思い出話

思い出話



今日もベッドの上で目が覚めて、朝日を見て、夕日を見て、夜が来て、また朝が来る。

あの地獄が色褪せる日は、来るのだろうか。

死者に、明日は来ないのに。










蟻生くんは、塞ぎ込んでしまった。 



そういう人は、実は結構いたりする。俺は多分全然マシな方で、ネスくんも割と早く立ち直ったように見えたけど、他の人は結構病室に篭りきりになってしまった。その後友達同士顔を見合わせて頑張って立ち直っていく人もいたし、お見舞いに来てくれた友達のおかげで少し元気になった人もいる。ただ、カウンセリングすら拒否してしまう人…清羅くんとか、斬鉄くんとか、彼らは今でもまともに食事を摂ることも出来てないみたい。蟻生くんも、その中の1人だ。


最初、俺はてっきり大丈夫だと思ってた。だってあの地獄の中でも蟻生くんは目を逸らさずに前を向いていて、挫けそうな仲間を支えてくれてたから。サッカーの時だっていつも蟻生くんは頼れる人で、同学年だけど俺にとっては憧れだったんだ。自分に揺るがぬ自信があって、決して折れないような、そんな彼が。


全部終わって、たくさんの警察や救急車や国の人が駆けつけてきて、あれよあれよと言う間にここに入院させられて。みんな一緒にここに連れてこられたのは知ってたから、これからどうしようといつもの調子で蟻生くんに会いに行ったら、彼は両手で顔を覆って蹲ってた。どこか怪我してたのかと慌てて駆け寄ったら、まさかの顔に爪を突き立ててたんだ!傷がついて血が流れるのも構わずに続けようとするから慌てて両腕を掴んで助けを求めたら、病院の人たちが駆けつけて拘束具をつけ始めたよ。いや何してんのと慌てて止めようとしたけど、あまりにも蟻生くんが暴れて錯乱してるから、何も言えなくて。俺はあんなに綺麗に手入れしていた肌に血が滲んだ顔を見て…何もしてあげられなかったんだ。


あれからしばらく経ったけど、蟻生くんの部屋に食事が運ばれた形跡は全然無くて。代わりに死なないように点滴をずっと打たれてて。一度針を抜こうとした時は大変だったな、拘束具をまたつけられて抵抗が無駄だと悟った時は呼びかけにも応じずにずっと天井を見ていたね。今はもう拘束具もなく経過観察されてるけど、一日中外を眺めてるだけの毎日が続いてる。


それでも、少しずつ改善したことはあるんだ。


「お…おはよう蟻生くん。入ってもいい?」

「…時光か。構わない」

「お邪魔しまーす…」


蟻生くんは、俺を含めて何人かなら部屋に入れて会話をしてくれるようになった。それはあの地獄を共にした仲間たちだけで、病院の人たちに対しては必要最低限の応対だけでまともに目も合わせないみたい。彼らには悪いなと思うけど、正直こうしてまた心を開いてもらえることはすごく嬉しい。


「蟻生くん、今日もご飯は食べられなさそう?」

「…俺には食べる資格がない。放っておいてくれ」

「ええ…でもお腹空いてるでしょ?」

「もう二度と食事を摂れない仲間たちが許さないさ」


もうここにはいない、死んでしまった仲間たち。蟻生くんは彼らへの罪悪感にずっと苦しめられている。きっと彼らが赦すなら蟻生くんは救われるだろう。つまりそれを待っていたら蟻生くんは死んでしまうということだ。それは絶対嫌なので、今日も俺はリハビリで話し相手になるんだ。


「そもそも悪いのは蟻生くんじゃなくてあのモンスターたちだよ!」

「士道も七星も…俺の近くにいた。助けられなかったのは俺の責任でもある」

「えっもしかして俺も悪かったりする…?」

「お前は何も悪くない」

「わけわかんないよぉ…」


なんというか、蟻生くんはきっと誰かに責められて罰を受けたいんじゃないかと思う。それを出来る人間も、受けなければならない道理もないのに。俺じゃ蟻生くんを説得できない。落ち込んで、今日も帰ろうとしたその時。


「おー、時光もここにいたか」

「我牙丸くん!?」


珍しい来客に大きな声を出してしまって、慌てて口を塞いだ。振り向いて蟻生くんの様子を確認すると、同じく初めてこの部屋にやってきた彼に驚きつつも、「しまった椅子が足りないな」と困った顔をしただけだった。


「もう顔は大丈夫なの?まだ包帯は外れてないみたいだけど…」

「問題ない、もう大して痛くないしな」

「我牙丸、その、目の調子は…」

「片方はなんとか。ちょっと視力は落ちたな。痩せこけて髪もボサボサな蟻生が見えるぞ」

「…問題なさそうだな」


馬鹿正直な答えにリアクションに困る蟻生くんはちょっと新鮮で、俺は閃いた。この調子で会話をすれば、元気になってくれるのでは?


「我牙丸くん!なにか蟻生くんとの話とかあったら聞かせて!」

「ん?そうだな………あれは俺がゴールネットに絡まってた時の話だ…」

「馬鹿なの?」

「しかも上の方で絡まった 死ぬかと思った」

「すっごい馬鹿なの!!??」


俺たちのやりとりを見て、一瞬蟻生くんが微笑んだ。よしいいぞと心の中でガッツポーズを作ったら、途端にその顔を曇らせて、


「あの時は…二子もいたんだったな」

「えっ」


駄目じゃん。慌てて話題を変えようとしたが、時すでに遅し。会話は続いていく。


「あの時初めて二子とまともに会話したなー」

「…まだ一年生だったか。さぞ心細かっただろう」

「あいつは小さいけど肝は座ってそうだからな、ただじゃやられなかったと思うぞ。きっととっても頑張った」

「………頑張った………そうだな………だが………」

「うん、また一緒にサッカーしたかったな」

「………ッ」


目を見開いて我牙丸くんを見る姿は、決して悪い感情を持ってなかった。みんな二子くんのことを思い出して、すごかった姿を思い出して懐かしんで、惜しんだ。


「…そうだよ、みんなのこと、ちゃんと思い出さなきゃいけないよね」

「…時光?」

「ごめん、実は死んじゃったみんなのこと思い出したら蟻生くんが傷付くからなるべく触れないようにしようと思ってたんだ。だけど逃げてちゃ駄目なんだなって。ちゃんと思い出して、懐かしんで、寂しくなって、お別れしようよ」

「お別れ………」


ベッドの掛け布団を握りしめて、蟻生くんが俯く。するとドアが軽くノックされて、また人がやってきた。


「何やそれなら俺らも混ぜーや、こっちも思い出話ならなんぼでもあるで?」

「えっ、烏くん…と乙夜くん!?」

「ちゅーす 忍法聞き耳の術でござる」


ぞろぞろとやってきて我が物顔で部屋を占拠し始めるのはどうかと思ったけど、意固地になっている蟻生くんにはこれくらいがちょうどいいのかもしれない。


「お?なんやここ3年しかおらんやんけ。可愛い後輩もおらんし気を張る必要もない、思う存分思い出話をして感情ぶちまけてお別れしようや」


烏くんは乙夜くんと一緒に後ろ手に隠していた大量のお菓子とジュースを机に並べて、悪戯っぽく笑った。


「ほら食うで蟻生、言っとくけど強制参加や。逃さへんで?」


困った顔をして、呆れた顔をして、最後は押されて仕方ないなと微笑んだ。

俺がよく見ていた、蟻生くんの優しい笑顔だった。


Report Page