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知りたい聞きたい お金のはなし

人生100年時代、より豊かな生活を送るためには「お金」と向き合うことが不可欠です。この特集ページでは、お金に関するさまざまな話題を取り上げ、「お金とわたし」をテーマにした著名人インタビューも随時掲載します。

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ブレークで生活一変も 高級車手放したワケ 芸人・ヒロシさん/上

芸人のヒロシさん=東京都中野区で2023年1月30日、幾島健太郎撮影

 各界の著名人が語る「お金とわたし」。今回は芸人のヒロシさん(51)です。「ヒロシです」のネタで活躍し、現在では趣味のソロキャンプ動画などを配信するユーチューバーとしても人気を集めています。一時期、最高月収が4000万円に達した経験を経て、「お金があっても幸せとは限らない」と悟ったといいます。そして、51歳になって訪れた心境の変化とは――。【大平明日香】

 ――芸人として売れるために、福岡の芸能事務所を辞めて上京したそうですね。上京後はどんな暮らしだったのですか。

 アルバイトで生計を立てて、月7、8万円くらいの収入でした。コンビニや漫画喫茶の店員など、相当な職種を経験しました。お金を稼ぎたければきっちりシフトを入れればいいだけなんですが、働くのが嫌いだったので、週3回を限度にしていました。働くのが好きだったら、芸人になっていませんから。

 ――新宿・歌舞伎町でホストもしていたそうですね。華やかなイメージがありますが、実際はどうだったのですか。

 僕もそういうイメージでした。女の人と話してお金をもらえるなら最高だなと。でも実際はそんなことはなくて。最初1、2カ月は最低日給が出ていたんですけど、その後は完全歩合制になって地獄が始まりました。指名されないと1円にもならないんです。

 僕は指名が少なくて、稼ぎは月2、3万円くらい。それでは生きていけないので、週1回はコンビニのアルバイトをして、なんとか月収8万円くらいだったと思います。ホストは3年間やって、後半では時々月30万円くらい稼げましたが、何回もあったわけではありません。

 ――「ヒロシです」のネタでブレークし、最高月収は4000万円だったと明かしています。そのお金は何に使ったのですか。

 高級マンションに住みたくて、家賃40万~50万円くらいの物件に引っ越しました。ホストをやっていた時は、家賃が支払えなくて、最終的に住む家をなくしたこともありました。街中で女の人に声をかけ、「今夜泊めてほしい」と言ってつないでた時期もありましたから、良い場所に住むのが憧れでした。車はジャガーを買い、インテリアは大塚家具で高い家具を一式そろえました。

 あと、あまりにレベルの低い話なんですけど、ちょうど売れ始めた頃は靴底がはがれていて、雨が降ったらいつも靴下がぬれていたんです。だから、靴を買いましたね。底辺の生活からの成功だったので、こういうささいなことが喜びでした。

「お金とわたし」について語る芸人のヒロシさん=東京都中野区で2023年1月30日、幾島健太郎撮影

 ――生活が一変したわけですが、今振り返るとどうですか。

 お金持ちの生活って、大変というわけではないですが、僕には必要なかったなと。(東京都)目黒区とか港区に住んでいたんですけど、正直用事がないんですよね。僕、お酒も飲まないし、行く店も松屋とかホームセンターとかで。でも、その地域にはあまりないじゃないですか。スーパーの肉なども高いんです。やっぱり物価が違うんだなと思いました。

 ジャガーも何度か壊れても修理しながら乗っていたんですが、最後に決定的に壊れましたね。見積もりを出したら、修理代で百何十万円と言われて。その時、車屋さんに「ジャガーに乗るってことは、神田うのさんと結婚するってことと同じです」と言われたんです。セレブと結婚するのと同じくらい、お金がかかるんだと。それで、手放す決意をしました。

 ――ブレーク後、自らテレビを離れたそうですが、何が一番しんどかったのですか。

 当時は自分が思っていないことを言わないといけない、演じないといけない、ということに窮屈さを感じていました。テレビ側は、こういう役を求めているんだろうって分かってはいたんですけど。

 例えば、「全盛期いくらでしたか?」「月収4000万円です」「今はいくらですか」「5万円です」――というやりとり。これが本当に嫌で。

 本当は「月80万円もらってるんだけどな……」って思いながらも、そんなことを言ったらオチないわけで。求められることを答えて面白いならいいけど、面白くもないなと思っていました。=つづく

 インタビュー後半では、ユーチューブを始めたきっかけなどを語ってもらいました。

「こんな気持ちになるなんて」51歳から描く夢 芸人・ヒロシさん/下

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