社会参加の新たなきっかけに 特別支援学校に広がるeスポーツ

社会参加の新たなきっかけに 特別支援学校に広がるeスポーツ
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 コンピューターゲームやテレビゲームをスポーツ競技として捉える「e-スポーツ」。来年9月に中国で開催されるアジア競技大会で初めて正式種目として採用されるなど、「競技」「スポーツ」としての認知は年々高まっている。それに伴い、市場規模も拡大。2023年には150億円以上と4年前の倍以上になると予想されている。そんな中、注目されているのはeスポーツを活用した障害者の社会参加。コントローラーやマウスの操作ができれば、障害に関係なく楽しめるeスポーツは、健常者とも同じ舞台で戦えることから、障害者を社会につなげる役割も期待されており、その動きは特別支援学校でも広がりつつある。

生徒発信で部活動を創部

生徒により立ち上がったeスポーツ部の練習風景
生徒により立ち上がったeスポーツ部の練習風景

 「先輩そっちお願いします!」「あっちに行くことできますか⁉」。モニターを前に、生徒それぞれが互いに指示を出しながら、コントローラーやキーボード、マウスを巧みに操り、自分のキャラクターを意のままに動かす。生徒らは全員が車いす。茨城県立水戸特別支援学校に、昨年生徒たちによって誕生したeスポーツ部の光景だ。

 この日は、卒業生が学校を訪問。現役の部員とともにシューティングやサッカーなどのコンピューターゲームの腕前を競った。「後輩の子も楽しんでくれているし、先生も生徒と一緒に盛り上がっている。スポーツにも関われているのがいいな」と話すのは昨年、同校を卒業した長島利樹さん。eスポーツ部の立ち上げに動いた発起人の一人だ。

 同校は肢体不自由の児童生徒が通う特別支援学校。しかし生徒によって、障害の程度はさまざまで、進行性の子どもも少なくない。長島さんもその一人。特別支援学校には中等部から在籍、電動車いすの生活になったのは、中学校2年の頃からだ。小学校6年までは普通に歩くことができ、休み時間はサッカーをするのが好きだったという。

 長島さんとeスポーツの出会いは中学校3年のころ、たまたま見たテレビ番組だった。「正直ゲームでもスポーツになるんだっていう、軽い感じで思っていた」。しかし、興味を持って調べていくうちに、「ただゲームするだけではなく、コミュニケーションだったり、手先や目のトレーニングにもなったりする。運動のできない障害者の楽しみになる」と考えるようになった。

感銘を受けたゲームメーカーが協力を名乗り出る

 「どんな子でも『スポーツ』に関われるのがいい」――。そう思い立ち、下級生とともに創部を計画したのは2年前。2019年の茨城国体において、国体で初となるeスポーツ大会が開かれたことも追い風となった。

 コミュニケーション能力だけでなく、手指の動きの向上や機器の知識を得られるといった利点をまとめ、教員に創部を訴えた。機材の購入予算や指導教員などの課題から一度は保留になったものの、宮山敬子校長が熱意を後押ししたいと再チャレンジを持ち掛け、教員へのプレゼンを経て創部が許可された。

 さらには校長自ら「ダメもと」で日本eスポーツ連合や茨城県eスポーツ協会に協力を呼び掛けた。すると、ゲームメーカーとつながり、長島さんらのプレゼン資料を見て感銘を受けた2社が機材の貸し出しと体験会を名乗り出た。その結果、昨年4月、正式に創部。長島さんはすでに卒業していたが、「自分が発案したものが、ようやく立ち上がってうれしかった」と振り返る。

eスポーツ部創部の発起人の一人、長島利樹さん
eスポーツ部創部の発起人の一人、長島利樹さん

 今年は新たに7人の部員が加入するなど、盛り上がりは加速している。「何回か部活動に顔を出しているけど、勝ったときはみんなで喜んで、負けても励まし合える。心のよりどころと言ったら大げさだけど、自分をさらけ出せる。素でいられるような感じ」(長島さん)。

 長島さんは現在、社会人としてホームページ制作などに携わっている。「指先の細かい動きとかもそうだし、社会に出ると、初めての大人と会話もすることも多い。コミュニケーションという意味で役に立った」と笑顔を見せた。

県が全面バックアップし、環境整備

 一方、群馬県は県が中心となってe-スポーツを盛り上げている。県庁内に「eスポーツ・新コンテンツ推進課」を創設したほか、県内企業でつくる「群馬県企業等対抗社会人eスポーツリーグ」には、県庁職員によるチームを結成し参加。さらには学校の枠にとらわれない、19歳以下の国内最強チームを決める全国初のeスポーツ競技大会「U19eスポーツ選手権」を2020年から開催している。

eスポーツ専門の部署を持つ群馬県では、地元企業の協力もあり、環境整備が進んだ
eスポーツ専門の部署を持つ群馬県では、地元企業の協力もあり、環境整備が進んだ

 昨年度からは肢体不自由の生徒が通う特別支援学校にもeスポーツを導入。同県特別支援教育課は「身体的制限により、自分1人での行動が難しい生徒にとって、交流の場に参加することは難しい。eスポーツならオンラインを通してさまざまな人と交流ができる」と説明する。地元企業の寄付などもあり、ゲーム機やパソコンといった機器だけでなく、オンライン対戦ができるネット環境も整備された。

 そのうちの、群馬県立二葉高等特別支援学校と二葉特別支援学校では、寄宿舎に通う中等部と高等部の生徒7~8人が中心になって、サッカーやレースといったさまざまな種類のeスポーツの腕を日々磨いている。同校中等部2年の代田勇人さん、栄人さんは双子の兄弟。サッカーがもともと好きだったという2人は「障害者でも手を動かすだけでリアルに体験できるし、負けたらやっぱり悔しい」と声をそろえる。

 指導にあたる寄宿舎主導員の篠﨑真和さんは、eスポーツを通した生徒の変化を口にする。「寄宿舎は食事や就寝が時間で決まっている。切り替えが難しい生徒も中にはいたが、eスポーツが生活の潤いとなって、メリハリを与えてくれることで、うまくスイッチできるようになった。なにより、人見知りでコミュニ―ションが苦手だった子どもが他人とコミュニケーションを取れるようになった」。

自信を持って行動できるためのツールに

 同校では本年度、eスポーツを体育の授業にも試験的に取り入れた。授業を担当した田中伸明教諭は「例えば自立活動で杖を持って歩く練習をするが、実際に歩けたり走れたりを目標にしたとしても、不自由があるので、なかなか難しいという現実を目の当たりにする。自分たちのクリア可能な目標は何かとなった時に、eスポーツなら頑張れば実現可能だと生徒も考えられる」と話す。

 11月12日には、オンラインで開かれたU19eスポーツ選手権2022の予選に出場。これまで個人で大会に出場したことはあったが、校内でチームを組んで出場するのは初めてだった。試合に負けはしたものの、生徒の保護者らも「良い経験をさせてもらった」「うちの子がチームの一員として大会に出場するなんて思いもしなかった」と話すなど、心動かされる出来事になったようだ。試合を観戦した寄宿舎指導員の村上勇さんは「試合の敗戦が決まった時の生徒たちの残念で悔しい表情や姿を見て、eスポーツは立派なスポーツだと確信した」と胸を張った。

 一方で、eスポーツを語る上で切っても切り離せないのが、昨今深刻化しているゲーム障害。ゲームの利用時間などをコントロールできなくなり、日常生活に支障が出る病気で、19年にWHO(世界保健機関)が新たな病気として、国際疾病分類に加えた。

ゲーム障害予防のために群馬県が制作したチェックシート
ゲーム障害予防のために群馬県が制作したチェックシート

 これに対し、群馬県では、北米教育eスポーツ連盟日本本部(NASEF JAPAN)と連携し、ゲーム障害対策を行っている。その一つが「NASEF G.A.M.E.R.S」。成長(Growth)、運動(Activity)、思考力(Mind)、身の回り(Environment)、人間関係(Relationships)、栄養(Sustenance)の頭文字から名付けた心身の健康のためのチェックシートで、トッププレーヤーを目指すからこそ、学校の課題や睡眠といった日々の生活の重要性を訴えている。このチェックシートを県のホームページに掲載するほか、県内高校や大会などで配布し、周知徹底を図っている。

 特別支援教育課によると、今後は視線入力やスイッチが大きいコントローラーなどの導入を進め、重度重複障害のある生徒に対しても、活用していく方針だ。「力を発揮できるツールがあるというのは、キャリア教育にもつながると考える。ある意味狭い世界で育った子どもたちが、eスポーツによって、社会になじみ、自信を持って行動ができるようになってほしい」と願う。

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