太田啓子さん、性暴力恐れる女性の心「トランス差別に利用させない」

聞き手・宮廻潤子

 LGBT理解増進法が6月に成立するまでの議論では、出生時に割り当てられた性別と性自認が異なるトランスジェンダーをめぐり、「女性の不安」を強調する言説が出ました。どう考えればいいのか。女性差別について発信する太田啓子弁護士に聞きました。

 ――トランスジェンダーを巡る状況をどう見ますか

 2018年にお茶の水女子大がトランスジェンダー女性の受け入れを表明した頃、SNSでバッシングがひどくなりました。私もこのころに気づきました。ツイッターを見ていると、性暴力に関する発信に共感していたアカウントから「男性器がついた人が女風呂に入ってくるのを許すのか」という話題が出たのです。文字面だけを見れば「そんなのは怖いのが当然」と思いますよね。

 私も当初は文脈についての知識がなかったので、それがトランスジェンダーへの誤解と偏見に基づく差別的な言説だとはすぐにはわからず、戸惑いました。

 トランス当事者がどんな日常を送っているのかを知ることで、私はこのような発言が差別であると認識しました。

 今の自分がどの性別で見られているかを気にしながら生活していて、本当は女性トイレを使いたいけれど、「女性ではないのでは」と周囲から警戒されてしまうのではないかと不安に感じ、男性トイレを使うと逆に「あなたは女性トイレに行くべきだ」と言われるという経験がある人も。多くの当事者は、その時の状況次第で、トラブルになりづらいトイレを使っていますが、悩んだ揚げ句、職場や学校のトイレを利用するのも我慢している当事者も少なからず存在するということを知ることが重要です。教育や就労の機会からの排除につながり、貧困に苦しむことも多いのです。トランス当事者が存在することが前提の制度設計に変わっていく必要があります。

 それにもかかわらず、トランス当事者のことを、「自分が使いたい側の性別のトイレや浴場を、自分が周囲からどう見えようが気にせず平然と使おうとする人たち」というようにイメージすること自体が、リアルからかけ離れた偏見に基づくものだと理解するようになりました。

軽視され続けてきた女性の声

 ――「女性の安全を守るため」との主張があります

 性暴力に恐怖を感じたり警戒したりすることは当然のこと。性暴力への恐怖を抱く人には何らかのつらい経緯があるわけで、その心情が軽視されていると思わせてしまうと、なぜそれがトランスジェンダー差別の言説なのかという説明が伝わりづらいと感じます。

 性暴力を恐れる多くの女性の声は軽視され続けてきました。声を上げれば、「それは本当なのか」と疑われてきました。いつも軽視されてきたので、「今度は、トランス女性を差別するなという言い方で女性の安全が軽視されるのか」と思ってしまうこともあるのではと感じます。それは誤解なのだ、トランス差別をなくそうとすることと女性の安全を守ることは全く矛盾しないという丁寧な説明をあちこちで増やしていかなければなりません。

 ――不安や恐怖が背景にあると

 性暴力への恐怖と不安がないがしろにされると思う理由が形成されてきているから、「トランスジェンダーの存在を認めると性犯罪が多発する」といった主張が心にすっと入ってきてしまうのだと感じます。これはいくつもの誤解と偏見に基づいた言説なのですが、トランスジェンダー当事者のリアルな声を知る機会が少ないので、意識的に学ぼうとしないと誤解と偏見を信じてしまうところがあります。

 性暴力への恐怖と不安があるからといって、誤解と偏見を持ったままであることは正当化されません。同時に、性暴力への恐怖を抱くに至った経緯にはそれぞれ痛ましいものがあるので、性暴力被害を軽んじてきた社会がデマを広げる素地を作ったのではないかと感じます。

 「女性の安全」になど全く関心を持ってこなかったであろう人たちが、「女性の安全」を前面に出してトランスジェンダーバッシングをしている様子も目立ち、怒りと警戒を覚えます。女性を性暴力から守るために引き続き声をあげていきましょう。そういう声を、差別に利用させてはダメです。

無知ゆえの差別、学ぶことで克服を

 ――女性たちの不安が解消されないなかで難しい問題ですね

 自分にはない抑圧に苦しんでいる人がいることを知ろうとする意識が大切です。

 例えば「トランスジェンダーは性別にかかわらず使える『オールジェンダートイレ』を使えばいい」という意見がありますが、それだけで解決するものでもありません。性自認を当事者の許可なく公表する「アウティング」につながる危険性があります。オールジェンダートイレの増設は必要だと思いますが、かえって偏見を招かないように、丁寧な設計が必要です。また、「差別を禁止するLGBT法によって、身体が男性の人物が女湯に入れるようになる」というのは全くの誤りですし、当事者は普通、そんなことを望んでいません。

 当事者の声を聞かないまま解決策を押しつけたり「議論」したりすることは、女性差別のなかで女性たちが一番怒ってきたことではないでしょうか。「女性はこれを望んでいるんだろう」と決めつける男性に対して「女性の声を聞いて」「勝手に決めるな」と言ってきたはずです。トランスジェンダー当事者が何を求め、何を求めていないのか、声を聞かずに決めつけた上で批判したり恐怖したりしているのが、「女性スペース」論争です。当事者の声を、非当事者は、意識的に聞いて学ばなければ正しい理解はできないということですよね。

 ――この状況を乗り越えるために、私たちは何ができるでしょうか

 ヘイトの増幅に抵抗するには、できるだけ正確な知識を世の中に増やしていくしかありません。

 トランスジェンダー当事者は絶対数が少なく、ネットは当事者どうしがつながれる大事な場なのに、そのネットで差別的言説に触れて、孤独を感じて命を絶つほど追い詰められてしまうことがあります。正しい知識を学校の性教育の中でもしっかりと伝えていくことも大切です。

 無知ゆえに差別してしまう可能性は誰にでもあります。あるテーマでは差別される側の人も、他のテーマでは差別する側になってしまうこともあるという前提で、学ぶことでしか差別は克服できないと思います。

 マイノリティーが日常的に苦しんでいる抑圧に関し、自分は苦しまないで済んでいるというマジョリティー側に立つことは誰にでもあり得ることで、ある差別に苦しんでいる人が、他のマイノリティー差別に鈍感で無頓着なこともあります。それを認める勇気と謙虚さをそれぞれが持つことが、あらゆる差別に加担することのない社会を作り上げていくと信じています。(聞き手・宮廻潤子)

1976年生まれ。神奈川県弁護士会所属。著書に「これからの男の子たちへ『男らしさ』から自由になるためのレッスン」。

「朝日新聞デジタルを試してみたい!」というお客様にまずは1カ月間無料体験

Think Gender

Think Gender

男女格差が主要先進国で最下位の日本。この社会で生きにくさを感じているのは、女性だけではありません。性別に関係なく平等に機会があり、だれもが「ありのままの自分」で生きられる社会をめざして。ジェンダー〈社会的・文化的に作られた性差〉について、一緒に考えませんか。[もっと見る]