第1回なぜ大金を横領できたのか 「アニータの夫」が語った悔恨とざんげ

アニータの夫

坂本泰紀
【動画】A-stories「アニータの夫」
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 アニータ・アルバラードという名前を覚えているだろうか。

 青森県住宅供給公社を舞台にした巨額横領事件。発覚したのは23年前になる。夫である職員から8億円以上を受け取っていたチリ人妻と言えば、思い出す人も多いかも知れない。

 今年5月、チリの地元テレビ局やラジオ局が、51歳になったアニータさんの話題を一斉に報じた。

 アニータ・アルバラードの半生を、ネットフリックスがドラマ化する――。

 母国で「ゴシップの女王」とも評される彼女が、自ら芸能記者にリークした内容が発端となったこともあって、各社とも「ネットフリックス側は、現時点でそんな話はないとしている」と留保を付けた。

 この話題を伝えるワイドショー番組で、女性コメンテーターの一人は、「チリのマーケットは小さいし、ほかの南米で彼女の知名度はない」と実現性を疑問視しつつもこう語った。「でもアジアだったら成功するかもしれないわ」

青森県住宅供給公社の巨額横領事件とは

23年前に発覚した青森県住宅供給公社を舞台にした14億円超の巨額横領事件。当時、青森支局員だった記者が、刑期を終えた元公社職員に50時間を超えるインタビューを行いました。彼が語った事件とは。連載の後半では、金を受け取ったとされるチリ人妻のメッセージも紹介します。

「小説より奇なり」だった彼の半生

 一方、公社の職員だった千田郁司元受刑者(67)は懲役14年の刑期を終え、現在、アパートで暮らしながら職を探す日々を送っている。

 事件発覚後、アニータさんと会ったことはないが、いまも婚姻関係は続いている。やりとりが途絶え、離婚を話し合う機会もなかったためだ。

 最近、米大リーグ・ドジャースの大谷翔平選手の専属通訳を務めた水原一平氏の事件に強い関心を覚えたという千田氏は、記者(坂本)に、自嘲気味にこう語った。

 「水原さんは詐欺で、俺は横領だけど、信用や信頼を武器にして、他人の金を盗んだのは似ているよね。あと、彼は大谷さん、俺はアニータ。相手方が有名だったからマスコミに追っかけられた点も共通性があるよね」

 記者が20代の青森支局員だった頃、ちょうど、事件は青森地裁で公判中だった。

 「なぜ、元職員は大金を横領できたのか」

 「なぜ、その大半を妻側に送ったのか」

 「妻側に流れた金はどこに消えたのか」

 そんな疑問を抱えたまま40代になり、岡山総局のデスクをしていた2017年、千田氏から総局に手紙が届いた。彼が出所した後に一時住んだのが岡山で、その地に私がいた。

 単なる偶然だが、運命を感じた。それを契機に、これまで50時間以上のインタビューを重ねてきた。

 アニータさんとの出会いと結婚。巨額の横領を可能にした「錬金術」。絶頂と転落、罪と罰、そして悔恨とざんげ。彼の語る半生は、まさに「小説より奇なり」だった。

 取材を始めて6年が過ぎた頃、彼から「もう解禁だよ。俺の話を記事にしてよ」と伝えられた。

 「闇バイトだとか軽々しく犯罪を犯す若い人は多いよね。でも刑務所に入るとどういうことになるか。刑務所を出た後にどんな厳しい現実が待っているか。俺の人生を通して知ってほしい。告白することが俺にとっても人生のけじめになる」

 「アニータの夫」の物語の始まりは、1997年3月にさかのぼる。

 その日、青森市の夜空には、粉雪がちらついていた。(坂本泰紀)

アニータ・

アルバラードの半生

千田郁司の半生

本人の自伝などによる

本人への取材などによる

1957年

青森市で生まれる

1972年

チリの首都・サンティアゴで生まれる。7人兄弟の3番目

1973

青森県内の商業高校に入学。高校時代は卓球部だった

1976

首都圏の大学の経済学部に進学。在学中、スコットランドに留学する

1980

大学卒業後、青森県住宅供給公社の臨時職員に。約2年後に正職員になる

1984

将棋の「アマチュア王将戦」に青森代表として出場し、ベスト16に

1990

17歳の時、長女を出産

1992

子ども2人をチリに残して来日。名古屋の劇場で働き始める。その後、名古屋を拠点に、東京や大阪、宮崎などで性産業に従事する

判決で認定された

横領額

1994年

334万円

1994

1994

「夜の街」での借金がかさみ、横領に手を染め始める

青森・浅虫温泉のスナックで働き始める

1995

1540万

1996

1649万

1997

1億4451万

1997

1997

青森市内のスナックで青森県住宅供給公社の職員だった千田郁司と出会う。チリに帰国し、千田と結婚。生活費名目や、病院の建設費名目で、夫から多額の送金を受け取るように

青森市内のスナックで、アニータ・アルバラードと出会う。初めてのチリ訪問時にアニータと結婚する

1998

3億363万

1999

2億3898万

1999

キューバ人の恋人との間に3番目の子どもが生まれる

2000

4億2428万

2001

2億9948万

2001

2001

9月に最後のチリ訪問。帰国後、国税局の調査で横領が発覚する。12月、逃亡先の東京都内で青森県警に業務上横領容疑で逮捕される

映画「風と共に去りぬ」に出てくる家をイメージして建てた「豪邸」に引っ越す(その後、公社が差し押さえ)。この年の9月に千田がチリを訪問し、これが夫婦が会った最後となる。巨額横領事件が発覚し、アニータに日本やチリのマスコミの注目が集まる

2002

2002

自伝「わたしはアニータ」を発刊。日本で売春をしていたことを告白し、カトリック教会の権威が強かったチリ社会に大きな波紋を広げる。歌手デビューし、アルバム「アニータはチリ人のゲイシャ」を発売

業務上横領罪に問われ、青森地裁で懲役14年の判決を言い渡される。控訴せず、地裁判決が確定

2003

2003

映画に出演し、社会人になったばかりの若者に性の手ほどきをするダンサー役を演じる。その後、チリのテレビのトーク番組にコメンテーターとして出演するようになり、「低所得者層の代弁者」として知名度が上がる

山形刑務所で服役生活を送る

2007

服役中の千田に会うため、チリのテレビクルーと来日。山形刑務所まで行くが、会えずに帰国。千田への手紙を託す

2009

長女がチリのテレビ番組のリアリティーショーに出演。一躍人気者となったことで、アニータの存在感が高まる

2011

貧しい人たちを助けるため、会社経営者らに直談判して学費や家賃などの出資を募るチリの民放番組のコーナーが人気に。「人助けキャラ」のイメージが広がる一方、有名人と関係を持ったことを自ら暴露するなど、「ゴシップの女王」として話題を振りまく

2016

出所し、岡山県内で住み始める

2018

岡山を離れる。その後、各地を転々としながら職を探すが、難航

現在

現在

9人の子どもを持つシングルマザー。ナッツの販売事業も手がけ、各地に営業に回る。インスタグラムのフォロワー数は約80万人

アパートで一人暮らしをしながら、職を探す生活を送る

144616万円

1994年~2001年

判決で認定された横領額

敬称略

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連載アニータの夫(全13回)

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