第5回「言われるがまま」 生活保護費を民間団体が管理 通帳も印鑑も

 生活保護利用者が10年間で半減した群馬県桐生市では、利用者の生活保護費の金銭管理を、第三者の民間団体が行っているケースが数多くあった。

 「桐生市生活保護違法事件全国調査団」の公開質問に市が回答したデータがある。それによると保護費を民間団体が管理している数は合計66件(2022年度)。生活保護利用世帯の約13%を占める。

 内訳は、頼れる身寄りがいない人の身元保証などの活動を実施している県内のNPO法人と一般社団法人が2団体で計55件、市社会福祉協議会が11件だった。

 生活保護利用者の自立に向けて、家計改善を支援する事業はあり、各地で取り組まれている。だが桐生市で一部利用者に行われていたのは、家計への助言という次元ではなく、成年後見制度に匹敵するような全面的な保護費の管理だった。

 民間団体の一つであるNPO法人ほほえみの会と金銭管理の契約を結んでいた60代男性に話を聞いた。

 男性は糖尿病という持病を抱えながら、トラック運転手や派遣社員として働いてきた。しかし20年秋、職場で体調が急激に悪化。緊急入院し、生活保護を利用するようになった。

通帳と印鑑預ける

 男性によれば、退院後の21年1月、市のケースワーカーから「通帳や銀行印を持ってきて」と言われ、役所に出向いた。そこに同会の職員もいた。

 そこで保護費の金銭管理を委任する契約について説明を受けた。賃貸住宅を契約する際に身元保証人は必要だと思っていた。一方で、なぜ金銭管理が必要なのかは、わからなかった。

 しかし、「断れば保護を打ち切られるかもしれない」という不安があった。その場で契約を結び、通帳や印鑑も同会に預けた。同会職員に「お金はこちらで管理します」と言われ、保護費は毎週7千円ずつ分割して振り込む、という説明を受けたという。

 「(週7千円は)きついと思ったが、言われるがままだった」

 男性はそう振り返る。

 保護費が市から振り込まれる口座の通帳や印鑑などは同会が保管し、別に開いた口座に同会から毎週7千円が振り込まれた。月に1度は携帯電話料金などの諸経費が7千円に上乗せされた。男性はこの口座のカードのみを所持し、生活費をおろした。

 家賃をのぞく男性の生活扶助費は7万円台。しかし同会からの振込額は月4万円台にとどまった。

 男性によれば、市のケースワーカーからは、追加でお金が必要な場合はまず市に連絡するよう指示されていた。その後、同会から振り込まれる運用だったという。

 市の生活保護行政の問題が発覚した後、男性は同会との委任契約を解約し、今年7月に通帳などの返却を受けた。

 金銭管理を受けていた3年半にわたり、保護費が満額支給されず、自由に使えない状態が続いたことになる。

郵便物も管理される

 さらに郵便物も同会が管理していた。男性によれば、選挙の投票券や新型コロナウイルスのワクチン接種券といった重要書類が転送されないことがあり、不信感が募ったという。

 男性は同会に財産管理を委任する「任意代理契約書」を保管していた。

 全財産の管理を委任するのみならず、延命治療・急性期治療について本人の意向をふまえて決定するという「決定代理業務」まで盛り込まれていた。

 認知症の高齢者などが利用する成年後見制度であれば、成年後見人を家庭裁判所がチェックする仕組みがある。しかし、この契約はあくまで任意が前提なので、適正な管理がなされているのかを点検する第三者の目はない。

 なぜ保護費を満額支給せず、貯金する必要があったのか。ほほえみの会に取材を申し込んだところ、書面で回答があった。

 それによれば、男性が過去に社会福祉協議会から借り入れたお金の返済資金、賃貸住宅退居時や入院時などにかかる諸費用などを考慮し、保護費の一部を貯金してあったという。いずれも本人の意向、同意をふまえているといい、必要な出費は声をかけてもらうように伝えていた、と説明があった。

 これら民間団体による生活保護費の管理について市はどう関わっているのか。

 生活保護行政を検証する第三者委員会で市福祉課は、一部の利用者に対して民間団体を紹介したのは事実と認めた。ただし「あくまで民々契約」であるとして、契約も解約も利用者の自由だった、との見解を示した。

 契約を義務的なものと受け止めた利用者がいることについては、「誤解を与えたことは反省している」と述べた。

 一方で、保護費の金銭管理をめぐる不透明な実態も取材のなかで浮かび上がった。

 生活保護を利用する80代の女性は、長くほほえみの会に金銭管理を委任してきたが、市議会議員の支援を受けて、今年6月に解約した。

 同会から返却された女性の通帳を確認すると、不自然な記録があった。

 保護費が振り込まれていた口座から、25万円が引き出されていた。21年12月のことだ。女性は25万円の引き出しについて説明を受けた記憶はないという。

引き出された25万円

 通帳には手書きで「葬祭15万 預かり10万」と手書きのメモがあった。この25万円については、解約時に同会から現金で返却されたという。

 なぜ当面使い道がない25万円をわざわざ銀行口座から引き出し、現金で保管しておく必要があったのか。

 取材に対する書面回答のなかでほほえみの会側は、「手持ち金から25万円を引き出すよう監督者から(電話連絡を)受け、順守した」「正確な目的については把握していない」と回答した。

 「監督者」とは市役所職員であるとし、事前に市と女性の間で話し合いがあったと認識していた、と説明した。つまり25万円引き出しは市からの要請だったというのだ。

 この点について市福祉課に確認をしたところ、小山貴之課長は「(25万円を)引き出すよう(ほほえみの会に)連絡をした記録はない」と答えた。同会の説明と食い違う。

 小山課長は「(ほほえみの会の説明を)否定するつもりはない。なにがしかの助言を市からして誤解があったのかもしれないが、記録はない」と話す。

 誰の意思で何の目的で保護費は引き出されたのか。経緯は不明のままだ。(編集委員・清川卓史)

次回は…群馬県桐生市の問題を生んだもの【#6】

群馬県桐生市の対応について、国は「あまりに不適切」との立場です。ただ、桐生市の生活保護利用者が半減した背景には、「国にも責任がある」との声があがっています。20日、配信予定です。

「朝日新聞デジタルを試してみたい!」というお客様にまずは1カ月間無料体験

この記事を書いた人
清川卓史
編集委員|社会保障担当
専門・関心分野
認知症・介護、貧困、社会的孤立