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【書籍化】闇ギルドのマスターは今日も微笑む  作者: 溝上 良
第一章 闇ギルドの裏日常編
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第一話 闇ギルドのマスター

 









 おっと。もう、こんな時間か。

 僕は窓から見える月を確認して、今までしていた仕事の手を止める。


 うーんと思い切り背伸びをして、凝り固まった身体をほぐす。

 はぁ……今日も、書類仕事しかしなかった……。


 まあ、僕の役職上外に出て稼いでくることよりも、書類仕事をする方が重要なのは理解している。

 でも、ギルドメンバーに危険な外の仕事を任せて、上司である僕が安全なギルドの中でのんびりと書類作業をしているのも、僕の心が痛んで仕方がない。


 そのギルドメンバーが、僕にとっては子供のように思える子たちばかりとなれば、なおさらである。

 僕も外に出て仕事をしたいんだけれど……。


 皆がとにかく僕を止めるんだよね……。

 そんなに役立たずだと思われているのだろうか?少し……というより、かなり悲しい。


 確かに、皆のようにとても強いというわけではないが、これでもこのギルドを作るまでは一人で旅をしていたんだ。

 もちろん、危険な目にも何度もあったし、そのたびに自分の力で切り抜けてきた。


 だから、仕事をしても大丈夫だと思うんだけれど……。

 僕は、大切に持っている絵を取り出していく。


 そこには、このギルドに所属しているメンバーの顔が描かれていた。

 ちなみに、これは僕の自作である。


 何に関しても不出来な僕にしては、なかなかうまくできていると自負している。

 それぞれの顔を見ながら、僕は苦笑する。


 あぁ……それでも、僕はこの子たちのお願いには何でも従っちゃうんだよなぁ。

 彼女たちがお願いを断られて悲しい顔をしているのは、とてもじゃないが見たくない。


 皆がまだ小さかった頃、仕事中の僕を見て泣いてしまった子が何人もいる。

 簡単な壁塗りの依頼だったのだが、どうやら笑っていない僕が怖かったらしい。


 まあ、仕事中にヘラヘラと笑っている方がおかしいんだけれど、僕はそんな彼女たちの反応にあることをし始めた。

 それは、いつもニコニコと微笑むことである。


 どんなことがあろうとも、僕はいつも笑顔だ。

 そうすると、彼女たちは泣いたり悲しんだりすることなく、僕を見ると笑顔になってくれた。

 感情を思ったように表に出せないのは厳しかったが、今ではすっかりと板について、逆に笑顔じゃないと不自然さを感じるほどである。


「やあ、お仕事は終わりかい?」


 僕がそんなことを考えていると、背後から話しかける女性がいた。

 長くてきれいな黒い髪を持ち、ニコリと微笑みかけてくれる。


 その笑顔は、まるで女神さまのように美しかった。

 服の上からでも分かるほど豊満な胸に、お尻。


 ついつい目が引き付けられそうに……はならない。

 何故なら、僕のギルドメンバーも負けず劣らずの良いスタイルをしている。


 そんな彼女たちは、僕とのスキンシップをやけに取りたがるのだ。

 そのたびに、僕が厭らしい目で彼女たちを見ていたら、いつか絶対に嫌われてしまうだろう。


 それだけは断固として避けないといけないので、こうして枯れたのである。

 か、悲しくなんてないから……。


「君も熱心だね。こんな遅くまで依頼を精査するだなんて……」


 彼女は感心するような、呆れたような目で僕を見る。

 そりゃあ、そうだよ。


 だって、メンバーの子たちが命を懸けてする仕事だよ?

 もしも、不条理だったりおかしかったりする依頼なら、絶対に受けさせられないよ。

 僕はほとんど外の仕事をできないのだから、これくらいはしておかないとダメだろう。


「それでも、二十時間ぶっ通しで書類仕事をするだなんて、普通じゃないよ」


 彼女が苦笑して見てくるので、僕もニッコリと微笑む。

 心配してくれているのだろうか?


 それにしても、よくここに入ってこられたよね。

 彼女はこのギルドのメンバーではないのだが、よく僕の部屋に遊びに来る。


「ふふん。まあ、僕ならマスターの部屋に侵入することは容易いさ。……でも、あまり長くいるとファザコン(あの子たち)に勘づかれちゃうけれど」


 あの子たちというのは、ギルドメンバーのことだろう。

 彼女たちも強いからねぇ。気配とか、そういったことも分かってしまうんだろう。


「それでも、僕の気配に分かるだなんて普通はありえないんだけれど」


 彼女は苦笑して頬をかいていた。

 いやいや、彼女たちの警戒網を振り切って僕の部屋に侵入できている時点で、君も大概だよ。


「君に褒められるのは嬉しいね。……ねえ」


 うん?


「この前の話、受け入れてくれる気になった?」


 彼女はふわりといつの間にか僕の近くまで接近して、じっと切れ長の目で僕を見上げてくる。

 この前の話……ああ、僕が君のものになるとかならないとかって話だったっけ?


「うん、そう。僕のものになってくれたら、色々と美味しいことが待っているよ。寿命だって延びちゃうし、人間という種族さえ越えちゃうし……」


 色々と特典を教えてくれる彼女だが……うーん。僕にとってうまみがない。

 残念なことに、僕の寿命は人間でありながらすでに天元突破しているみたいだし。


 どうしてかはわからないけれど、まだ死にそうにないんだよね。

 僕はいったいいつになれば寿命がくるのか……。

 ということで、僕は彼女にごめんと伝える。


「……むぅぅぅ」


 頬をぷくーっと膨らませていく彼女。

 これで何度目だろう。彼女のお誘いを断るのは。


 いい加減、諦めてくれるとうれしいんだけれど。

 僕はとても魅力的な特典があろうとも、彼女のものになることはできないのだ。

 何故なら、僕にはとても大切なギルドの子たちがいるんだから。


「……本当に、君はギルドが好きなんだね」


 彼女が諦めたように言ってくる。

 うん。まあね。

 もっと言うと、ギルドというより所属しているギルドメンバーが大好きなんだよ。


「こんな優しいマスターがいたら、彼女たちもマスターが大好きになるよね」


 え、僕ってちゃんと好かれている?

 皆、仕事が忙しくてあまり話せていないことが多かったから、ちょっと不安だったんだ。

 そっかー。いやー、嬉しいなぁ。


「プレゼントとして、『世界を上げよう』としちゃう彼女たちの気持ちも分かるよ」


 …………。

 ……ん?なんだって?


 プレゼントという言葉はとても嬉しかったよ。

 でも、そのプレゼントの中身がとんでもないことのように聞こえたんだけれど、僕の気のせいかな?


「おっと。そろそろ、彼女たちに気づかれてしまうかな。僕はもうそろそろ行くとするよ」


 彼女はひょいと僕から離れる。

 その際、綺麗な黒髪と豊満すぎる胸が揺れたのがわかったが、それを気にする余裕がない。

 ちょっと待って。お願い。話を聞いて。


「じゃあね、マスター。いつか、必ず僕のものになってもらうからね?」


 彼女はそう言って魅力的な笑顔を残して、ふっと跡形もなく消えてしまった。

 待って!プレゼントの中身だけでもいいから、答えて行ってっ!


『世界をプレゼント』ってなに!?あの子たちはなにをする気なの!?

 不穏すぎる言葉に、僕は心臓のドキドキが止まらないよ!

 戻ってきてぇぇぇぇぇっ!!





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