第一村人発見
さあ、初めての異世界人です。
かなり強い風の音が聞こえるのに、俺は髪すら揺らすことなく大地を見下ろしていた。
足元には翼を広げた10メートルほどの大きさの黒い龍がいる。獣人の中での最強種族である龍人のラグレイトだ。龍の姿になれるような種族の割に、ラグレイトが人の姿になると中学生くらいに見える小柄美少年だったりする。
ラグレイトは飛びながら背中に乗る俺たちの周りだけ風を遮る魔法を使ってくれている。
俺は空気を切り裂くように空を飛ぶラグレイトの上から、眼下に広がる森林が切れるのを確認した。
「…草原はあるが、人里は見当たらないな」
俺がそう独りごちると、手分けして辺りを見ていたメンバーの1人が近づいてきた。
「こっちも何も無いよ、大将」
どこか軽い雰囲気でそんなことを言ってきたのはかなり背の高い女性だった。高身長に作った俺よりも更に頭一つ大きく、胸もかなりのボリュームを誇るダークエルフのセディアだ。エルフのはずなのに色々でかいうえに服装は黒を基調とした金属製の軽鎧というギャップが特徴である。
「お前の目でも見つからないか…」
俺は溜息混じりにそう呟いて顔を上げた。
「まぁ、そんな気を落とすなよ、大将。まだ多分10キロ程度しか来てないだろ?」
セディアは俺にそう言うと快活に笑って俺の背中を叩いた。
おぉ、こいつが一番物怖じしない性格だったか。背中がちょっと痛いが、今は遠慮しないセディアの性格に救われるな。
「まあ、それはそうか。木材では無く、馬を使った狩りをする村とかなら草原の真っ只中にあるかもな。近くに水源があれば農村もあるだろうが」
俺が何と無くそう言うと、セディアは顎を指で触りながら何度か頷く。
「お、流石は大将。確かに、言ったそばから村が見えてきたぞ」
「なに?」
感嘆の声をあげるセディアに、俺は驚いて目を大地に向けた。すると、右斜め前方に村らしきものが見える。
草原の中、20か30程度の民家と、それを囲むように木組みの柵が建て付けられている。
問題は、その村の奥に甲冑を着た人影が何十と並んでいることだ。
「様子がおかしいですね」
村の様子を観察していた俺とセディアの斜め後ろからエレノアがそう口にした。
「とりあえず、見つかる前に降りて偵察するとしよう。ラグレイト、降りてくれ」
俺がそう言うと黒い龍は小さく唸ってすぐに降下を始めた。まだ村まではかなり遠い。
地面に降り立ち、俺たちがラグレイトの背中から下りるとラグレイトの体が淡く光って徐々に小さくなった。
見る見る間に龍の姿はなくなり、そこには金髪赤目の皮の服に身を包んだ少年の姿が現れた。
「ふう。やっぱ最近はこの体ばっかりだったから違和感があるね」
「ラグレイト、お疲れ」
そう言ってラグレイトが体を伸ばしていると、ラグレイトと同じく中学生くらいに見える短めの金髪を揺らす少女が近づいてそう労った。
見方によっては兄弟に見えなくもないが、少女はエルフ族である。小柄な体を白いローブで包んだハイエルフ、サニーだ。
「助かったぞ、ラグレイト。降りてすぐに悪いが、あの村まで歩いて行くぞ。いいか?」
俺が2人の方を向いてそう言うと、ラグレイトは優雅に頭を下げて礼をしてみせた。
「もちろんです、我が主。むしろ、僕は皆に自慢しますよ。主を背中にのせ空を駆けたと」
ラグレイトはそう言って見た目に似合った照れ笑いを浮かべた。サニーは隣でそれを羨ましそうに見つめ、俺を見た。
「マスター、私もマスターを乗せて運びたい」
何言ってんだ、おまえ。
「何言ってんだ、おまえ」
「はぅ…申し訳ない。調子に乗ってしまった…」
突拍子のないサニーの台詞に思わず思っていたことが口に出てしまっていたのか、サニーは頬を染めて俯いてしまった。
ラグレイトはサニーを横目に見て呆れた顔をしている。
「あ〜…とりあえず、周囲警戒しながらついて来てくれ」
俺は全員に向かってそう告げると村の方向へ歩き出した。
村まではまだそれなりに距離がある。走るべきか。
俺がそんなことを思っていると、金属の擦れる音をさせながら俺の斜め後ろからふわりとした赤い髪の女性が顔を出した。
透明なフリルがついた白いジレと、スカート部分が外に広がるような形状の赤いチュチュを身に纏ったヒト族であるヴェロッサだ。
「ボス、良かったら私が踊ろうか?」
様々な補助スキルを持つ踊り子という職業のヴェロッサにそう聞かれ、俺は身体強化のスキルなら移動速度も上がることを思い出した。
「そうだな。だが、出来るだけ目立たないように移動するぞ。直接ぶつからない限りはモンスターとの戦闘も極力避けるように」
俺がそう言って歩みを止めると、ヴェロッサが早速その場で手足を揺らして一度体を横に回転させ、ふわりと一礼した。
魔力が必要ないお得なスキルを持つ踊り子だが、戦闘中であろうと最低でも数秒踊る時間をとられるのが短所である。
ふと、体が浮かぶように軽くなる感覚を覚えた。現実にファンタジーの世界を味わい気分が高揚するが、逆にこれが夢ではないのだと改めて思い知った心地にもなった。
「よし、向かうとしよう」
俺は気持ちを切り替えると、村に向けて地を蹴って走り出した。
一蹴り二蹴りと地面を蹴っていくだけで、まるで車かバイクにでも乗っているかのようにぐんぐん加速し、草原の短い草が見る見る間に背後へ流れていく。
走りながら後ろを確認すると、周囲に目を向けながらもピタリと後をついてくるメンバーの姿があった。
身体強化のおかげで僅か1分もかかることなく、俺たちは村を囲む柵の前に並ぶことが出来た。
丸太を組んだような作りの柵を見回したが、どうやらこちらには出入り口らしきものは無いようである。
柵を飛び越えて村に浸入すると間違いなく敵と判断されると思い、俺たちは村をぐるりと回り込んで村の正面と思われる反対側へ出ることにした。
柵の影に身を隠し、俺たちは村の前に陣取る甲冑を着込んだ集団の様子を窺った。
「早く出しゃあ良いのになぁ」
「全くだ。どう考えても勝ち目も無いし助けも来ないだろうよ」
「違い無い! はっはっは!」
使い古された甲冑を纏い手に剣やら槍やらを持って武装した男達が品の無い顔つきで笑い合っていた。
やはり、村に対して有難い存在には見えそうも無い。
こいつらを追っ払ってしまえば、村の住人と良好な関係を築けるだろうか。
俺がそんなことを画策していると、村の方から複数の人影が現れた。
大柄な男が2人と小柄な少女が1人だ。
男は2人とも野暮ったい鎧と盾、そして両刃の剣を持っている。
少女は16、17くらいに見える女の子だ。ハッキリとした顔立ちだがどこか幼く見える。紺色の髪を結っており、服は革の服の上に黒いローブを着ていた。手には金属製の杖を持っている。
少女は男達の間に立つと、甲冑の集団に向けて声をあげた。
「あなた方に差し出すものはこの村にはありません! 諦めて帰ってください!」
少女が思いの外大きな声でそう叫ぶと、甲冑の集団から下卑た笑い声が聞こえてきた。
「お嬢ちゃんを差し出しに来たのかと思ったぜ!」
「ぶははは! そりゃあ良い! 順番だぞ!」
「まさか女は1人だとか言わねぇよな⁉︎ 小娘1人じゃ1日経っても回ってこねぇじゃねぇか!」
甲冑の集団から口々にそんな下らない言葉を投げつけられ、少女と左右の男は体を強張らせた。
少女は意を決したように一歩前に出ると、小さく口を動かして杖を掲げた。
「っ! 詠唱させるな!」
少女の行動に慌てたように甲冑の集団の中からそんな声があがり、少女に向かって何人かの男達が走り出した。更に矢と石も連続して少女に飛来する。
「防ぐぞ!」
「おう!」
飛び道具を避けようともしない少女の代わりに左右の男2人が盾を構えて少女を庇った。
金属音と鈍い打撃音が連続して響き、2人の男のうち片方の男が地面に膝を着いた。
「今だっ! やれぇ!」
途端、甲冑の男達が色めき立つ。
だが、少女に迫る甲冑の手よりも少女の行動の方が、僅かに早かった。
「水よ!併せて流れよ!」
少女がそう叫ぶと、少女の前に薄っすらと半透明の青い壁のようなものが現れた。少女を庇っていた男2人も転がるように少女の前から離れる。
次の瞬間、少女のすぐ傍まで来ていた甲冑の男3人が津波のような水流に流された。
少女の呼び起こした津波は瞬く間に甲冑の集団の中心に向かって迫り、甲冑の集団の半数近くを巻き込んで押し流した。
「…ふむ、あれがこの世界の魔術ならなかなかじゃないか? どれくらいの強さに感じる?」
初めて異世界の魔術を目撃した俺は誰にともなくそう尋ねた。
「はい。詠唱に時間がかかり過ぎていましたが、魔術の威力、規模に関しては中級の水系魔術、フラッドレイン程度かと思います」
「あれくらいの魔術じゃ常時結界も破れない」
「いやいや、あの女の子がまだ魔術を学び始めて1、2年とかなら凄いんじゃない」
「しかし、この村にはアレ以上の魔術士がいないからあの子が出張ってるんだろ?」
「小さいのに偉いねぇ」
「そういう話じゃねぇよ」
少し意見を聞こうと思ったら全員が好き勝手な感想を述べ出した。
随分と緊張感の温度差があるなと思いながら、俺は少女達に向き直った。
甲冑の集団は人数を大きく減らしてしまったが、いまだ戦意は残っているらしく怒鳴り声を張り上げて少女達に吶喊してきている。
そして、少女の方は肩を激しく上下させながら地面に座り込んでしまい、護衛のはずの2人の男はまだ立つこともままならない。
俺はその光景に溜め息を吐くと、背後に控える部下達に声をかけた。
「あれくらいなら問題無いだろう。エレノア、蹴散らしてこい。甲冑を着た男共だけだ。後はラグレイトとサニー、あの女の子を保護。護衛の治療をしてやれ。残りは俺と来い」
俺はそう指示して乱戦の現場へと足を向けた。
次の瞬間には、かなりの重量になるはずの甲冑を着た男たちがボーリングのピンのように弾き飛ばされていた。
やっと話が進み出した気がしますね。
気のせいじゃないですよね。