〈これに対し、若槻礼次郎が近衛以外になしといい、原嘉道、平沼騏一郎、林銑十郎、岡田啓介が賛成している。
近衛は、木戸の報告からして、「此の際時局を担当する者は軍の事情に精通し、充分諒解のある者ならざるべからず。自分は其の力もなく、又準備もないので誰かそう云う人を選定せられたし」と発言したが、木戸は「軍首脳部方面の意向は近衛公の出馬を希望せるは圧倒的なるやに聴き及び、陸軍の今回の行動も其の底には近衛公の蹶起を予定せりと解すべき節あり。他に適任者ありとも思われず。是非公の奮起を希望す」とおしかぶせるようにのべ、平沼、広田弘毅らの発言ののち、木戸は再び「大体御意向は近衛公に一致して居る」との判断を示して、この会議を閉じている。
このように米内に代り新しい情勢に対応して陸軍の希望する政策を実現しうる人物として、近衛は登場してきたのである。
これよりさき六月一〇日夜、政友会中立派金光庸夫が星ケ岡茶寮で武藤章軍務局長と会見した(『現代史資料44』)際、武藤は「近衛公の出馬、新党の結成には軍を挙げて賛成にして、自分等は是非ともこれが実現するよう蔭乍ら援助致したき考なり」とのべ、金光が「軍に於いて他に首相候補者を考慮されつつあるやの噂あるが事実なりや」と反問したのに対し、「イヤそれは近衛公がどうしても出馬されざる場合に考えて置かねばならぬと云った程度の自分の放談が誤り伝えられているのであって、軍としては近衛公以外に考慮していないし、又自分としても、今日国の内外に信望ある人は他になしとの堅い信念を持っている故に、他に考えるが如きことは絶対になし」「近衛公の出馬を遮二無二希望する以外に他意なし」と答えている。〉
戦時の首相と軍部、その複雑な関係が垣間見えるような記述です。
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さらに【つづき】「近衛文麿の「首相就任」に「警戒の色」を示していた「意外な大物政治家」の名前」でも、近衛新体制の確立前後の事情を見ていきます。