自衛官の卵たち、規律の中の青春 「陸上自衛隊高等工科学校」という選択【解説委員室から】

 中学卒業後の進路は、人生の大きな選択となる。幸福は人それぞれだが、安定した職業に就くというのは大きな要素だ。神奈川県横須賀市の陸上自衛隊高等工科学校(富崎隆志校長)は、中学卒業後の高校段階で、戦車や通信機器などの陸上自衛隊の整備や運用を担う将来の自衛官を養成する機関だ。防衛大学校に進学する者も毎年おり、高校と大学の7年間を教育費ゼロで過ごすことも可能だ。

 ただし、15歳で将来の職業を決めるのは容易ではない。また、自衛官という危険を伴う職業は誰にでも薦められるものでもない。しかし「自衛官になりたい」「早く自立したい」という覚悟があれば、選択肢の一つになるだろう。

 今回、同校を訪れる機会を得て生徒の日常や将来の目標に触れることができた。読者の参考になれば幸いである。(時事通信解説委員 内部学)

【目次】
 ◇規律ある生活
 ◇2年から射撃や戦闘訓練も

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規律ある生活

 現在の高等工科学校では17歳未満の男子のみを募集、そして全寮制だ。生徒は、特別職国家公務員に位置付けられ、3年間で普通科高校と同じ一般教育、工業高校に準ずる専門教育、陸上自衛官として必要な防衛教養や各種訓練を行う「防衛基礎学」を学ぶ。卒業後は陸士長に任官、1年間の生徒陸曹候補生課程を経て、3等陸曹として部隊に配属される。その他、1学年定員350人のうち、防大には毎年9~17人、航空学生には6~20人が進学している。いずれも高等工科学校の生徒だからといって優遇されるわけではない。一般高校生と同じ基準で選考されるそうだ。

 生徒の一日は、午前6時の起床ラッパで始まる。点呼、体操、ベッドの片付け、清掃を慌ただしくこなす。6時45分から朝食を取り、朝礼、国旗掲揚後、8時30分から午前中4こまの授業を受ける。正午から午後1時までは昼食と休憩。午後も1~3こまの授業に出て、その後は特別活動(クラブ活動)を行う。特定クラブ(吹奏楽など4クラブ)、体育クラブ(サッカーなど19クラブ)、文化クラブ(英会話など12クラブ)があり、1年は特定クラブ一つか、体育、文化両方のクラブ一つずつに入らなければならない。2年からは、体育クラブに専念したい場合は文化クラブを退部できるが、3年まで両方に所属する生徒もいる。午後6時からは夕食と入浴、午後7時以降は洗濯や自習時間などに充てられ、午後10時に清掃と点呼、10時30分に消灯という、規律ある生活を送る。

 掃除、洗濯、アイロンがけなど身の回りのことはすべて自分でしなければならない。携帯電話の所持は1年の冬休みまで禁止だが、それ以降は使える。ただし、無線通信「Wi─Fi(ワイファイ)」は整備されていない。土曜と日曜、祝日は休みで、年末年始休暇などがあり、許可を得られれば外出できる。ただし、1年は外出する際も制服着用が義務付けられている。

 毎月約10万円の生徒手当と年2回のボーナスが支給され、衣食住のほとんどすべてを自衛隊が負担している。生徒は自ら月の出費を制限しており、大半を貯蓄に回しているという。

 社会性と即応性が求められ、整理整頓と時間厳守が徹底されている。同学年の6~7人が一つの部屋で生活するのだが、すべての持ち物を決められた場所に置いている。どの生徒もベッドやロッカーなどすべて同じように片付けている。

 思春期の男子だけにたまに小競り合いもあるが、同じ部屋でずっと生活しなければならず、誰かが仲を取り持つようになるという。かつては、〝厳しい指導〟もあったようだが、今はすぐに報告されることからほぼなくなったそうだ。

 同校入校と同時に、県立横浜修悠館高校(通信制)にも入学するため、卒業と同時に高校卒業の資格を得られる。英語や数学など一般教育を担当する防衛教官は、全員が教員免許状を取得している。専門教育と防衛基礎学は、現役自衛隊員が受け持つ。学校には看護師やメンタルヘルス(精神保健)を受け持つ自衛官が常駐し、駐屯地内には医師もいて、生徒の健康状態には常に気を使っている。

2年から射撃や戦闘訓練も

 3年になると、教養、理数、国際、システム・サイバーの4専修コースに分かれる。システム・サイバー専修コースは21年度にスタートした。23年度からは「AI(人工知能)・ロボティクス専修コース」も設置される。これは、装備品の無人化に対応する人材養成のためのものだ。

 防衛基礎学は、これぞ陸上自衛隊というもの。1年では基礎的な行進など自衛官としての意識付けに重点を置いている。2年からは1人1丁銃を持ち、射撃や戦闘訓練を経験する。3年になると、演習場で野外勤務訓練をするなど、総合的な戦闘訓練に参加する。この訓練を経ると、生徒はかなり成長するという。

 生徒はここでの生活をどのように感じているのか。3年の松本羽響(うきょう)さんと2年の小林蓮太郎さんに話を聞いた。北海道旭川市出身の松本さんは「自衛官の父に憧れて」入校したそうだ。入校当時は身の回りのことを自分でして「親のありがたみが分かった」という。銃剣道部と茶道部に所属し、システム・サイバー専修コースで学ぶ。埼玉県東松山市出身の小林さんは「災害派遣の様子を報道で見て関わりたい」と思い、門をたたいた。防大進学を希望している。休日は、松本さんは横須賀市内で友人と映画や食事を楽しみ、小林さんはスマートフォンでドラマを鑑賞している。帰省は2人とも年2回程度。学校生活について印象を聞くと「普通の高校では学べないことを学べる」と口をそろえた。

 入学試験は、推薦と一般の2種類。一般試験を見ると、記述試験(英語、国語、数学、理科、社会、作文)は高校の入試内容と同じで、自衛隊特有の課題はない。中程度の普通科並みの難易度だが、入校時の生徒の学力レベルはかなり差があるという。また、口述試験と身体検査があり、特に、身長や色覚などの基準を満たさなければならない。都道府県ごとに設置されている自衛隊地方協力本部を通じて受験する方式で、最近は推薦が2~3倍程度、一般が6~7倍程度の倍率となっている。22年12月に閣議決定された「防衛力整備計画」で、高等工科学校の各自衛隊による共同化と男女共学化が示された。具体的な内容は明らかになっていないが、選択肢の幅は広がりそうだ。

 前身の少年工科学校の卒業生でもある富崎校長は「親元を離れて他人と24時間一緒に過ごすのはきつく、つらい3年間だった。やめることも考えた」と振り返るが、「ここの同期は格別。一生の宝」とも語る。

 卒業して任官しない生徒を含めると、3年間で約30人が去る厳しい環境。また、寮の老朽化や授業でのパソコンの不足など、環境面の不備も目立つ。

 入校するのに当たっては、ぜひオープンスクールに参加して体験してほしい。それができなければ地方協力本部で納得がいくまで質問した上で、親子とも覚悟を決める必要がある。

(2023年3月5日掲載)

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