡ぐのを止めない。マジでそろそろししょーが次の段階に入ってもっと悍ましい事になったりしないかなぁ……とか思ってちらり、とししょーの方へ顔を向けた、のだけれど。

 

 ししょーは、もうとっくにあのおっかない笑顔を引っ込めて。

 酷く無表情に、真っすぐに電話の方を見つめてる……興味が無い、訳じゃない。聞く気もないなら、ししょーは薄笑いを浮かべたまま、見下すように見るだけだ。あんな真剣な顔なんてしない。

 

 多分だけど、スゲェ真剣に……ロキの話に耳を傾けてる。さっきまでアレだけお怒り心頭だったのに。

 

『そして――それは貴女でも同じことだ。今なら、どれだけ大っぴらに動いても、拳聖は恐らく動かない。いや……動けない。意図してそう言う状況に自分を置いているのか、はたまた事故か。まぁ何方にせよ其方には関係ないだろう』

 

 ……でも。

 普通、自分の名前を勝手に使われて、しかも証拠まで捏造されても尚、ロキに対して反応一つ見せず、それどころかラグナレクの誰か、直弟子のオーディンに接触した様子すらない――流石に、可笑しいのか。

 

 ししょーと拳聖の因縁は深い、らしい。詳しくは知らないけど、もう『何度か』拳は交えてる、っていう話だけは聞いてる。

 そいつに関しての(僕から見ても)奇妙に思える様な情報だ。ししょーに取っては、喰いつかざるを得ないのか。

 

『くくっ、カリスマぶって下界の事に関わらないのは宜しいが、それが致命的な隙になるって事を、貴女の『獲物』は御存じないようだ』

「……」

『この情報はジャック様、貴女への手土産だ。受け取って頂けるかな?』

 

 しかしコイツ、ロキ。さっきまで何の冗談みたいな態度してやがる、と思ってたけど。ししょーから受け取った『警告』を図太く利用した挙句、本当にししょーにとって有力な情報を掴んできやがるとか。

 

 まさか想像をはるかに超えて頭良いんじゃねぇかコイツ。マジで危機感足りてないバカだなぁ、と思ってた自分が急にあっさい事考えてた間抜けに思えてくるんだが。

 

「本当に生意気ねェ。コレを私に渡す為にィ、態々巣の奥の虎の尾を踏むなんてェ」

『くくっ。ただの飼い犬と思われては心外だからな、時には噛みつくのも必要だ――こっちの方が、アンタの好みだと思うんだが?』

「……」

『とはいえ、今回の一件は此方の独断専行である自覚はある。甘んじてお叱りの言葉は受けるつもりだが……?』

 

 ……暫く。ししょーも、ロキも、黙りこくる時間が続いた。空気がまだ重くなる。というか、なんかじっとりと身体に絡みつくような、粘着感的な、嫌な感覚も増して行ってる気がする。それがどんどんと高まって行って ――

 

 はぁ、と。

 でっかいでっかい溜息が一つ。部屋の中の空気を払う様に、ちょっと間抜けな位に吐き出される。それは……何処か、デカめの呆れを含んだものだった。

 

「『養殖』と『天然』じゃァ、味わいが違うのだけれどねェ……まぁいいわァ。今回の一件に関しては、そっちの『ミス』って事で。覚えておく事にするわねェ?」

『――寛大な処置に感謝を……これからも御贔屓に』

「はいはい……それじゃァ」

 

 ……そっと通話を切ってから。ししょーに視線を向ける。かき上げた金色の下の眉間には、深い、深い皴が刻まれているのが見えた。

 

「……奴は国内にいる……腐っても闇の重鎮だ、今回こっちの動きは筒抜け前提で動いてた……でも『梁山泊』が居るニホンなら本当にあるいは……?」

 

 ちょっとの間、その深い深い眉間の皴を、指先で揉みこむようにして何かを考えこんだその後――ししょーはゆっくりとソファから腰を上げて。軽く、片方の頬を撫ぜた。

 がぎり。鈍く、硬い音が、ししょーの口元から響く。ちらりと見つめたその先で。ししょーが犬歯を剥き出しにしているのが見え――その直後、すべすべの頬に僅かに一本、赤い線が伸びていくのも一緒に見えて。

 

 背筋が冷える。マズい、と思って慌てて声をかけた。

 

「し、ししょーっ、ほっぺほっぺ!」

「――あらァ。いけない、いけない……っと」

 

 そこではっと気が付いたように、ししょーが静かに口を閉じる。赤いラインは残ったままだけど、でもそれ以上は伸びていないようで。取り敢えずはほっと一安心だ。

 

「ダメねェ、『アレ』について考えるとどうにもォ……ありがとねェタイチ」

「あ、いえ別に……」

 

 いやホント、後で『そうなった事』に気が付くと、ししょー本当に機嫌悪くなるからなぁ。いやー、その後の修行の激しさと言ったらもうないし、ここでストップ出来て良かったわマジで。

 

 少し困ったように微笑むししょーを見る。こうして人間味ある時は、普通に綺麗なおねーさんなんだけど。いやホント、ずっとこうだったらどれだけありがたい事か。

 ……それで、だ。

 

「――ししょー。ロキの奴は……もう良いんです?」

 

 電話では『ああ』は言ってたけど……今回の一件がマジだとしたら、ししょーの事舐めてるどころの騒ぎじゃない。ぶっ殺されても文句言えないと思うのだが。

 

「……良いのよォ。気に入らないけどォ、仕事と成果を出した上で自分から名乗り出たってんだからァ。この国では『筋』って言うのだっけ、ソレは通してるわァ。それに文句を言ったら美しくない」

 

 ため息を一つ。してやられた、っていうか……なんか、物凄い疲れてる顔だ。ししょーはああいう政治色満点の探り合いみたいな事はホントにお嫌いらしい。

 基本的に、ししょーから

 

「って言うのまで計算づくなのが本当に面倒よねェ……まァ、今はそれどころじゃないっていうのもあるからァ、置いておくことにするわよォ」

「えっと……拳聖の事ですか?」

「えェ。折角のパーティのチャンスだものォ……支度をキチンとしないとねェ?」

 

 ……踵をかつん、と打ち鳴らして。ししょーがソファから体を起こす。

 先ほどまでの疲れも、僅かに溢れだした人間味も――もう既にどこにもない。浮かべる微笑みは冷徹に、瞳に湛える光は冷酷に。纏う空気は何処までも苛烈に。

 僕のししょー……『ジャック』の仕事モードだ。

 

「これは仕事じゃないけどォ、『無礼講』って奴でェ……ニホンの礼儀に則って、やらせて貰おうかしらァ……?」

 




これで本当に今回の投稿は終了です! くぅ疲。

これで一つのフラグが立てられて、作者としても満足です。何処で弾けるかは、まぁ皆さんの想像にお任せします。

追記

最後になりますが

みりん30様、ヴァイト様、Othyeg様、Agateram replica様、風来人B様、カカオチョコ様、もちっとした猫好き様、トリアーエズBRT2様、曙光天一様、blackfenix様、Hanna様、あーるす様、オレナンテドーセ様、R1ck様、七菜生姜様、Skazka Priskazka様、典善様、葵原てぃー様、めそひげ様、irk様、亜蘭作務村様。

誤字報告、本当にありがとナス!!
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