261.冒瀆王女は駆ける。
「ッこのまま突破された南方を押さえつけます‼︎」
着地した城の真下から、敵兵を次から次へと斬り進めていってくれる騎士達へと声を上げる。騎士達から返事が返ってきたのを確認して、私からも敵へと剣を振るった。
セドリックの腕を掴み、騎士達と共に彼を守りながら。
私が引き寄せてから、セドリックは未だ茫然として腰の剣に手は掛けたものの抜くことはできないようだった。私が「とにかく私や騎士達を見ていなさい!」と叫んだら、剣を振るう事よりもそちらに集中するかのように敵兵を斬り進める私達を見つめ、そして駆ける足に力を込めた。
城の本陣に辿り着いた時、セドリックは酷い顔をしていた。
まるで、全てに絶望しきったかのように背や首を重く屈め、虚ろな目で俯いていた。豪奢な金色の髪ですら、輝きを失っているかのように見えたほどだった。
連れてきた騎士の一部を残して私達で侵攻された城南方を防衛すると決めた後、ティアラやジルベール宰相にセドリックのことを聞いても言葉を濁すだけだった。戦況は悪くない筈なのに彼の身にだけは重苦しい空気が酷く渦巻いていた。
拳を握り、まるで耐えられないように影を落とす彼に声を掛ければ、…絞り出された言葉は己が無力だった。
自分で言ったことを後悔するように目を逸らし、また泣きそうな顔をしていたセドリックが…私の知らないところでまた追い詰められていることだけは理解した。
ゲームで彼が立派な王子になるのは、この戦争の後。今すぐ彼を、ゲーム開始時のセドリック王子まで引き上げることは不可能だ。それに、フリージア王国が味方している今、無理に彼が戦う必要はない。城の中で王族として控えていても誰も責める人は居ない。特にサーシス王国の第一王位継承者である彼は、敵に狙われやすい立場でもある。
でも、彼は〝今〟変わりたいと願っていたから。
もし、私が彼の立場なら例え一年後に立派な王子様になることが確約されていたとしても、国や家族の為に戦えない今を呪う。
例え少し危険でも、今すぐ自分が変われるきっかけがあるのなら間違いなく飛び付く。
少しでも彼に変わる為のきっかけを与えたかった。だから私は彼を安地から戦地へと連れ出した。
「セドリック!貴方は無力などではないわ‼︎」
敵を斬り進め、城壁に沿って前進しながら力の限り声を張り上げる。私に横から襲い掛かってこようとした敵兵をカラム隊長が斬り裂いた。腕を引く私に、セドリックが歩幅を合わせるようにして足を前に伸ばした。
「ッ何故そう言える⁈俺は何も成し得ていないというのに‼︎」
どこかヤケ気味に声を上げるセドリックが、一瞬立ち止まろうとする。前方からまた敵の群が突破しようと駆け込んできていたからだ。
足を止めようとするセドリックの腕から今度は手を掴み、引いて構わず進む。衝突する直前に、今度はアラン隊長が駆け出し、走る私達の横を一瞬で通り過ぎてその敵兵を斬り伏せた。更にアラン隊長の後に続くように他の一番隊の騎士数人が敵を斬り進めて道を開いてくれる。
「私達を呼んだのも!ヨアン国王陛下を説得したのも貴方でしょう⁈」
彼を握る手に力を込める。彼が驚いたようにまた足を止めそうになるから、私の方から思い切り引き寄せる。物陰から敵兵がセドリック目掛けて飛び込んできたのを確認し、私がセドリックと入れ替わるように飛び出し、身体を捻って懐に潜り込んだまま斬りつける。
「貴方が無茶して馬鹿して私達に助けを求めなければ‼︎この国にはフリージアもアネモネも居なかったわよ‼︎」
城の壁を登ろうとしていた敵兵が私達に銃を向けてくる。引き金を引かれる前に、私から先にその手を撃ち抜いた。私が突然発砲したことに驚いたようにセドリックが目を丸くした。
「力なんて無くても‼︎才能に頼らなくても!己が意思で足掻いた貴方を誇りなさい‼︎」
今度は城壁にへばりついていた敵兵が私達にめがけて飛び降りてきた。剣を持ち直し、迎えるように剣を突き出し刺し貫く。無力化したは良いけれど、そのまま体重に負けそうになってフラつく私をセドリックが反対の腕で背中から肩ごと掴んで支えてくれた。剣を抜き、振り返ると狼狽えるように「すまない、今のはっ…」と私に触れたことを詫びる彼に、思わず笑ってしまう。
「良いわよ、こういう時くらい触っても。」
ありがと。と軽く御礼を伝えながら再び前進する。私の返答が意外だったのか、一拍遅れてから私に手を引かれて駆けるセドリックが再び声を上げた。
「お前はっ…情けないと思わないのか⁈他者に手を引かれ頼るしかないこの俺を‼︎」
「それに意地張りで泣き虫で容姿ばかり自信満々の貴方を⁈」
ついでに俺様、と言いたい気持ちだけ抑えて、彼に対抗するように声を上げる。少し堪えたのか、彼が返事の代わりに今度は強く私の手を握り返してきた。
足元に倒れていた敵兵が息を吹き返し、セドリックの上着を掴んだ。私が咄嗟に足で蹴り払うと、今度は私の足を掴もうとしてきたから飛び跳ねて躱し、斬りつけた。そして口を噤んでしまった彼の手を私からも思い切り握り締め、叫ぶ。
「少なくとも今の貴方を情けないとは思わない!」
彼の顔を見ずに再び前進しながら叫ぶ。アラン隊長達が前方の敵をかなり一掃してくれているけど、やはり八方から敵兵が湧いてくる。その度に剣を振るい、銃を撃ち、カラム隊長や他の騎士達に助けられて進んでいく。
「いくらでも頼りなさい‼︎貴方が誰かの為に手を伸ばすのなら何度でも私が掴んであげる!そんな貴方だったからっ…」
背後から来るぞ‼︎と背後を守ってくれる騎士から叫び声が聞こえる。振り返れば、私達を追い掛けるように背後を狙ってまた別の敵兵達が迫ってきていた。アラン隊長が倒してくれた敵兵達の骸から銃を引き抜く。二丁手に取るとその場で一度私は飛び上がった。そのままセドリックに向かい再び声を張る。
「私達は…出逢えたのだからっ‼︎」
空中に身体が浮いたと思った瞬間、一気に敵兵を両手で撃ち抜いた。
パンパンパンッ‼︎と連続して弾丸の音が響き、敵兵が血を吹いた。着地し、空になった銃を放り捨てると目を見開いたままのセドリックの手を再び引いて前へと進む。
「大丈夫。ちゃんとできるわ、貴方なら。」
至近距離のセドリックにだけ聞こえるように声を出し、他に敵兵がいないか確認をする。
背後の残りの敵兵は騎士達が相手をしてくれていた。
左右をカラム隊長が見事に他の騎士達と連携を取って守ってくれている。
前方をアラン隊長達が切り開いてくれていた。
このまま敵を粛清しながら進み、あとは南方にまで辿り着き、破壊された国壁を抑えれば良い。
南方に近づけば近づくほど、敵兵が更に溢れてきた。
敵兵の波に飲まれながら必死に城を守っていた衛兵や騎士達がそれを押し留めようと抗っている。騎士達に彼らの援助を命じると、私の前方を走っていた一番隊、二番隊の騎士が一気に駆け出した。一瞬、アラン隊長が私の方に戻ろうと身体を傾けてくれていたけれど「私は大丈夫です‼︎近衛騎士として一番隊と共に道を斬り開いて下さい!」と叫ぶと笑顔で加速していった。私達の傍に付いてくれているカラム隊長が三番隊四番隊に指示を出し、連携して私達を守ってくれる。
「…ちゃんと勉強はして来た?セドリック。」
アラン隊長が援軍に駆けていく先を眺めながら、セドリックに尋ねる。唐突な私の問い掛けに一拍置き、彼は頷いた。
「ちゃんと、…お前に言われてからその通りにした。」
いつもの自信満々の話し方ではなく、少し戸惑い気味のトーンで語る彼だったけれど、その断言に私は「偉いじゃない」と軽く返してみせた。
そう、私は彼に言った。私達が騎士団を連れてサーシス王国に再び訪れるまで、ちゃんと勉強しなさいと。それが、彼にとってきっと必要なことだと思ったから。
「なら、教えて。貴方は今の戦況をどう思う?」
「…要は北方の最前線。恐らく、コペランディ王国の本陣や司令官もそこに居るだろう。騎士団からの報告から判断しても敵の一番の戦力はそこに集中されている。…何より、こうして騎士団が体制を整えるまで無理に攻め込んで来ないのがその証だ。己が保身の為に兵を多く手放せないのだろう。」
既に投爆で奴隷達は捨て石にされた。残りは主力だからこそ、無駄にできないと語る彼に心の中で感心する。私やジルベール宰相、そしてヨアン国王とも同じ意見だ。私が「あとは?」と尋ねると、更に彼はその口を動かし出した。
数字上も含めて早口で語る彼からは、ひたすら戦略や対抗策が続けられた。殆どは私やジルベール宰相達が辿り着いた考えと同じだったけれど、時折違う視点での罠や陽動の可能性も提示してくれたり、さらには敵国の戦略ミスの可能性も語ってくれた。どうやらかなりの量の本を読み込んで来てくれたらしい。思わず私達の周囲で騎士達が戦ってくれていることを忘れそうなほどに長々と語り続ける彼に少し呆気に取られてしまう。そのまま延々と続けそうな彼に「そこまでで良いわ」と途中で止めようとした時だった。
「あとは正体不明の気球からの投爆か。恐らくは距離と時間から計算しても我が国から最も近いコペランディ王国からの」
「⁈ちょ、ちょっ、ちょっと待って⁈」
構わず続けようとするセドリックに、思わず裏返りながら声を上げる。私の突然の慌て声に傍にいたカラム隊長や他の騎士達も振り返って目を丸くした。
セドリック自身も私の反応に驚いたらしく、瞬きを数度して口を僅かに開けたまま見返してきた。理解していないらしい彼に私は繰り返すようにさっきの言葉をそのまま返す。
「〝正体不明の気球〟…⁈」
それは、まさか今まで何度も北方の最前線を襲ったあの謎の投爆のことなのか。そう思い彼の手を引き寄せ、見上げれば私の反応に戸惑ったかのように顔を強張らせた。
何故そう思ったのかと尋ねようとする私に、彼は僅かに上半身を逸らし、…気がついたように頭上へと目を見張った。
あまりに先程以上の驚愕に染められたその表情に私も引っ張られるかのように空を見上げる。そして、セドリックと同時に声を張り上げた。
「投爆だ‼︎」「爆撃が来ます‼︎全隊備えを」
次の瞬間。爆撃が、城ごと私達の頭上へと襲い掛かった。