(インタビュー)少数与党時代の新秩序 政治学者・御厨貴さん
■民意のゆくえ 2024衆院選
衆院選で自民、公明の与党が少数に転落したが、政権交代は起こらず、自民党の石破茂総裁が引き続き政権を担うことが決まった。戦後80年を目前に、日本の政治はどんな局面に入ったのだろう。政治学者で明治以来の日本政治史に詳しく、与野党の政治家とも親交のある御厨貴さんに聞いた。
――下野した2009年以来となる自公過半数割れを受けて、少数与党の石破内閣がスタートします。歴史的にどのような意味を持つのでしょうか。
「15年ぶりといった時間軸では捉えられないことが起きようとしているのではないでしょうか。私には1955年の自由党と日本民主党の『保守合同』によって自民党が結党した時以来となる、日本政治の大きな変化の時を迎えていると思われてなりません。『石破政権は短命で終わる』とか『国民民主党は与野党のはざまで埋没するだろう』といった冷笑的な見方ではなく、久しぶりに日本の政治が創造的に変わるチャンスが訪れたととらえるべきです」
――自民党が力を持つ「55年体制」が揺るがされていると。
「政治家も官僚も学者もジャーナリストも、55年体制があまりに長く続いたので、それを所与の前提として考えがちですが、永遠に変わらない条件ではないのです。これから始まるのは新しい政治の手法、秩序、体制の創造過程だと思って見つめるべきです」
「実は、自民党は結党以来、このような少数与党政権を経験したことはないんです。2度下野をしましたが、それ以外の時期は衆院で多数を維持して政権を運営しました。ですから事前に与党で大事なことを決め、野党との関係は国会対策による日程調整で対処するということが70年近く続いてきました。内閣不信任案がいつ可決してもおかしくない、という緊張感のある国会の状況は誰も経験していません」
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――これまでにも自民党は他党と連立を組んで難局を乗り切ったことがありました。過去とは何が違うのですか。
「全く違うと思いますよ。83年、田中角栄元首相にロッキード事件で実刑判決が下され、その後の総選挙で過半数割れをし、中曽根内閣が新自由クラブと連立を組んだのが自民党単独政権の終わりで、最初の連立でした。98年の参院選で大敗し、99年から小渕内閣で小沢一郎氏が党首だった自由党と連立し、同年にいまに続く公明党が加わりました。それでも55年体制的な政治はいまに続いているわけです」
「今回は何が違うのか。これまでは緊急時の連立相手になってきたのは、河野洋平氏や小沢氏など、かつて自民党に所属していたリーダーが率いた政党でした。ですから『表と裏』の使い分け、腹芸といった自民党経験者の仲間うちならではのコミュニケーションが可能な相手だったのです。あえて加えれば、政権を奪還するために組んだ94年から98年の社会党(のちの社民党)と新党さきがけとの連立でも、さきがけという自民党を離党した武村正義氏や田中秀征氏といった政治家が結成した政党の存在が重要でした」
「ところがいま協力を求めている国民民主党は玉木雄一郎代表をはじめ、国政で自民党に所属したことのない政治家の集団。これまでのパートナーとはまったく違う存在です。自民党と常設の協議機関すら設置しない。すべてを公開でやろうということでしょう。立憲民主党などの野党とも同じように協議をするという方針です。これまでの連立の経験や与野党の国対政治の発想は通用しません。これは自民党にとって恐怖だと思います」
「実は55年に自民党初代幹事長だった岸信介氏が(左右両派統一後の)社会党初代書記長だった浅沼稲次郎氏にこれから新しい民主的議会政治のルールを立てていかねばならぬ、と呼びかけています。まさに霞が関の官僚組織と自民党がその時から作り上げたルールが、いま新しいルールを作る段階を迎えたということでしょう」
――そこまでの歴史的な課題をいまの政治家が背負っているのですか。
「冷笑的に『小選挙区制になってからどの政治家も役者が小粒だ』といった永田町の政治通のようなことを言って嘆いている場合ではないのです。いままでは活躍してこなかった、比較的無名であまり経験のない政治家の中から、活躍する人材が出てくるかも知れません」
「歴史というのは本当に皮肉なモノです。そんなことはまったく意図していなかったでしょうが、岸田文雄前首相が派閥解散を唐突にぶち上げ、ほとんどの派閥が解散してしまい、派閥による締め付けは前例のないほど弱くなっています。だから、年功序列と関係なく、自民党の中でも無名の政治家が活躍する可能性があります。そもそも派閥解散宣言がなければ、大変な僅差(きんさ)だったとはいえ、石破茂氏という、これまでの自民党の指導者とはまったく性格の異なる政治家が首相になっていなかったでしょう」
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――石破首相のことをかつて「伝道師だ」と評していました。
「もう10年ほど前ですが、複数回会って、彼の人物評を2度書きました。石破首相の母方の曽祖父は金森通倫(みちとも)という、江戸時代から昭和を生きた興味深いキリスト教伝道師で、石破氏はその影響を色濃く受け継いだ4代目のクリスチャンです。安倍一強時代には『伝道師から行動の人』になることが、彼にとって必要だと分析していたのですが、彼は伝道師のままで首相になってしまいました。党内基盤が弱いどころか、歴代の自民党総裁と比べて、基盤が皆無に等しいような人です」
「だから、彼の思うようにはなかなかならない。解散の日程一つ取っても主張と異なり、発言がぶれたと批判されます。おそらくこれからもぶれ続けるでしょう。そして、彼は伝道師らしく、とにかく青臭くきれいごとととられるような言葉を紡ぎ続けるのです。あの表情で『いや私はぶれていないのです、なぜならば』と説明を続けるでしょう。与党が少数になり、ただでさえも思い通りにはならない。それをどこまで国民が受け入れるかがカギになります」
「細川護熙元首相のようなさっそうとした、スマートな人物ではありません。とても疲れて見える日本のおじさんです。でも30年以上混迷を続け、国際的にも埋没と地盤沈下が止まらないこの国そのもののような人物なのです。当面、この人物が日本の指導者として、米大統領に返り咲くトランプ氏をはじめ世界の指導者と会うのを見守ることになります」
――野党第1党の立憲民主党はどうなるのでしょう。
「立憲民主党は、今回の選挙結果で久しぶりに期待を集めて注目されることになり、野党なのに衆院の予算委員長ポストを得るなど、非常に重要な局面を迎えています。ただ、自公が退潮したから議席が伸びたのであって、地力がついた結果ではありません。その意味では、自民党以上に薄氷の上に乗っているような状態です」
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「評価したいのは、自分たちの置かれている状況を理解したのか、そもそも数や能力が足りなかったのか分かりませんが、無理やり政権を取りに行かなかったことです。仮にさまざまな手法を駆使して今回政権を取ったとしても、参院は自公が多数を占めています。ねじれ国会で立ち往生してうまく行かなくなるのは明白でした。過去に失敗を経験している野田佳彦代表は分かっているでしょう」
「立憲民主党の人たちは来夏の参院選に向け、これからが新しい政治をつくる本番だということが分かっているはずです。自公が衆院で過半数割れをしている中での参院選です。立憲民主党だけでなく、すべての野党が、他党のスキャンダルを追及するとか、何かに反対するというだけでは参院選で国民の支持を得られません。立憲民主党も内輪の論理で論功行賞的な人材登用や、国民の共感を得られない政策しか打ち出せなければ、そっぽを向かれてしまうでしょう。新しい政治秩序づくりに向けた号砲が鳴りすべての政治家にとって『よーい、ドン!』という状態です」
「かつて、政治学者の岡義達は、民主主義について『われわれに近い政治であろう』と述べました。まさに政治が国民にとって近い存在になるのか、遠い存在になってしまうのかが問われる瞬間を迎えていると思います。政権を取るための党利党略に明け暮れていると見なされれば、日本の政党政治、民主主義にとっての危機を迎えてしまいます」(聞き手・池田伸壹)
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みくりやたかし 1951年生まれ。東京大学名誉教授。東京都立大学名誉教授。専門は近現代日本政治史。著書に「権力の館を歩く」「日本政治史講義」「平成風雲録」など。
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