異世界転移
ついに異世界へ。
でもまだ引き篭もってます。
すみません。
近くに誰かいる気がする。
半分寝てる頭でも何となくそんな気配を感じた。
「あの、ご主人様…?」
少し怯えを含んだような低く澄んだ女性の声がした。
「はい…? ん? え、なに?」
寝惚けた頭で生返事を返したが、ふと自分が一人暮らしであることを思い出して顔をあげた。
「あ、良かった」
そんな声が鼓膜を震わせたが、俺の頭には全く響かなかった。
目の前には俺の作り上げたキャラクターであるエレノアがいた。
問題はそこではない。俺が絶句している理由は、エレノアが表情豊かに、まるで本物の人間のように安堵の息を吐いていたからだ。
「お眠りになっていたのですね。起こしてしまい、申し訳ありません」
驚いて目を瞬かせている俺をよそに、エレノアはそんな言葉を発した。
「え? え? 新しいバージョンにアップデートした? いつの間に…いや、それよりも何だこの高機能…」
俺は頭を下げるエレノアの頭頂部を見ながら混乱の真っ只中にいた。
なにせ、エインヘリヤル内でのキャラクターは基本的に表情の変化が無い。あるのはイベントキャラクターなどのゲーム会社側が用意したキャラクターのみである。
台詞にしても、一定条件を満たした際にプレイヤーが決めた台詞を喋る程度のはずだ。
「…すみません、ご主人様。無知な私をお許しください…アップデートとは何でしょうか?」
「また喋った…」
「あ、も、申し訳ありません! 勝手に発言してはいけない場であることにも気が付かず…!」
「焦って声が大きくなっただと…まさか、そんな馬鹿な…」
俺は慌てふためくエレノアの姿に眉根を寄せた。
急にゲームが進化し過ぎだ。
一体何が起きている。
俺とエレノアが取り乱していると、不意に和室のドアが開いた。
「あ、エレノア。マスターは?」
顔を出したのは5番目に作ったキャラクターであるドワーフの少女、ミラだった。
ミラは140センチに届かないほど低身長なのが特徴の可愛らしい少女である。少し暗めの肌に黒い髪、黒い瞳の大きな目、そしてその細身の身体のせいで完全に小学生にしか見えない。
「あ、ミラ。マスターはお休みなさっておいでで…」
ミラの声を聞き、エレノアはあたふたと背後を振り返ってミラを見た。
「あっ、ご、ごめんなさい、マスター」
エレノアが動いたお陰で俺がいることに気がついたのか、ミラは初めて俺の顔を見て慌て始めた。
「いや、別に良いけど…よし、二人ともそこに座ってくれ」
俺は部屋から出ようとするミラと、また頭を下げようとしているエレノアにそう声を掛けた。
「「え」」
何故か俺の言葉に固まった二人を見て、俺はテーブルの反対側を指差した。
二人は俺の指先からテーブル、そして俺の顔を順番に見てから表情を引き締め、意を決したように俺の対面に並んで座った。
酷く緊張している二人を見て、逆に俺は何故こんなに怖がられているのか冷静な頭で考えた。
いや、そもそも、何故俺が作ったキャラクターなのに二人は俺を恐れるような態度をとるのか。
キャラクターメイキングにそんな設定は無い。裏設定みたいなものを好きにかけるサービスはあったが、二人とも強敵相手に自分から攻めるような強気な性格にしていたはずだ。
俺は内心で頭を捻りながらも、背筋が棒のように伸びた二人を見つめて口を開いた。
「二人に質問をしたいんだが、良いか?」
「「は、はい!」」
俺は何度も首を縦に振る二人を見て眉根を寄せつつ質問をする。
「自分の名前、年齢、種族を言えるか?」
俺がそう聞くと、二人は一度顔を見合わせて停止し、また俺に向き直った。
「エレノア、20歳、ハイヒューマン、です」
「ミラ、17歳、ダークドワーフです」
「ふむ、定型文か? なら、二人の趣味でも聞こうか」
俺がそう尋ねると二人は目を丸くして目を瞬かせた。
答えられないだろう。なにせ、俺の設定した裏設定には性格の明るさなどしか設定されていない。共通するものに絶対の忠誠や自己犠牲精神、種族特性などはあるが、趣味なんて記載されていないのだ。
俺が勝利を確信して困惑する二人を眺めていると、二人は恐々とした態度で口を開いた。
「わ、私は…あ、甘いモノを作って食べることが好きでして…」
「……ん?」
「あ、わ、私は、マスターと、その、お話しさせていただけるなら一番う、嬉しいです」
「うっ、ミラ⁉︎ わ、わわ、私も本当は…っ!」
ぎゃあぎゃあと姦しい二人を見て、俺は頬に冷たい汗が流れるのを感じた。
どう考えても、プログラムされた受け答えには思えない。
二人のほんのり赤くなった顔、表情の細かな変化を見てもやはり…いや、ちょっと待て。
俺は二人を横目に視線を下げた。
そう、一度ログアウトすれば良いんだ。
「ログアウト」
だが、キーワードを口にしても変化はない。いや、ログアウトを試す前からこうなる気はしていた。
俺の呟きが聞こえていたのか、怪訝な顔で俺の様子を窺う二人を見て、その嫌な予感は更に色濃く胸の内に広がる。
「…最上階の見張り台に行く」
俺はそう告げて立ち上がると、急ぎ足で扉を開けて広間に出た。背後から慌てて付いてくる二人の足音が聞こえる。
「おぉ、殿!」
俺が広間へ出た途端、野太い男性の声が聞こえてきた。
見れば椅子の向こう、階段の下には数人の人影があった。
「うははは! 皆が案じておりましたぞ! もちろん、ワシは殿に何かあるなぞ露ほども…」
「ボス! 大丈夫ですか⁉︎ もしお身体の具合が悪いのならエリクサーか命の水をご用意致しております!」
俺の姿を見て随分と逞しい体躯のヒゲ面の中年男性と、背が高くウェーブがかった赤い髪の美女が前に出た。
男はカルタス。女はローザ。ヒトに近い姿だが共に魔族だ。二人とも黒い革製の服で身を包んでいる。
「問題無い。見張り台に行く」
俺は二人の目を見てそう答えると広間の中央を歩いて廊下へと通じる扉へ向かった。
「お、おっと、ワシもお供しても…」
「アタシも行きます!」
「ああ、分かった」
俺は振り向きもせずにそう答えて扉を開くと、広間全体に騒めきが起きた。
気にせずに俺が廊下へ出て右に曲がり見張り台のある塔へと向かうと、背後からは明らかに10人に届きそうな足音が聞こえてきた。
螺旋状になった塔の上り階段2段飛ばしで上がり、一気に最上階の見張り台へ辿り着く。
広さは精々先ほどの和室程度の広さだが、大きく壁を切り取ったようなはめ込み窓からは城の周囲が一望出来る。
「……ははは。何処だよ、ここは」
俺は自嘲気味に笑うと、周囲に広がる景色を見回した。
周囲の半分は切り立った崖。奥には水平線の続く海がある。
もう半分は山と森。遥か遠くには平野が広がっているようにも見えた。
ゲーム内に、こんなマップは存在しない。
俺がぐちゃぐちゃになった頭で立ち尽くしていると、妙に人間臭い部下達が見張り台に足を踏み入れた。
「ここは…新たなる地、ですか?」
「知らねぇ景色なのは間違いねぇな」
「アンタには聞いてないよ、カルタス」
「…ど、どうしましょう、マスター」
「ミラ、恐れることはありません。ここにはご主人様がいらっしゃいます」
ガヤガヤと部下達の話し声が聞こえる中、最後のエレノアの一言に皆が皆賛同の意を示し始める。
バカ言え、絶賛パニック中だよ。
そう思って背後を振り返るが、全員の視線を一身に受けて言葉を飲み込んだ。
信頼などが光となって発せられるとしたら、全員の双眸から出る信頼ビームによって俺は焼け死ぬだろう。
俺は全員の顔を順番に眺めてから、頬を引きつらせて頷いた。
「任せろ」
見張り台は歓声に包まれた。
読んでくださった方には感謝を捧げます。
ありがとう
ありがとう
ありがとう
さんきゅー
べりまっち