やってないことをやろう。
奇跡の家に鍵をかけることはないから、風呂上がりに全裸を目撃されることがある。郵便局員さんにも宅配便のお兄さんにも隣の家のおばあちゃんにも全裸を見られた。一部の層から「野蛮な人」認定をされているが、精神的で高尚な生活と、原始的で野蛮な生活のハイブリッドが理想である。全裸を見られても動じないコツは、常に堂々としていることである。こちらが堂々としていると、全裸を見ている側が動じる。全裸を見られても構わないと思って生きていると、結構自由になる。
息子が家で暴れて困っていると話す女性T様が熱海に来た。過保護に育てたのが悪かったのか、何かあるとすぐに息子は大暴れをする。T様は色々なことを言ったが、体調不良であまりしっかり話を聞けなかった。私は、過去に体調不良で半年間寝たきり生活を実家の新潟で送ったことがある。その時の両親の対応を思い出した。我が両親は、驚くほどにいつも通りだった。余計な干渉を一切しなかった。アドバイスも慰めも皆無だった。その姿から俺は信頼されていると感じた。小言の裏には不信がある。小言を言わない親でよかった。
よかれと思ってやることが全部裏目に出るとT様は言った。T様の話題の全部が息子のことで、お前には自分がないのかと思った。息子が心配なのはわかるが、自分が安心したいから息子をコントロールしたいだけなんじゃないのかと思った。そもそもで俺は体調不良なんだぞ。体調不良の人間を捕まえて一方的に愚痴っているいまの状態は、結構残酷だと思うのだが自分が見えていないのだろうかと思った。T様は「人生は修行ですね」と言った。私は「修行にしてたまるか」と思った。修行が好きなら修行でもいい。だが、修行に付き合わされるのはごめんだ。人生はジョイだ。修行がジョイになる人だけが修行をすればいいのだ。
魂の成長なんて言葉に騙されるな。成長と変化は別物だ。変化は好きだが成長は嫌いだ。成長には「この道を歩けている限りオッケー」という狭さと狡さと退屈さを感じる。変化は全方位を肯定する。変化に善悪はない。柔軟さが問われている。私は成長を拒否する。昔も最高で、今も最高で、これからも最高を生きる。完璧なまま、変わり続ける。魂の成長なんて、都合のいい人間を作るための装置である。綺麗な言葉を使う人々の面構えをよく見てみろ。詐欺師ほど、優しい人のふりをしてやってくる。それと同じ顔つきじゃないか。
人生はジョイだ。愛と笑いだ。私は、通常営業の両親に救われた。私を救おうとしなかった両親に救われた。彼らが彼らであったことに救われた。息子の大暴れを嘆いている暇があったら、一日一回、なんでもいいから新しいことをやりなさい。行ったことのない場所に行くだとか、食べたことのないものを食べるだとか、ささやかなことでいいから、自分の世界を広げなさい。問題は息子ではない。自分の世界の狭さである。自分が先。息子が後。自分が自立をすれば、息子も勝手に自立をする。人生を修行にするな。人生はジョイだ。愛と笑いだ。くだらないことで貴重な人生を台無しにするな。そんな暇があったら、俺にジンギスカンを食わせろ。俺にすっぽん鍋を食わせろ。俺にヤギ汁を食わせろ。精神的で高尚な生活と、原始的で野蛮な生活のハイブリッドを生きるのだ。
おおまかな予定
11月18日(月)静岡県熱海市界隈
以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)
連絡先・坂爪圭吾
LINE ID ibaya
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE https://tinyurl.com/2y6ch66z
バッチ来い人類!うおおおおお〜!



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