路上で暮らす方々への炊き出しが始まって36年。雨の日も風の日も休めない。一度だけ台風直撃に見舞われた日、どうしても炊き出しが出来なかった日があった。だが、その日も「今日はありません」と知らせるため台風の中、野宿場所をまわった。「一斉メール」のような手段はない。何よりも食べることに困っている方々への炊き出しなので、簡単に休むわけにはいかない。
もうずいぶん前のことになる。その日は夕方から雲行きが怪しかった。炊き出しが始まった頃、突然のゲリラ豪雨に見舞われた。「バケツをひっくり返した」という言葉通りの状態ととなった。炊き出し会場は公園で逃げ場がない。その場にいた全員が炊き出し用のテントに駆け込んだ。入りきれない人たちはワゴン車のハッチバックを開けて屋根代わりにしてしのいでいる。追い打ちをかけるように雷鳴がとどろく。
日頃は、テントの内にボランティア、テントの外に野宿者と「分断」されている。しかし、その瞬間は皆が一斉にテントに駆け込んだのだ。中はすし詰め状態。野宿者、ボランティア、NPOの職員、みんなが肩を寄せ合い、ひとりでも多く入れるように譲り合う。弁当のにおい、ボランティアだろうか香水のにおい、そして「野宿臭」。
「野宿臭」は「野宿者のにおい」ということではない。「野宿者は臭い」と揶揄されるが、あれは「人間の臭い」だ。
風呂に入れず着替えることも出来ないと誰でもあの臭いがする。あれは「野宿状態に置かれた人の臭い」である。ウソだと思うなら今日から3週間、お風呂も着替えもしないでがんばってみて欲しい。誰でも「野宿臭」を身にまとうことになる。
土砂降りの中、テントの中では人々がひしめき合い、種々の臭いが渦巻いた。大変だったが僕はその日の光景が忘れられない。ほほ笑ましく僕には映った。何度もボランティアに来ている人でもあれだけ身近で路上生活者の臭いを嗅いだことはないだろう。
雨は全員に降り注ぎ、雷鳴は全員を震え上がらせた。そこにはなんら差別は無い。内と外は取り払われ「おんなじいのち」が肩を寄せ合う。
「支援」は無くてはならない言葉だ。だが「支援」が僕らを分断する。「する側―される側」。だが、あの日の雨は僕ら全員に降り注いだ。そして、全員が空を見上げ「早くやまんかな」と思いを一つにした。
まるで全員で祈っているように。
雨はやんだ。炊き出しが始まった。何事も無かったように親父さんたちはテントの外に、僕らはテントの内にとどまった。
雨がやんだことに安堵(あんど)しつつも、あの光景は、すでに「なつかしい」ものになっていた。僕らはまた「分断」された。
今も時々あの雨の夜の光景を思い出す。
僕にとってあれは大事な出来事だった。
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クラウドファンディングも残り1ヶ月。達成率は39%。あともう少しこれまで書いたエッセイなどを出そうと思う。読んでいただき、抱樸の歩みを感じてもらえたら嬉しい。
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