漫画家・瀧波ユカリさんが伝える“痛み”のない社会への一歩
- 2024年10月9日
みなさん、北海道はジェンダーギャップ指数が行政・教育・経済の3分野で全国最下位という事実をご存じでしょうか? そんな現状を変えるため、地元の女性たちが頼ったのは漫画家・瀧波ユカリさんでした。いま、弱い立場の人たちの“痛み”を伝えるため、全国を飛び回る瀧波さん。そんな瀧波さんが北海道で伝えたかったこととは。
9月のある日、札幌市の地下歩行空間の一角に、熱気あふれる空間が生まれていました。
新しいビジネスの創出を目指す交流イベント「NoMaps」の一環で、ジェンダーについて考えるトークイベントが開かれていました。登壇していたのは、釧路市出身の漫画家・瀧波ユカリさんです。目が覚めるようなことばで瀧波さんが観客に訴えていたのは、夫婦間におけるモヤモヤについて。
瀧波ユカリさん
「熱を出して妻が寝ている時に夫が「俺の飯はいいよ。外で食ってくるから」という話を聞きますよね。でも「俺の飯のことなんて今どうでもいいんだよ、私の飯はどうなるの」って思いますよね」
瀧波さんがこのようなモヤモヤを発信し始めたのは、結婚後子どもが生まれてからでした。
東京の大学を卒業後、漫画家になり自らの力で道を切り開いてきた瀧波さん。しかし出産をしたとたん、「瀧波ユカリ」としてではなく、ただの母親としてだけ見られる場面に度々直面するようになったのです。子どもが体調を崩し、夫が病院に連れて行くと「お母さんは?」と聞かれたり、自分の名前ではなく「○○ちゃんママ」と呼ばれたりするなど、社会からの“母親”の押しつけを感じたといいます。
そんな経験を経て生まれた作品が現在連載中の「わたしたちは無痛恋愛がしたい」。フェミニズムとコミュニケーションをテーマに描かれており、「ひとりの人間」として対等に扱われないときに心が感じるモヤモヤ、傷つきのことを“痛み”と表現しています。作中では、妻や母としての役割ばかり重視され、ひとりの人間として存在できず苦しむ登場人物も。
言語化をすることで、見過ごされてきた“痛み”を取り除きたい。そんな瀧波さんのメッセージは女性たちを中心に広く共感をよび、やがて全国各地のイベントに招かれるようになったのです。
今回の札幌でのイベントには、並々ならぬ思い入れがありました。北海道はジェンダーギャップ指数が行政・教育・経済の3分野で全国最下位。その現状を変えたいという、地元の女性たちの強い想いを受け取っていたからです。
瀧波さんを招いたのは、札幌市出身の岡山ひろみさんです。2017年に東京からUターンした岡山さん。帰ってきて感じたのは、最前線に立つ人たちの年長男性の多さでした。その後も、子育てをしながら働いていた友人がフルタイムではなくパートとして働くよう提案された話を聞くなど、大きな危機感を抱いていたそう。瀧波さんのことばを聞いてもらい、この問題に気づき、生きやすくなる地元の人たちを増やしたいという思いがありました。
瀧波ユカリさん
「北海道の女性は強い、ちょっと言葉が足りない、北海道の人は我慢強い。自分を押し殺したりするのがうまくなってしまっている。個人としての自分がなくなってしまう。たとえば、自分の名前を呼ばれる機会がない。お母さん、なんとかちゃんママとか。役割をずっと押し付けられる。それは“痛み”って言葉で言い表していいことだと思うんですよね」
瀧波さんのことばを聞き、何度もうなずく参加者たち。これまで胸の奥にしまっていた“痛み”が可視化され、一人ひとりがこれからどうしていけばいいのか考え始めます。
会場には男性たちの姿も。女性たちの“痛み”を知った男性は何ができるのか。瀧波さんの答えはとてもシンプルなものでした。
瀧波ユカリさん
「目の前にいる相手を対等の存在だと思うことじゃないですか?
“女性は”と考えてしまっている人たちが変わることによって、ひとりの人間としてだれとでも接するようになるだけでも全然違うんじゃないかなと思いますね」
講演が終わると、瀧波さんのもとへ次々と参加者たちがお礼を伝えに集まります。瀧波さんのことばが、一人ひとりを勇気づけたように見えました。
瀧波ユカリさん
「ちゃんと受け止めて聞いてもらえているなと伝わっている感じがしました/ちゃんと最後まで男性の方も座って耳を傾けて聞いてくれて、それは意外でした。意外だし、嬉しかったですね」
社会のなかで“痛み”を感じているのは、女性だけでなく子どもたちも同様です。瀧波さんは翌日、高校の養護教諭の先生たちに招かれ“子どもの痛み”について話しました。
瀧波ユカリさん
「女性は男性から選ばれるものであるという受動的な役割意識は深く浸透していて、依然として女の子たちを苦しめていると思います。モテを気にして、容姿という価値基準に過剰に囚われる傾向が強くなっていると思います。男も女も関係ないと言われながら女らしくしないと眉をひそめられる」
一方で、男性には男性の役割があるといいます。男性同士のコミュニティーの多くでは“思いやり”よりも“強さ”が善とされ、男らしさから外れた言動をすると学校でからかわれてしまうことも。そうしたコミュニティーの中で生きていくために、自分を男としてチューニングしなくてはいけません。
世間では“男女平等”といわれながらも、学校では「女らしさ」や「男らしさ」という役割を意識しなければならない。矛盾する2つの規範を押しつけられ混乱させられているのが、現代の高校生たちだったのです。
子どもたちの“痛み”を知った大人たちへ、瀧波さんが出した“宿題”は、こうした日本の現状や社会の仕組みを「ことばにして伝えていくこと」でした。
瀧波ユカリさん
「女の子の痛み、男の子の痛み、それぞれがそれぞれの形で抑圧されて、ないことにされてしまうという問題に対して、さまざまな立場で、さまざまな働きかけができると思います。その中の1つとして、私がやっていきたいこと、そしてみなさんにもおすすめしたいことは、全部ことばにして伝えていくということです。隠されているものは全部言葉にしてしまおう。そして伝えていこうということですね」
講演後、ある参加者は自分の子どもに対して話す決意をしていました。
参加者
「息子が男子校に入ってから、どんどんだらしなくなっているのが気になっていて。ただもう面倒くさいから何かこういう人なのかなと思って見逃していた部分もあったけれども、『将来、ジェンダー的な役割の中で、“男性”として生きるような人になってほしくない』という思いを伝えながら、そういう態度を直してほしいと言う方法があるなと思って。やってみようと思いますね」
小さくても風穴があけば、“痛み”のない社会へきっとつながる。そう信じて、瀧波さんは全国各地に足を運び続けます。
瀧波ユカリさん
「繰り返し、痛みがあるんだよと伝えていくことが大事で、それがいつ、どんな風によい効果が出ていくかというのは、あんまり考えていなくて。知る人が増えていくことも大事だけど、その一人ひとりが知って『何かああそうだよな』『こういう痛みを私は感じていたよな』とわかることも大事。わかった上で、明日からの暮らしとか生活のなかで少し我慢していたものを自分で認めてちょっと前に進めるとか、そういうことが大事かなと思っています」
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いま、北海道では瀧波さんの言葉に背中を押されて、各地で痛みのない社会を目指そうという取り組みが生まれはじめています。みなさんの身近ではいかがでしょうか?
ぜひご意見をお寄せください。
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