最初から天ノ羽々音に成す術など無かった。
目の前に幼い少年がいる。
夕闇のようで、鮮血のようで、燃え盛るような此の世界に踏み入り、本来の姿の天ノ羽々音と面と向かって正対している。
それなのにその少年は何ら動じることはなかった。
狂わず、壊れず、だから、奪えず、喰えない。そんな初めての存在だった。
少年はただ真っ直ぐに天ノ羽々音に歩み寄り、そして口を開く。
ようやくあえたね。
そう言って少年は微笑む。天ノ羽々音にとって知らない感情を向けられている。よく分からない。
ぼくはね。くちきはいせっていうんだ。きみは?
分からないけれど、悪い気はしなかった。
少し怖くて、少し嬉しい。そんな不思議な感覚。
そっか■■■■っていうんだ!
これからよろしくね、と恐れ知らずにも天ノ羽々音の頬を撫でるのだった。
天ノ羽々音にとって初めて誰かに触れられた瞬間だった。
その触れる手の
なんて
なんて
あたたかいことだろう。
きっとその瞬間、天ノ羽々音の世界はたった一色ではなくなって七色に鮮やかに美しく輝いた。
心を奪う怪物。知性体の天敵。魂を喰らう化物。
そう生まれて、そう望まれ、そう利用され、その通りに生きてきた。
そんな奪うことしか、喰らうことしか知らない孤独な鳥は、小さな幼い子供のその手に触れられて、あろうことか心を与えられたのだった。
とても温かかった。
とても暖かくなった。
そうして満ちていく、満たされていく。
その感覚は、その熱は、じわじわと心に広まって、飢えを、痛みを、心の孔を埋めていく。
今まで喰うてきたモノは、なんて虚しいものだったのか。
天ノ羽々音はもう寂しくない。寄り添う存在が居てくれる。たったそれだけのことだった。
つまるところ、愛を知ったのだ。陳腐に聞こえるだろうか。それでも知ってしまえば、触れてしまえば、もうそのあたたかさから逃げられない。
天ノ羽々音は頭を垂れる。
此の子のために命を賭けよう。
与えられたモノに報いる為に。
その手のひらのあたたかさを護る為に。
いつか。
きっと。
死が二人を分かつまで。
「その斬魄刀はおんしにしか扱えん」
斬魄刀には二種類ある。
浅打と呼ばれる死神の心を写して何にでも成れる最強の斬魄刀と已己巳己巴や艶羅鏡典、神剣・八鏡剣のように最強の何かを封じて、或いは宿してある斬魄刀。
「ただし、その斬魄刀の真の名を呼んではならぬ。それはおんしが一番よく分かっておるな?」
心から心へと飛び去って、やがてたった一羽だけが世界をも飛び越えた。
辿り着いたその世界は全てに魂が宿る世界。
総てを喰らうその鳥は大災害と成った後、神たる死せぬ者達の手によって封じられた。
「名を奪い、与えてやったが、消えはせん。やがていつかは取り戻す。役割が必要だった」
強大な魂魄を持つものや存在の強度が高いものは、たとえ古き神の御業であっても永遠に封じることは叶わない。やがて名を取り戻す。已己巳己巴やユーハバッハのように。
だから…。
「おんしは天ノ羽々音と共に生き」
天ノ羽々音は朽木灰世が幼い頃に秘密裏に何処からか来た斬魄刀である。
さて、それは何処から来たものなのか。
きっと、神のみぞ知るのだろう。
「そして、おんしと共に死ぬのだ」
矛盾してしまうところがあるので無かったことにしても良い閑話です。見なかったことにしてくださいね。しーってやつです。
でも、出来てしまったので投稿しますね。
内緒ですよ?