ニンジャヘッズ・ウィズ・タイマニン   作:Schuld

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ニンジャヘッズ・ウィズ・タイマニン・マゾクスレイヤー・ハズ・カムバック6

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 「ぬ……ぐ……?」

 

 その老人はあまりの寝苦しさに目を覚ました。

 

 当たり前だ。いつの間にやら逆さ吊りにされているのだから。

 

 「なっ、なんだコレは!?」

 

 しかも、見渡せば同志や顔つなぎ役が、地下室と思しき場所で一列に並べて吊されているではないか。しかも、パンツのみという屈辱的な姿でだ。

 

 元は井河でかなりの権勢を誇っていた老人は、一瞬で激高した。こうなるまでの記憶はないが、こんなことをされる謂れはない! 下手人を見つけたら同じ目に、いや、より苛烈な制裁を……。

 

 「ドーモ、裏切り者の皆さん」

 

 老人の息が詰まった。いつの間にやら目の前にいた男、その男に見覚えがあったからだ。

 

 僅かに彩度の高い赤黒い衣装は、敢えて左前にすることで常在戦場、何時死んでもよいという決意表明とし、脛に向かうにつれて膨らんでいくハカマは独得な陰影を描く。

 

 そして何より特徴的なのは、エンシェント・カンジで刻まれた殺伐ではなく……魔殺の二文字が躍るメンポ!!

 

 「なっ……なっ……」

 

 「サツバツナイト……いや、マゾクスレイヤーです」

 

 四年前に捨て去った名と装束を纏った殺戮者のエントリーだ!

 

 彼の顔を見た時点で、大半の者は逃走を諦めた。

 

 曰く〝徒手格闘最強〟にして〝最も魔族を屠った男〟であり老獪にして強力、ジツの多彩さで右に出る者のない葉取・星舟が〝闘争ではなく逃走〟を選んだ怪物。

 

 逃げ出そうとした素振りを見せた瞬間、カラテで殺されることを悟った老人達は抵抗は無駄だと悟る。自分達では殺すのが困難だと判断するような魔族を素手のみで殺す対魔忍に、この無防備かつ拘束された状態で歯が立つと考えるほどの増上慢ではなかったのだ。

 

 「き、貴様! どの面を下げて五車に……」

 

 せめてもの抵抗に抗議しようとした瞬間、ゴン、と重い音を立てて鍋が移動式の卓に置かれた。カセットコンロに据えられたその中では、何かが沸々と煮立っているではないか。

 

 「そ、それは……」

 

 「まぁ、見ておれ」

 

 マゾクスレイヤーは普段スシを入れている愛用のタッパーを取り出すと、その中身を箸で摘まんで鍋に入れる。すると、良い音を立てて〝テンプラ〟が揚がり始めたではないか。

 

 「ひっ!?」

 

 「適温のアブラだ。無論、揚げ物を作るのに最適な、という意味でな」

 

 メンポを被ったまま器用にサクサクとエビ天を塩でいただいたマゾクスレイヤーは、見せ付けるように卵と小麦粉を卓に置いた。

 

 「さて……小汚いエビが都合八本もあるようだな?」

 

 その言葉に八人の顔色が一気に悪化した。

 

 無論、本物のエビではなく、パンツに隠されている陰部のことを指していると瞬時に理解したのだ。

 

 あろうことか、この男は同性にも関わらず、何の抵抗も良心の呵責もなく〝アレ〟を揚げるとの宣言に戦慄する。

 

 「き、きさ、貴様、この後に及んで何を……」

 

 「オヌシら腐った旧長老衆が魔族に売り渡したせいで、ジゴクを見た対魔忍達に比べれば温い所業であろうよ。インガオホーを呪うがよい」

 

 二本目のエビ天をこれ見よがしに揚げて、今度はつゆで食べてからマゾクスレイヤーは口元をテヌギーで拭った後、それぞれの前にビデオカメラを設置していった。

 

 「さて、今からオヌシ等に本格的なインタビューを始める。だが、俺もオヌシらではあるまいに薄汚い老人を揚げて喜ぶ趣味はない」

 

 先着順だ、と告げて、藤木戸はキャスター付きの机をゴロゴロと動かし八人の前をゆっくりと往き来する。

 

 「素直に悪行を吐くならば、エビは無事に返してやろう。だが、開くまで口をつぐむのならば、十分おきに一人ずつ〝テンプラ〟にしていく。順番はそうだな、サイコロでも振るとしよう」

 

 懐から八面体のサイコロを取りだしたマゾクスレイヤーは、掌の中でそれを見せ付けるように弄び、八人の前のウロウロし続ける。

 

 「しかし、先着順で素直に陰謀を吐いた者は名誉ある死を選ばせてやる。公的には病死かセプクで済ませるが、そうでないなら股間がテンプラにされた状態で……そうさな、四丁目の大通りにでも吊すか。通学路でもあるので、さぞや目立つことであろうよ」

 

 「貴様、それでも人間か!?」

 

 「じょ、常人の発想ではない!!」

 

 「狂人め!!」

 

 あまりの所業に吊されていた面々が叫んだが、サツバツナイトは鼻で笑ってやった。

 

 では、無辜の男女を自分達の価値を担保するために魔族に売り渡し、奴隷娼婦として玩弄させ、死よりも辛い目に遭わせることが人間の所業であるというのか。

 

 それこそ正に人非人。マゾクスレイヤーには邪悪な魔族と、それに類する者を惨たらしく殺すことに躊躇いは一切ない。むしろ、世間を綺麗にする行為だと胸を張って宣言するだろう。

 

 「さて、最初のサイコロを振るまで十分だ。貴重な六百秒、よく考えて過ごすが良い」

 

 これまた準備のいいことにキッチンタイマーを取りだして、キッチリ十分にセットしたマゾクスレイヤーはいつの間にか用意した菜箸を器用に掌中で回し始めた。

 

 揚げる準備は十分だと見せ付けるように。

 

 そして、旧長老衆と捕まった魔族は重い重い唾を呑む。

 

 この男はやる。本当にやると。

 

 今まで惨たらしく殺されてきた魔族と、それに与した者達の死体の山が雄弁に語っているのだ。

 

 そして、股間をテンプラにされた上で大通りの信号機に吊されるといった不名誉を晒す家がどうなるかなど、火を見るより明らかだ。

 

 それこそ、家督を譲られた現頭首が恥のあまりセプクしても何らおかしくない。

 

 お前達の行く末だと言わんばかりに三本目のテンプラが揚がり、チリチリと音を立てた。

 

 「わ、分かった! 話す! 全て話す!!」

 

 最初の一人が折れるまで、六十秒とかかりはしなかった…………。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆ 

 

 「インストラクションだ。暴力とは苛烈であればあるほど、見せ付けるだけでも効果を発揮する」

 

 手をテヌギーで拭きながら地下室から戻ってきた藤木戸に、全員がドン引きした。

 

 怒りで頭が沸騰寸前であった、あの紫までもがだ。

 

 一つ断っておくと、藤木戸が手を拭っているのは〝本当にテンプラを作ったから〟ではない。長老衆は皆、罪を自白したので作る必要はなかった。

 

 元より何を喋っても殺すと決めていた魔族が、フュルストが星舟と組んでいることを白状したので、首を手刀で刎ねたからである。

 

 彼は必要とあれば生首を何百と並べることはあるが、好き好んで男性の〝アレ〟をテンプラにする趣味はないので、当たり前であった。

 

 「何を食って生きてきたらあんな発想が出てくるんだ」

 

 持ち得ない器官だというのに、何故か想像するだけで股間がゾワゾワした零子が奇妙な生物を見る目で藤木戸を見やった。

 

 すると彼は、娼館で酷い目に遭っている女性を見れば、自然とこれくらい復讐してやりたくなるだろうと返す。

 

 ジッサイ、ヨミハラでの奴隷娼婦の扱いは酷い物で、局部にピアスを付けるなど軽い方。肉体改造が刺青を入れる気軽さで行われ、常人ではニューロンが焼けただれるようなことをされる者も珍しくないという。彼が救助した対魔忍の中には、未だに後遺症に苦しむ者もいるし――桐生が来てかなりマシになったそうだが――トラウマが原因で引退した者も少なくない。

 

 そんな彼女達を解き放ってきた藤木戸なればこそ、加担していた旧長老衆への恨みは一入なのだ。むしろ、腹いせにテンプラを作らなかった分、今晩はかなり自制心が働いている方である。

 

 「ムギ=サン、すまないがチャを貰えるか。できれば濃い方が良い。カフェインが欲しい」

 

 「アッハイ」

 

 ソンケイするカラテ・メンターにこんな苛烈な一面がとショックを受けていた麦が再起動し、ギクシャクした動作でチャを煎れ始めた。

 

 そして、彼は尋問とアオリで乾いた喉を癒やすと、机上に地図を広げてピンを刺した。

 

 「ここに活動拠点を作っているようだ」

 

 「うわ、結界ギリギリ……ほんと内部情勢を知ってないとできないことじゃん」

 

 「それに、ここはふうま旧邸の一つではないか。何かあったら罪を押しつける腹づもりか」

 

 場所は五車の対魔結界の際に近い山の辺りで、かつてはふうま一族のナワバリであったが、彼の一族が没落して以降放棄されたところであった。

 

 今となっては人も寄りつくことがないため、丁度良いと拠点に選ばれたのであろう。

 

 「そして、ヤツらは若手衆を味方に付けていた。自分の後進、その友人、中隊構想に反感を持っていた者達。それらを使ってアサギ=サンを貶めるつもりだったようだ。悪いことだけを伝えてな」

 

 「……都合良く若手を先導し決起を煽るか。二・二六事件めいているな」

 

 顎に手をやって唸る零子に、さくらは「何だっけそれ」と聞いて、昨年まで受験生だったヤツのセリフかと後頭部をぶん殴られていた。本人は世界史選択だったから! と言い訳をしているが、これくらいは中等部でやるはずなのだが……。

 

 「先手を打つ。翌朝、編集した動画をばら撒いて、コヤツらが魔族と共謀してまで復権を図った対魔忍のクズであることを知らしめる。そして今夜中に……」

 

 「拠点を叩き潰す、だね」

 

 「そうだ。その後、全員セプクさせる」

 

 さくらが拳をパンと打ち合わせ、麦も静かに頷いて、紫は楽器入れから戦斧を取りだした。

 

 「今宵、アサギ=サンは戻らないはずだったな?」

 

 「セクションⅢの会合で東京だ。長官とお会いになって事情を説明すると仰っていた。帰りは朝になる」

 

 半ば私設秘書めいた働きをしている紫の言うことなので、予定に誤りはないのだろう。であるならば好都合だ。

 

 「ならば、最悪何かあっても我等の独断専行でケジメ問題にはならんな」

 

 それに、どうせ何かあったら俺一人暴走したことにすればいいと呟いて、藤木戸はぐったりしている凜子に立ち上がるよう言った。

 

 「後一仕事だリンコ=サン。偵察し、我々全員を内部に注ぎ込め」

 

 「えっ!? ぜ、全員ですか!?」

 

 「それが終わればオヌシは休んで良い。必要な首は実質一つであるからな」

 

 メンポの位置を正したサツバツナイト、否、マゾクスレイヤーは決断的に、そして地獄の底から響くような低い声で宣言した。

 

 「ハトリ・セイシュー=サンはこの俺が必ず殺す。首をねじ切り、センコとしてキョウスケ=サンの墓前に供えてやる」

 

 「恭介義兄さん、それやられても困惑するだけだと思うけどなぁ……」

 

 腹を決めたマゾクスレイヤーの耳に、さくらの至極常識的な突っ込みは届いていなかった…………。

 

 




オハヨ!
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