なにもかも導かれている。
本来なら沖縄に行っているタイミングで体調を崩し、見る人が見たら「可哀想に…!」的な状態で熱海の自宅に伏しているが、自分に同情しないことが俺たちのプロミス。こんな時は「沖縄に行っていたら俺は死んでいた」と思い込むことで、全部をよしとする。機会を逃したのではなく、命拾いをしたのである。好きなセリフは、それを言える時が来たから言うのではなく、先に言う。そうすると、現実が追いつく。だからわたしは「面白くなってきたぜ」と先に言う。何も面白いことなんて起きてないが、言う。あとは神様に任せる。
風邪で死んでいるが、熱海の家を誰でも使えるようにフルオープンにしているため、ちょいちょい来客がある。体調不良でまともに話すこともできないが、話を聞くことくらいならできるから、横になりながら話を聞く。この家は不思議だ。来る人の大半が泣く。本人も「泣くつもりなんてなかった」と驚く。三年前、熱海の伊豆山で大規模な土石流災害が起きた。この家の隣の隣の家が流された。立入禁止区域に指定され、数ヶ月避難生活を送った。我が人生全般が避難生活みたいなものだから、特段ダメージを受けることはなかった。無事に生き残ったこの家を『奇跡の家』と呼ぶ人もいる。以後、この家の名前を奇跡の家にする。
体調不良だが食欲だけは衰えることを知らない。奇跡の家で散々泣いて毒出しも膿出しも終えてスッキリした女性A様が「うまいものを食べに行きましょう」と、定食屋に連れて行ってくれた。まともに歩くこともできなかったが、意地汚いからラーメンとカツ丼を単品で注文して爆食いした。本当に風邪なのか疑われたが、本当だ。風邪も食欲も嘘じゃない。私の体脂肪は五%だから冬場は妙に寒い。守るものがない。なんで太らないのか聞かれたが、こちらが聞きたい。多分、無駄が多いからだと思う。生き方に、無駄が多いからだ。
奇跡の家の来訪者が口を揃えて言うのが「帰ったらモノを減らそうと思います」だ。奇跡の家には最低限のモノしかない。空間全体から「迷った時は全捨離と掃除をするといいよ。正しさから自由になれる。逃げているだけじゃないかと言われても、働くことに逃げることもあれば、良識に逃げることも、一般的な生き方に逃げることもある。正しさから自由になれば、自分を忘れられる。些細なことに囚われないでいられる。常識から自由でいられる」と言われている気持ちになる。迷った時は、全捨て。全捨離。自分の代わりなんて、いくらでもいる。自分が頑張ることをやめると、周囲の人間が次から次へと自立する。自分がやらねば誰がやる、の答えは「誰かがやる」である。
「面白くなってきたぜ!」とか「そうこなくっちゃ!」とか言いたい。沖縄に行けなかった悲しみを「沖縄に行けなかったおかげで◯◯に会えた」に塗り替えたい。この◯◯の部分に、あなたの名前を刻みたい。引き続き、わたしは奇跡の家でぶっ倒れているだろう。今後の予定は全部流れた。この家の玄関には、出し入れ自由の財布が置いてある。お金に余裕のある人はお金をダンク、お金に余裕のない人は財布のお金を使ってOK。誤解されると困るが、奇跡の家は慈善事業ではない。家主である坂爪圭吾(わたし)が、ただ、面白い目に遭いたいからやっているだけの空間だ。飽きたらやめるし、破壊されたら終わる。家に鍵をかけるより、フルオープンにしていたほうが面白い目に遭えるだろうという、それだけの理由でやっている。いいことも悪いことも、全部来い。俺は幸せを諦めた。幸せの代わりに、喜びを求める。
おおまかな予定
11月16日(土)静岡県熱海市界隈
以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)
連絡先・坂爪圭吾
LINE ID ibaya
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE https://tinyurl.com/2y6ch66z
バッチ来い人類!うおおおおお〜!



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