その指先に青い小鳥が舞い降りる。
「卍解、天ノ羽々音、永楽浄土」
消える小鳥は姿を変えて、白い霧が世界を覆う。
朽木灰世のその手には、刀身に青みを帯びる刀が一つ。
「おかえり、羽々音」
天ノ羽々音の本質は人の中身を喰らうもの。
感情、心、魂と喰らい尽くして取り込めば、やがて全てはもぬけの殻に。中身はもちろん、奪うも与うも愛する主の思いのままに。
防げるものなら試すがいい。
肉体強度に意味はなく、一切合切容赦なく、じわじわじわじわ溶かされて、崩され、啜られ、壊れる様を耐えることが出来るのならば。
霧が晴れる。
「慈しみをもって楽を与えよう」
さっきまで生きていたかのような姿で気づかぬままに死んでいる。
「哀れみをもって苦を除こう」
一つではなく、見渡す限り、千に届く死体が並ぶ。
「愛するをもって分かち合い」
ここは悪辣の徒の桃源郷。
悪趣味すぎるコロシアム。
逃げ場のないこの場所で堕ちに堕ちた死神と囚われ飢えた虚とを殺し合わせる見世物で、その生死にて賭けを楽しむ。腐った貴族の醜悪が分かりやすくここにある。
「無我をもって、平等を成そう」
選手、観客、運営も。揃いも揃って皆悪人。殺して悲しむ者も無ければ、負った責務も果たせぬ者達。何を戸惑うことがあろうか。
「邪なるものを打ち砕き、希望こそを世に知らしめる」
超えてはならない一線がある。
朽木の者を餌にしようと、弱い妻子に目をつけた。
「限りある命に導きを」
天知る地知る人が知る。天網恢々疎にして漏らさず。先に起こる最悪を、許す事などあるものか。
「尽きぬ苦悩に終止符を」
先手必勝、見敵必殺。
「終わらぬ学びを踏破して」
一切鏖殺、一殺多生。
「在りし運命を凌駕する」
その殺戮を始める前に一人の男を呼んでおく。世界の秘密を教えてくれた最低最悪綱彌代。そのお礼にとこちらも秘密を明かすのだ。
「四無量心、破邪顕正、衆生無辺誓願度、煩悩無量誓願断、法門無尽誓願学、仏道無上誓願成」
呼んで見せたは一部始終を。
生かされている綱彌代時灘は唖然とその場に立ち尽くす。
朽木灰世の何も写さぬガラスの瞳に、ただただ恐怖を心に刻んで。
「貴方の家の宝剣で天ノ羽々音を写してみますか?」
死神同士の戦いは所詮霊圧の喰らい合い。感情支配の制圧戦。同じ力で競うのならば灰世に遠く及ばない。
「もしも、朽木で遊ぶなら、支配されるか、食い尽くされるか。好きな地獄を選ぶといい」
そうして灰世という怪物は、何事もなくいなくなる。
これはただの警告なれば。
そこらに転がる骸の山は悪逆の徒のその末路。
正義が成せぬ、その残虐は、命を賭けた覚悟の証。
ゆめ忘れるな明日は我が身と心得よ。
朽木を護る覚悟の怪物。
その在り方は手段を選ばぬ修羅なれば。
目には目を、歯には歯を、悪には悪を。
血濡れのこの手で正義などとは語るまい。
だから、どうか、お願いだから、世界が平和でありますように。