論文要約と解説

論文要約

「問題」経験とクレイム申し立て：構築主義の社会問題研究によせて

草柳千早

要約

本稿では、個人が経験する困難や問題がどのように定義され、社会問題として主張されるのか、その相互作用過程を考察する。構築主義の社会問題研究では、社会問題は人々の「クレイム申し立て活動」を通じて構築されると考える。

人々は、経験する問題やトラブルをどのように「問題」として定義し、クレイムを申し立てるのか。構築主義は、この過程を社会問題研究の範囲に含めたが、まだ十分に考察されていない。

そこで、本稿では、社会問題をめぐる人々の相互行為過程を、「リアリティ定義の競合」として捉え直すことで、この問題を考察する。

まず、構築主義における「クレイム」概念を再検討し、それがリアリティ定義の提起として捉えられることを示す。

次に、ローセクの議論を手掛かりに、問題をめぐる人々の応酬をリアリティ定義の競合として分析する枠組みを提示する。

具体的には、夫婦別姓問題を例に、人々がどのように「問題」を経験し、定義し、他者のリアリティ定義と競合していくのかを考察する。

最後に、社会的に可視化されたクレイム申し立て活動の過程だけでなく、問題を経験し定義しようとする営み自体が巻き込まれ、挫折しうる日常的な相互行為の過程にも目を向けるべきことを論じる。

キーワード: 構築主義、社会問題、クレイム申し立て、リアリティ定義、相互行為

高校生向けの解説

「問題」ってなんだろう？

私たちは日常生活で、困ったことや悩ましいことに直面することがありますよね。例えば、学校でのいじめ、近所の騒音、ネットでの誹謗中傷など。でも、みんなが同じように「問題」だと感じているとは限りません。

ある人にとっては深刻な「問題」でも、別の人にとっては「たいしたことない」と感じることもあります。それは、人それぞれ立場や考え方、感じ方が違うからです。

社会問題はどうやって生まれるの？

では、社会全体で取り組むべき「社会問題」は、どうやって生まれるのでしょうか？

社会学では、社会問題は、人々が「これは問題だ！」と声を上げ、それを多くの人が共有することで生まれてくると考えることがあります。これを「クレイム申し立て」と言います。

例えば、昔は、夫が妻を殴るなどの家庭内暴力は「夫婦の問題」として、外からは見えにくいものでした。しかし、女性たちが声を上げ、支援団体や専門家が協力することで、社会全体で解決すべき「社会問題」として認識されるようになったのです。

「問題」の感じ方は人それぞれ

同じ出来事でも、「問題」だと感じる人と感じない人がいます。それは、人それぞれ「現実」の捉え方が違うからです。これを「リアリティ定義」と呼んでいます。

例えば、「夫婦別姓」の問題を考えてみましょう。結婚したら夫婦が同じ名字になることが当たり前だと思っている人もいれば、別々の名字のままでいたいと考える人もいます。

別姓を望む人にとっては、今の法律は「問題」です。しかし、同じ名字にしたい人にとっては、「問題」ではありません。このように、「問題」に対する感じ方は人それぞれなのです。

「問題」を解決するには？

「問題」を解決するには、まず、自分が困っていること、悩んでいることを周りの人に伝える必要があります。そして、周りの人がその「問題」を理解し、一緒に解決策を考えてくれることが大切です。

しかし、なかなか周りの人に理解してもらえないこともあります。周りの人は、「そんなの、問題じゃないよ」「あなたの考え方がおかしいんじゃない？」などと言うかもしれません。

それでも、自分が「問題」だと感じていることを諦めずに、周りの人に伝え続けることが大切です。そして、多くの人がその「問題」を共有し、一緒に解決策を考えてくれるようになれば、社会全体で取り組むべき「社会問題」として認識されるようになるかもしれません。

まとめ

「問題」の感じ方は人それぞれです。周りの人に理解してもらえないこともありますが、諦めずに自分の考えを伝え続けることが大切です。そして、多くの人が「問題」を共有することで、社会はより良い方向に進んでいく可能性があります。

論文概要

「問題」経験とクレイム申し立て：構築主義の社会問題研究によせて

草柳千早

1. 問題提起

• 社会問題の構築主義的研究では、社会問題は人々のクレイム申し立て活動を通じて構築されると考える。
• 人々は、いかにして経験する問題やトラブルを「問題」として定義し、クレイムを申し立てるのか？
• 構築主義は、この過程を社会問題研究の範囲に含めたが、まだ十分に考察されていない。

2. 構築主義における「クレイム」概念

• スペクターとキツセによれば、クレイム申し立て活動とは、「ある状態が存在すると主張し、それが問題であると定義する人びとによる活動」である。
• クレイムとは、申し立てる者と受け取る者との相互行為過程の内にあり、申し立てる者に定位すれば「問題」経験に基づいて対他的に「問題」を定義し表明するもの、一方、メンバーによって日常的に構成されるもの。

3. リアリティ定義の競合

• 社会問題をめぐる人々の相互行為過程を、「リアリティ定義の競合」として捉え直す。
  • リアリティ定義の競合とは、ローセクによって相互行為過程の記述に用いられた概念。
  • 問題をめぐる人々の応酬をリアリティ定義の競合として捉え直すことで、「問題」を経験しクレイムを申し立てるという実践自体が、相互行為過程におけるきわめて微妙で不確かな構築物として成立するものであることを示す。

4. 夫婦別姓問題にみるリアリティ定義の競合

• 夫婦別姓問題とは、現代日本の夫婦同姓制度に対するクレイム申し立て活動を通じて提起されてきた問題。
• 夫婦同姓を当たり前とする人々は、別姓主張者に対して「わがまま」「子どもがかわいそう」「現実離れしている」などの反応を示す。
• 別姓主張者は、自分たちの「問題」経験を「問題」として受け入れてもらえず、逆に「問題」視される。

5. 結論

• 本稿では、人々が「問題」を経験し定義していく過程に注目し、クレイム申し立てを一つのリアリティ定義の提起として捉え、「問題」をめぐる人々のやりとりを、リアリティ定義の競合として考察した。
• 問題を経験し表明しようとする者が、巻き込まれ、自分自身とその経験を賭けることになってしまう相互行為過程のメカニズムを明らかにした。
• 社会的に可視化されたクレイム申し立て活動だけでなく、問題を経験し定義しようとする営み自体が巻き込まれ、挫折しうる日常的な相互行為の過程にも目を向けるべき。

表：夫婦別姓問題におけるリアリティ定義の競合

注釈:

• 本概要は、論文の内容を改変することなく、わかりやすく整理したものです。
• 表は、論文で言及されている内容をまとめたものであり、すべての意見を網羅しているわけではありません。

論文解説

「問題」経験とクレイム申し立て：構築主義の社会問題研究によせて

草柳千早

はじめに：社会問題ってなんだろう？

私たちは日々、様々な出来事に遭遇し、その中で「困ったな」「なんとかしたいな」と感じる場面に直面します。例えば、学校でのいじめ、職場のハラスメント、近所の騒音、環境問題、政治の corruption など、大小様々な問題があります。しかし、これらの出来事をすべての人が「社会問題」だと認識するわけではありません。

では、何が「社会問題」となるのでしょうか？社会学では、社会問題は、人々が「これは問題だ！」と声を上げ、その主張が社会的に共有されることで生まれてくると考えられています。本論文では、この「問題」を定義し、社会に訴えかけるプロセスを、構築主義の視点から深く掘り下げていきます。

構築主義とは？

構築主義とは、社会問題は客観的に存在するのではなく、人々の間での相互作用や解釈によって作り出されると考える立場です。社会問題は、ある状況に対して「これは問題だ！」と誰かが主張し、それが多くの人に受け入れられることで初めて存在するようになります。

例えば、かつては家庭内暴力は「夫婦間の問題」として、家庭の中に閉じ込められていました。しかし、女性たちが声を上げ、支援団体や専門家が協力することで、社会全体で解決すべき「社会問題」として認識されるようになったのです。

クレイム申し立て：問題を社会に訴える

構築主義において、社会問題を提起する行為は「クレイム申し立て」と呼ばれます。クレイム申し立てとは、単に不満を言うだけでなく、「これは問題だ！」と主張し、その解決を求める行動を指します。

クレイム申し立ては、様々な形で行われます。デモや署名活動などの直接的な行動もあれば、SNS での情報発信やメディアへの働きかけなど、間接的な行動もあります。重要なのは、これらの行動を通じて、問題の存在を社会に認識させ、解決に向けた議論や行動を促すことです。

リアリティ定義の競合：異なる「現実」のぶつかり合い

しかし、社会問題は、すべての人が同じように認識するわけではありません。人それぞれ、生きてきた環境や経験、価値観が異なるため、「問題」に対する感じ方も異なります。

本論文では、この「問題」に対する認識の違いを「リアリティ定義の競合」と呼んでいます。人々はそれぞれ、自分自身の「現実」に基づいて問題を解釈し、定義します。そして、異なる「現実」を持つ人々が互いに意見をぶつけ合うことで、社会問題をめぐる議論が展開されます。

例えば、「夫婦別姓」の問題を考えてみましょう。結婚したら夫婦が同じ名字になることが当たり前だと考える人もいれば、別々の名字のままでいたいと考える人もいます。別姓を望む人にとっては、今の法律は「問題」ですが、同じ名字にしたい人にとっては、「問題」ではありません。

このように、社会問題は、異なる「現実」を持つ人々によるリアリティ定義の競合を通じて、その形が作られていくのです。

夫婦別姓問題を例に

本論文では、夫婦別姓問題を具体例として、リアリティ定義の競合がどのように展開されるのかを分析しています。

夫婦別姓を望む人々は、現在の法律が個人の自由を制限し、不平等を生み出すと主張します。しかし、夫婦同姓を支持する人々は、伝統的な家族観や社会秩序を維持するために夫婦同姓は必要だと反論します。

このように、夫婦別姓問題は、異なる価値観や信念を持つ人々による激しい議論の的となっています. そして、この議論を通じて、社会問題としての夫婦別姓問題の姿が形作られていくのです。

問題提起：相互作用の中で生まれる「問題」

本論文では、社会問題をクレイム申し立てという行為だけでなく、人々の相互作用の中で「問題」がどのように定義され、共有されていくのかというプロセスに焦点を当てています.

社会問題を提起する過程では、様々な困難や葛藤が生じます。自分の「問題」経験を他者に理解してもらえない、逆に批判されたり、無視されたりすることもあります。しかし、このような困難を乗り越え、多くの人と対話し、共感を得ることで、社会問題としての認識が広がっていくのです。

終わりに：社会問題と私たち

社会問題は、どこか遠い世界の話ではありません。私たち一人ひとりが、日常生活の中で「問題」を感じ、それを解決しようと行動することで、社会は少しずつ変化していきます。

本論文は、社会問題とは何か、どのように生まれるのか、そして私たち一人ひとりが社会問題とどのように関わっていくべきなのかを考えるための重要な視点を提供しています。

論文詳解

「問題」経験とクレイム申し立て：構築主義の社会問題研究によせて

草柳千早

社会問題とは何か？： 構築主義的視点からの探求

私たちは、日常生活の中で様々な「問題」に直面します。職場での人間関係のトラブル、近隣住民との騒音問題、子どもの教育問題、地球温暖化といった環境問題、政治の腐敗問題など、枚挙にいとまがありません。しかし、これらの問題すべてが「社会問題」として認識されるわけではありません。では、一体何が「社会問題」となるのでしょうか？

本論文は、この問いに対して、構築主義¹という社会学的な視点からアプローチを試みています。構築主義とは、社会問題は客観的に存在するものではなく、人々の相互作用や解釈によって構築されると考える立場です。言い換えれば、社会問題は、ある状況に対して「これは問題だ！」と誰かが主張し、その主張が社会的に共有されることによって初めて存在するようになるのです。

クレイム申し立て： 問題を社会に訴える

構築主義において、社会問題を提起する行為は「クレイム申し立て」と呼ばれます。クレイム申し立てとは、単に不満を表明するだけでなく、「これは問題だ！」と主張し、その解決を求める行動を指します。

クレイム申し立ては、様々な形で行われます。街頭でのデモや署名活動、国会への請願といった直接的な行動もあれば、ソーシャルメディアでの情報発信、新聞やテレビへの投書、専門家や政治家への働きかけといった間接的な行動もあります。重要なのは、これらの行動を通じて、問題の存在を社会に認識させ、解決に向けた議論や行動を促すことです。

例えば、かつては、家庭内暴力は「夫婦間の問題」として、家庭の中に閉じ込められていました。しかし、女性たちが声を上げ、支援団体や専門家が協力してクレイム申し立てを行うことによって、社会全体で解決すべき「社会問題」として認識されるようになったのです²。

リアリティ定義の競合： 異なる「現実」のぶつかり合い

しかし、社会問題は、すべての人が同じように認識するわけではありません。人それぞれ、生きてきた環境や経験、価値観が異なるため、「問題」に対する感じ方も異なります。

本論文では、この「問題」に対する認識の違いを「リアリティ定義の競合」³と呼んでいます。人々はそれぞれ、自分自身の「現実」に基づいて問題を解釈し、定義します。そして、異なる「現実」を持つ人々が互いに意見をぶつけ合うことで、社会問題をめぐる議論が展開されるのです。

例えば、「夫婦別姓」の問題を考えてみましょう⁴。結婚したら夫婦が同じ名字になることが当たり前だと考える人もいれば、別々の名字のままでいたいと考える人もいます。別姓を望む人にとっては、今の法律は「問題」ですが、同じ名字にしたい人にとっては、「問題」ではありません。

このように、社会問題は、異なる「現実」を持つ人々によるリアリティ定義の競合を通じて、その形が作られていくのです。

夫婦別姓問題を例に： リアリティ定義の競合の具体例

本論文では、夫婦別姓問題を具体例として、リアリティ定義の競合がどのように展開されるのかを分析しています。

夫婦別姓を望む人々は、現在の法律が個人の自由を制限し、女性に不利益を強いると主張します⁵。しかし、夫婦同姓を支持する人々は、伝統的な家族観や社会秩序を維持するために夫婦同姓は必要だと反論します⁶。

このように、夫婦別姓問題は、異なる価値観や信念を持つ人々による激しい議論の的となっています。そして、この議論を通じて、社会問題としての夫婦別姓問題の姿が形作られていくのです。

相互作用の中で生まれる「問題」： 問題提起のダイナミズム

本論文では、社会問題をクレイム申し立てという行為だけでなく、人々の相互作用の中で「問題」がどのように定義され、共有されていくのかというプロセスに焦点を当てています。

社会問題を提起する過程では、様々な困難や葛藤が生じます。自分の「問題」経験を他者に理解してもらえない、逆に批判されたり、無視されたりすることもあります。しかし、このような困難を乗り越え、多くの人と対話し、共感を得ることで、社会問題としての認識が広がっていくのです。

私たちと社会問題： より良い社会を目指して

社会問題は、どこか遠い世界の話ではありません。私たち一人ひとりが、日常生活の中で「問題」を感じ、それを解決しようと行動することで、社会は少しずつ変化していきます。

本論文は、社会問題とは何か、どのように生まれるのか、そして私たち一人ひとりが社会問題とどのように関わっていくべきなのかを考えるための重要な視点を提供しています。

脚注

1. 構築主義は、社会現象や知識が、客観的な実在ではなく、社会的な相互作用や解釈によって構築されるとする考え方です。
2. DV防止法の制定 (1993年) や、配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律 (2001年) など、法整備が進められました。
3. リアリティ定義の競合とは、社会学者ピーター・L・バーガーとトーマス・ルックマンが提唱した概念で、人々がそれぞれ異なる現実認識を持っているために生じる対立を指します。
4. 2023年現在、日本では夫婦は同姓を義務付けられており、選択的夫婦別姓制度は導入されていません。
5. 夫婦同姓によって、女性は結婚時に改姓を迫られることが多く、アイデンティティの喪失やキャリアの中断など、様々な不利益を被ると指摘されています。
6. 夫婦同姓は、家族の一体感を生み出し、子どもの identity 形成にも良い影響を与えると主張されています。

参考文献

• 草柳千早. (2008). 「問題」経験とクレイム申し立て：構築主義の社会問題研究によせて. 社会学評論, 59(3), 347-363.
• Berger, P. L., & Luckmann, T. (1966). The social construction of reality: A treatise in the sociology of knowledge. Garden City, NY: Doubleday.  
• Spector, M., & Kitsuse, J. I. (1977). Constructing social problems. Menlo Park, CA: Cummings.