皇女戦記   作:山本 奛

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【注意】
本作はアニメ版を典拠としております。
漫画版ではありません。ここ重要。


後昆

「…貴官は、正気かね?」

――あの時、目の前の少女に思わずそう言ってしまった私を、誰が咎められようか。何故ならば――

「魔導大隊によるクレムリン突入だと?正気とは思えん」

当時の戦況、彼我の戦力差から言って、それは誰がどう見ても自殺行為であったのだから。

だが、私も、私の部下も凍り付くような案を提示した少女は、平然とこう返したのだ。

「正気ですし、本気です。何故ならば必要だからであります」

「必要だと?どこがだね!?」

「閣下、空軍の『ミステル計画』は素晴らしいものであります。…まさか連中の弱点が発電所のタービンとは、思いもよりませんでした」

彼女の言うとおり、当時、我々空軍が温めていたミステルによるモスコー襲撃、その最優先目標は発電所。より言ってしまえばそのタービンであった

 

――はじめ聞いたときは、私も驚いたものだ。まさか連邦ともあろうものが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()などとは!

 

革命で製造技術を失ったのか、それとも元からなかったのか。いずれにせよ、連邦は発電用タービンを輸入に頼っており、これが破壊されれば復旧に相当な時間を要するはず。

軍需経済担当省のお墨付きも得た作戦だったが、しかし、目の前のデグレチャフ大佐はこういったのだ。

「しかし、即効性に欠けます」

「と言うと?」

「閣下、例えば、いま帝都ベルンが爆撃を受けたとしましょう。閣下は作戦を中止なさいますか?」

「…なるほど。そうはなるまいな」

言われてみれば、その通りだった。

軍事作戦というものは、言うまでもなく事前の準備が肝要である。然らば、既に攻勢が発起された以上、後方でなにかあっても作戦は断行される。

「小官の経験上、連中は大規模攻勢ともなれば事前に馬鹿げた量の物資を集積し、それを湯水のごとく前線に叩きつけてきます。違いますかな?」

「いいや、全くもって貴官の言うとおりだ」

連邦軍の物量というものを、東部方面で知らぬものはない。

「勿論、モスコーは連邦随一の工業地帯であり、物流拠点であります。その電力を奪うことで連邦軍の戦争遂行能力に多大なダメージが出ることは必定。それを狙うという空軍の大戦略は、まさに慧眼と言うほかありません……しかし、それが目に見えるのはいつになりましょうや?」

「……作戦参謀。モルヒ次官あたりから何か聞いていないか」

「…はい閣下、実は軍需経済担当大臣はこう言っていたそうであります。『その効果が前線に波及するのは、早くとも一月後であろう』と」

私は思わず天を仰いだ。何故なら――

「それではとても間に合いませんな」

そう、そうなのだ!

「東部方面軍は、今まさに壊滅の危機に瀕しておるのです。…一月後では、連邦は、あるいは帝都を軍靴で踏み荒らしているやもしれませんな」

「不敬だぞ大佐、口を慎みたまえ!」

 

「小官は事実を述べたまでであります!」

 

「っ!」

気圧される私に、絶句する我らを前に、少女は滔々と述べる。

「…そうなれば、我らは後世の笑いものとなりましょうな。『帝都が危ういというときに、珍妙な兵器で敵国首都に殴り込みをかけた間抜け共』と」

「……だから、クレムリンか」

「はい、その通りであります。閣下」

「書記長の首を獲るつもりかね?」

「それが出来れば言うことなしですが、難しいでしょう」

「何故かね?」

「閣下、我々にとっても連中にとっても、二度目のモスコーなのです。ましてやあの時は奇襲でしたが、今回は強襲。…空襲警報が鳴り響いてなお、お行儀よく執務机に向かう書記長ならば話は別でしょうが」

その場の全員が思わず苦笑した。それはあるまい、と

「…ん?ならば尚のこと、何故クレムリンを狙うのだね?」

「閣下、質問を返すようで申し訳ありませんが、我々がモスコーに辿り着くのにかかる所要時間は4時間程度でしょう。間違いありませんか?」

「うむ。概ねそのくらいだろう」

「連中が、我々の目標地点がモスコーであると気付くのは……まぁ、中間地点として攻撃の2時間前くらいでしょうか?」

「だろうな。航路を完全に偽装出来ればいいが、燃料の点からもそれくらいが限度だろう。…それで?」

首を傾げる私に、目の前の小さな大佐はニヤリと笑う

 

「――お考え下さい閣下。大隊司令部でも、戦闘航空団でも、方面軍司令部でもない、『連邦首都』の『書記長執務室』なのですよ。……2時間程度で機密書類を全て処分できるでしょうか?

 

「!!」

思わず息を呑んだ。

忘れられがちだが、軍隊も官僚組織であり、私も日夜膨大な書類の山に追われている身だ。

だからこそ分かってしまう。『逆立ちしても無理だ!』と

「まぁ、ガソリンを撒いて火を放つ度胸のあるやつがいれば、あるいは可能でしょうが…」

「無理だな。モスコーに限らず、やれる奴はいるまい」

自国の首都、国家元首の館なのだ。普通の神経の持ち主ならば、そんな思い切ったことは出来ないだろう

……目の前の幼女ならば、あるいはやってしまうかもしれない。その時そう思った私の脳は、皮肉なほどに冴えていたのだろう。

「閣下、連邦軍の身になってお考え下さい。『首都が襲撃され、作戦や部隊配備、物資輸送、生産計画書類のあったクレムリンに帝国軍が侵入した』…この状況で、閣下は作戦行動を継続できますか?」

「大佐。それは聞くまでもない質問だろう。……まったく、ほとほと貴官が敵で無くて良かったと思うぞ」

 

なんと悪辣な作戦だろう!!私は戦慄した。

ハッキリ言って、奪えなくとも良いのだ。『帝国軍がそこに足を踏み入れた』、いや、『踏み入れた可能性がある』と言うだけで、まともな神経を持つ軍人ならば、その可能性に戦慄し、恐懼し、立っていることすら覚束ないだろう!!

「暗号表があれば言うことなしですな。…これは執務室より通信室を狙うべきかな?」

「…いや、もういい大佐。貴官の存念は十分に理解した」

「では?」

「だが…、やはり賛同しかねる」

 

――甘いと言われればそれまでだろう。

しかし、それでも私を最後まで躊躇させた理由は――

「ハッキリ言おう。――貴官ら、死ぬぞ。壊滅と言う言葉すら足りない、文字通り全滅してもおかしくないだろう」

死して護国の鬼とならん、とでもいうつもりかね?そう問いかけた私に、少女は決然とした表情で答えた

 

「本作戦は、もとより生還を期するものにあらず」

「!」

「その目的は東部軍、ひいては帝国を存亡の危機より救い、以て帝国軍魔導師の伝統を発揚すると共に、その栄光を後昆に伝へんとするにあり」

 

 

――この小さな少女は、しかし誰よりも帝国軍人なのだと、私はこのとき、彼女の目を見た瞬間に理解させられてしまった。

その目に宿る決意と、覚悟の光に射抜かれてしまった私には、もはや次の言葉しか許されてはいなかったのである。

 

 

「…ならばなにをかいわんや。よく了解した」

 

 

…良いだろう、やってやろうではないか。小官はこの時決意したのである。

この命に代えても、必ずやこの少女、否、栄光ある帝国陸軍魔導大佐殿をクレムリンまで送り届けようと、固く誓ったのである。

最後に、このとき統合作戦本部から届いた訓示文を記して、この章における私の回顧を締めくくりたいと思う。

 

 

『戦局遂に危急存亡の秋に至れり。故に帝国陸軍全部隊は海空軍と協力、陸海空の全力を挙げて所定目標に対する総攻撃を決行せんとす。帝国の興廃は正に此の一撃に在り、(ここ)に特に臨時混成魔導師団を編成壮烈無比の突入作戦を命じたるは、帝国陸軍力を此の一戦に結集し、光輝ある帝国陸軍魔導師の伝統を発揚すると共に、其の栄光を後昆(こうこん)に伝へんとするに外ならず、各隊は其の突入部隊たると否とを問わず愈々(いよいよ)殊死奮戦敵部隊を随所に殲滅し、以てライヒ無窮の礎を確立せよ』

 

――アドルフ・ガーランデ著『帝国空軍戦藻録』より抜粋

 

『帝国空軍戦藻録』増補改訂版編集部訳注

本章のうち、特に末尾の訓示電報は帝国軍末期の状況、覚悟を示すものとして有名である。だが近年の研究によれば、当該作戦に参加した将兵でこの訓示文を聞いた覚えのある者がおらず、ガーランデ将軍もしくは第三者による創作、加筆の可能性が極めて高い。

しかしながら、大戦を取り扱った作品に必ずと言って良いほど引用される文章であるため、今回の改訂においても敢えて削除せず所収することとした。

 

◇――◇――◇ ◇――◇――◇

 

 

「…貴官は、正気かね?」

 

まぁ、そう言われるよなあ。

ターニャ・フォン・デグレチャフは思った。

 

「魔導大隊によるクレムリン突入だと?正気とは思えん」

 

だろうな。普通だったらまずやらない。私だってやりたくない。

しかし、必要が命じるのだ。忌々しいことに!

 

「正気ですし、本気です。何故ならば必要だからであります」

「必要だと?どこがだね?」

 

首を傾げる中将閣下が羨ましい。

しかし、ターニャは知っているのだ。連邦という生き物は、それこそ台所に沸く黒い虫よろしく、頭を潰さねば死なない事を。

 

「閣下、空軍の『ミステル計画』は素晴らしいものであります。…まさか連中の弱点が発電所のタービンとは、思いもよりませんでした」

 

これは本音だ。

初め聞いたときは『本当に!?』と疑ったほどである。だが、聞けば聞くほど素晴らしい目標ではないか!

何しろ発電所は絶対に動かない。しかも人口400万の都市を支える電力である。これが遮断されれば、モスコーは都市機能の大半を喪失するに相違ない!

今が11月の終わりと言うのも実に良い。

電気を失ったモスコーは、深刻なエネルギー危機に直面するだろう。鉄道を動かす石炭と、ストーブで燃やす薪、どちらを運ぶべきか、深刻に悩むことになるに違いない。

そしてそれを運ぶ鉄道、その中央駅もきっちり優先目標に入っているのだ!空軍はやることにそつがない!!

 

――けれども、この計画にはたった一つ、しかも致命的な問題がある。

 

「しかし、即効性に欠けます」

「と言うと?」

「閣下、例えば、いま帝都ベルンが爆撃を受けたとしましょう。閣下は作戦を中止なさいますか?」

「…なるほど。そうはなるまいな」

 

参謀本部で言われる格言に、こんなものがある。

 

『作戦が始まる前は忙しいが、始まってしまうと存外暇になる』

 

そう、作戦とは大規模であればあるほど、事前の準備が肝要となる。

そして大作戦を支えるだけの武器弾薬の集積が終わってしまえば、後方は意外なほどに手すきである。

ましてや連邦が現在進行しているのは、この大戦始まって以来の大規模攻勢。

無論、モスコーをはじめ後方からの補給あってのものだが、しかしそれだけに頼っていては作戦遂行は出来るまい。

連邦の貧弱な輸送網でそんなことをすれば、たちどころに貧血で斃れるのが目に見えている。…となれば、前線近くにそれなりの量を準備してから攻勢を発起したと考えるべきだろう。

 

――つまり、開戦劈頭の素人集団(連邦首脳部)ならいざ知らず、今のモスコーに襲撃をかけても、即座に効き目は表れない。

 

 

「小官の経験上、連中は大規模攻勢ともなれば事前に馬鹿げた量の物資を集積し、それを湯水のごとく前線に叩きつけてきます。違いますかな?」

「いいや、全くもって貴官の言うとおりだ」

 

おっと、これ以上空軍の面子を潰すのは不味い。

ターニャ・フォン・デグレチャフは算盤を弾く。何しろ空軍にはこれから()()()()()()をせねばならないのだ。ここでヨイショしておかねば、それも叶わぬというもの。

 

「モスコーは連邦随一の工業地帯であり、物流拠点であります。その電力を奪うことで連邦軍の戦争遂行能力に多大なダメージが出ることは必定。それを狙うという空軍の大戦略は、まさに慧眼と言うほかありません……しかし、それが目に見えるのはいつになりましょうや?」

「……作戦参謀。モルヒ次官あたりから何か聞いていないか」

「…はい閣下、実は軍需経済担当大臣はこう言っていたそうであります。『その効果が前線に波及するのは、早くとも一月後であろう』と」

 

ターニャは感心した。そこまで分かっているのか、と。

…ただまぁ、分かっていても他に方法が無いというのは悲しいことだが。

 

「それではとても間に合いませんな。東部方面軍は、今まさに壊滅の危機に瀕しておるのです。…一月後では、連邦は、あるいは帝都を軍靴で踏み荒らしているやもしれませんな」

「不敬だぞ大佐、口を慎みたまえ!」

 

…不敬だと?この中将閣下は何を言うのだろうか?何故ならば

 

「小官は事実を述べたまでであります!」

 

おっと、つい口調が強くなってしまった。反省反省。

ここはひとつ、冗談めかして場を和ませるとしよう。

 

「…そうなれば、我らは後世の笑いものとなりましょうな。『帝都が危ういというときに、珍妙な兵器で敵国首都に殴り込みをかけた間抜け共』と」

 

何しろミステルだ。

ベルリン攻防戦が始まろうというときにモスクワにこいつを撃ち込もうとしたルフトヴァッフェは、一体全体何を考えていたのだろう?ターニャは疑問を抱かざるを得ない。

…目下最大の疑問は、どういう訳か、それを自分たちがやろうと居ている事なのだが。どうしてこうなった!

 

「……だから、クレムリンか」

「はい、その通りであります。閣下」

「書記長の首を獲るつもりかね?」

 

確かに、連邦に与える衝撃としてはそれが最高だろう。

ひょっとすると戦争終結すら可能かもしれない。だが――

 

「それが出来れば言うことなしですが、難しいでしょう」

「何故かね?」

「閣下、我々にとっても連中にとっても、二度目のモスコーなのです。ましてやあの時は奇襲でしたが、今回は強襲。…空襲警報が鳴り響いてなお、お行儀よく執務机に向かう書記長ならば話は別でしょうが」

 

あり得ないだろう。

既に一度やられたのだ。空襲警報が鳴ると同時に地下鉄最深部に駆け込むに違いない。

 

「ならば尚のこと、何故クレムリンを狙うのだね?」

 

ごもっともである。

故に、ターニャはニヤリと笑って答え合わせをせねばならない。

 

「閣下、質問を返すようで申し訳ありませんが、我々がモスコーに辿り着くのにかかる所要時間は4時間程度でしょう。間違いありませんか? 」

「うむ。概ねそのくらいだろう」

 

直線距離を突き進むならばともかく、多少は欺瞞針路も取るだろう。そう考えれば所要時間はそのくらいと見当がつく。なにしろ二年前に通った道なのだ。

 

「連中が、我々の目標地点がモスコーであると気付くのは……まぁ、中間地点として攻撃の2時間前くらいでしょうか?」

「だろうな。航路を完全に偽装出来ればいいが、燃料の点からもそれくらいが限度だろう。…それで?」

 

ならば、やはり『コレ』で正解だな。ターニャは確信した。

 

「――お考え下さい閣下。大隊司令部でも、戦闘航空団でも、方面軍司令部でもない、『連邦首都』の『書記長執務室』なのですよ。……2時間程度で機密書類を全て処分できるでしょうか?

 

絶対に無理だな。

前世でも文書の山と格闘してきたターニャ・フォン・デグレチャフには確信があった。

しかも社員一人一人にパソコンが宛がわれ、印刷もボタン出来るあの時代とは訳が違う。

全ては個々人のペン先から紡がれる黒インクで帳面に書き記され、回りまわって綴じられて山を為す。そういう時代の行政文書なのだ。一体どれほどの量が積み上げられているのか、見当もつかない。

 

「まぁ、ガソリンを撒いて火を放つ度胸のあるやつがいれば、あるいは可能でしょうが…」

「無理だな。モスコーに限らず、やれる奴はいるまい」

 

その通り。無理だ。

それにガーランデ中将は知るまいが、かの独裁者の恐怖政治は常軌を逸している。

忠実な部下であっても『有能過ぎて危険』と言うだけで消される世界。

そんな世界の中心を、書記長の机を、焼くことの出来る人間が、今のモスコーにいるだろうか?居たら驚きだ。

 

「閣下、連邦軍の身になってお考え下さい。『首都が襲撃され、作戦や部隊配備、物資輸送、生産計画書類のあったクレムリンに帝国軍が侵入した』…この状況で、閣下は作戦行動を継続できますか?」

「大佐。それは聞くまでもない質問だろう。……まったく、ほとほと貴官が敵で無くて良かったと思うぞ」

 

ハッキリ言って、無理してまで奪う必要すらない。

『帝国軍がそこに足を踏み入れた』、いや、『踏み入れた可能性がある』と言うだけで、まともな神経を持つ軍人ならば、その可能性に戦慄し、恐懼するだろう。

それこそ203が扉を開けてつま先でチョンと泥汚れを付けるだけでも、連中は恐懼するに違いない。

とは言え、馬鹿正直に言って戦意を疑われるのはよろしくない。

 

「暗号表があれば言うことなしですな。…これは執務室より通信室を狙うべきかな?」

 

むしろ執務室を狙うよりは安全かもしれない。

いや、絶対にそうだ。やはり安全第一で行くべきだろう!

 

「…いや、もういい大佐。貴官の存念は十分に理解した」

 

おや?どういう訳か、中将閣下は疲れた顔をしておられる。

 

「では?」

「だが…、やはり賛同しかねる。

ハッキリ言おう。――貴官ら、死ぬぞ。壊滅と言う言葉すら足りない、文字通り全滅してもおかしくないだろう。死して護国の鬼とならん、とでもいうつもりかね?」

 

 

帝国軍の良心はここにあった!

ターニャは少し、いや、かなり感動した。

常日頃陸軍参謀本部、…いや、どこぞの誰かに酷使され、振り回され、西に東に東に西にと使い倒される幼女にとって、ガーランデの言葉はあまりにもまぶしかった。

 

だが、だからといって追撃の手を緩めるターニャ・フォン・デグレチャフではない。

()()()()()()()、彼女は思ってもいないような大言壮語――つまるところ、帝国軍人が大好きそうなヤツ――を口に出す。

 

「本作戦は、もとより生還を期するものにあらず」

 

過去の名台詞は踏襲するに限る。

名台詞が名台詞として伝わるのは、偏にそれが当時の人々の心を打ったからこそなのだから!

 

「その目的は東部軍、ひいては帝国を存亡の危機より救い、以て帝国軍魔導師の伝統を発揚すると共に、その栄光を後昆に伝へんとするにあり」

 

 

――よし、決まった!

ターニャ・フォン・デグレチャフは確信した。…見よ!目の前で涙を堪え、感動に打ち震えている空軍中将の姿を!

そして案の定、アドルフ・ガーランデは口を開く。

 

 

「…ならばなにをかいわんや。よく了解した」

 

 

かくしてターニャは望みの物を手に入れる。

 

 

 

 

 

 

 

「大佐、我々は何発の『ミステル』をクレムリン外壁に撃ち込めばよいのだね?」

 

 

 

 

 

 

◇――◇――◇ ◇――◇――◇

同日夜半

帝都ベルン 統合作戦本部

 

「ウーガ大佐」

 

背後からの声に、陸軍参謀本部戦務局鉄道課のウーガは振り返り、そして硬直した。

 

「へ、陛下!…会議は終わったのでございますか?」

「いいや、当分終わらんだろう。ターニャがクレムリンに突っ込んでくれたせいで大騒ぎだ…。全く、独断専行もここまでくるといっそ清々しい…。いや、聞かなかったことにしてくれ」

「ハッ!…ところで、何故小官をお呼びになったのでしょう?」

「ああ、そうだった。こいつを頼もうとしたんだった」

 

そう言って、皇帝陛下が手渡したのは一枚の紙切れ。

 

「これは?」

「そいつを臨時混成魔導師団宛ての、()()()()()()()()()()に紛れ込ませてくれ」

「はい!?」

 

ウーガは飛び上がらんばかりに驚愕した。

何故ならそれは、いとも堂々たる戦闘詳報の改竄に他ならないからである。

 

「な、何故?」

「さすがにクレムリン突入ともなると、『現場の裁量でやりました』では後々問題になるだろう。…全く、世話の焼ける妹分だと思わんかね?」

 

そう言って苦笑する皇帝陛下だが、しかしその表情は女神のように穏やかであったと、後年ウーガは同期に語って聞かせることとなる。あの方は心底君の事を案じていたよ、と。

 

「承知いたしました。上手い具合に処理しておきます」

「頼んだよ。…あぁ、気になるんだったら読んでくれても構わん。我ながら良い塩梅に書けたと思うのでね」

 

じゃあな、と言って立ち去る女帝を見送ってから、ウーガはお言葉に甘えてその紙片に視線を落とし、――絶句した。

 

 

 

「…陛下、これはまるで……」

 

 

 

時に、統一歴1928年11月23日午前零時。

そこに記されていたのは、勇壮ながらも帝国の終焉を語るような、そんな内容の訓示だった。

 

 

『戦局遂に危急存亡の秋に至れり。故に帝国陸軍全部隊は海空軍と協力、陸海空の全力を挙げて所定目標に対する総攻撃を決行せんとす。帝国の興廃は正に此の一撃に在り、(ここ)に特に臨時混成魔導師団を編成壮烈無比の突入作戦を命じたるは、帝国陸軍力を此の一戦に結集し、光輝ある帝国陸軍魔導師の伝統を発揚すると共に、其の栄光を後昆(こうこん)に伝へんとするに外ならず、各隊は其の突入部隊たると否とを問わず愈々(いよいよ)殊死奮戦敵部隊を随所に殲滅し、以てライヒ無窮の礎を確立せよ』

 




ターニャ「対拠点貫通用の徹甲術弾ですら抜けなかったが…2トン特殊弾頭(成形炸薬弾)ならどうだね?」

ツェ「…抜けるだろうね。事前に一言言って欲しかったが…」


前回が思いがけず好評だったので、大急ぎで書き上げました。
一発書きなので誤字があったら許してクレメンス
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