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松本人志さんの裁判が終了し、松本さんと文春がそれぞれコメントを出しました。 松本人志さんの裁判が終了し、松本さんと文春がそれぞれコメントを出しました。 弁護士を含め、色々な方が考察していますが、「少しズレてるな」とか、「表面的にしか見ていないな」などと感じてしまう考察も少なくありません。 裁判実務を20年以上経験している弁護士として考察します。 この件で非常に特徴的なのは両者のコメントの内容です。 簡単に言うと「強気な松本氏のコメント」に対して「弱気な文春側のコメント」という対照的なコメントとなっていることです。 ここから読み取れることはいくつもあります。 順を追って説明します。 皆さんもお聞きになっていると思いますが、進行している裁判を取り下げるのは、原告の意思だけではできません。被告が同意することが必要です。 本件でも同じで、松本氏の意思だけでなく、文春側が同意したからこそ、訴えの取り下げが出来ているわけです。 どなただったか忘れましたが、「文春は訴えられている側であり、裁判を望んでいなかったのだから訴訟を取り下げたいと言われれば当然応じる」ということを前提にコメントしている方がおられましたが、それは違います。 被告側が「この裁判は勝てる」と感じていれば、訴えの取り下げには容易に応じません。判決が出る前に訴えの取り下げが完了すれば、また原告が再度裁判を提起することが可能だからです。「この紛争を終結する」「裁判を望んでいない」からこそ、被告は「勝てる」と見込んだ裁判は最後まで継続する意思をもつのが通常です(だからこそ、法律上も被告側が同意しなければ訴えの取り下げができないようになっているわけです)。 では、原告から訴えの取り下げをしたいとの連絡があった場合、被告はどうするか。 それについては様々なケースがあります。 ① 被告側は「この裁判は勝てる」と考えているので、取り下げには応じない。 ② 被告側は「この裁判は勝てる」と考えているが、この裁判で勝つことよりも別のメリットがあるため、取り下げに応じる。 ③ 被告側は「この裁判は負けるかもしれない」(負ける可能性がある)または「この裁判には負ける」と考えているので、取り下げに応じる。 この②③の場合には取り下げに応じることになりますが、被告側はただ取り下げに応じるのではなく、少しでも有利にするために当然条件をつけようと努力します。 しかし、どれだけ条件にこだわるかは②③で全く違います。 ②の場合は当然、「勝てる裁判を放棄してでも獲得したい目的」があるわけですから、その「目的」を達することができるかどうかが重要で、被告が当然、強気な条件を原告に求めます。その「条件」が達成できなければ取り下げには応じません。これに対し③の場合には被告側も「取り下げによりとりあえず訴訟は終了して欲しい」と考えているわけですから、それほど強気の条件は出せません。強気の条件により原告が「じゃあ訴訟を継続します」と言い出すことは何としても避けたからです。ですので③の場合は「被告側のメンツが保てる程度の(最低限の)条件」を出すことが一般的です。 さて、この観点から本件を見てみます。 本件は①ではないことは明らかで、②③のいずれかになります。 また本件では双方陣営が「金銭の授受はない」と言っていますから、「双方がコメントを出すこと及びその内容」が「訴えの取り下げに被告が同意する条件」だったと考えられます。 このような場合は通常、双方が相手の出すコメントを事前に見て、加筆・修正を求め合います。本件では松本氏のコメントを文春側が、文春のコメントを松本氏側が、それぞれ事前にチェックします。その際には文章の内容だけでなく、言い回しや使われている単語レベルまで細かく要望を出し合うのが通常です。 つまり本件でも、松本氏のコメントは文春がOKを出したコメントで、文春のコメントは松本氏側がOKを出したコメント、と考えられるわけです。 まず、「文春側が事前にOKを出したと考えられる」松本さん側のコメントを見ます。 全体としては、 ・裁判を終了する理由のパート ・謝罪のパート に分かれます。 「裁判を終了する理由のパート」ですが、かなり強気なコメントです。「強制性の有無を直接的に示す物的証拠はないこと等を含めて確認いたしました。」という点は明らかに一方的な松本氏側の勝利宣言に見えます(少なくとも被告側ならそう感じます)。文春側が「この裁判では確実に勝利する」と考えているなら、このような「松本氏側の勝利宣言」とも見えるコメントにOKを出すでしょうか。「物的証拠はない」という言い方もわりと抑えた内容にはなっていますが(形式的には「物的証拠以外の証拠」については触れていないことになりますから)、世間一般の方が読んだ際にそこまで読み込むこと考えにくいです。もし、「この裁判に勝てる」と考えていたのであれば、松本氏の「裁判を終了する理由のパート」の削除か大幅な修正を求めるはずです(この点、「今後の松本氏との関係を考えた」かのようなコメントも拝見しましたが、あれだけ一方的な報道をしておいて、まさか「松本氏との今後の関係が上手くいく」とは文春側も考えていないでしょうから適切でないと思います)。また、何らかの事情でこのパートの削除・大幅な修正を求めることができなかったのであれば、せめて文春側のコメントに、これまでことあるごとに文春側が繰り返していた「取材には絶対の自信があります」という一文をいれるはずです。そもそも文春側のコメントには最低限その一文は必要だったはずです。しかし、その「当然あるべきコメント」が今回の文春側のコメントには見られません。松本氏の上記「裁判終了理由」のコメントがなければ、文春が「取材への絶対の自信」コメントがないことも理解できますが、松本氏の上記勝利宣言に対するコメントがないのは非常に不自然です。 繰り返しになりますが、事前の双方の協議で、「松本氏側は文春側には強制性を示す証拠がなかったとコメントする」「文春側は『取材は正しかった』というコメントを入れない」ということが(明示的に協議されたか黙示の合意だったかは別として)合意されたということになります。これでは少なくとも文春側が「この裁判には絶対の自信があった」と考えていたとは伺えない、非常に弱気な態度に見えます。 次に、謝罪パートです。 報道などをみますと、文春側がこだわったのは「女性に対する謝罪」とのことです。 しかし、松本氏の謝罪は「不快な思い」「心を痛めた」という「心情」に対する謝罪であり、「そのようなものがあれば」という条件付きの謝罪です。何らかの「行為」に対する謝罪ではありません。ましてや、「無理矢理行為に及んだ」ということについての謝罪ではありません。 私も弁護士として性犯罪の加害者の代理人として被害者側と交渉したことは何度もあります。どの場合も被害者は「自分が受けた行為」に対しての謝罪を求めます。例えば脅迫して性行為に及んだような事例を考えて下さい。その被害者に「不快な思いをしたのであれば謝罪します」と言って納得するでしょうか。このような謝罪は「性行為をしたことについては謝罪しない」という意味になるからです。性犯罪の被害者に対しての謝罪は必ず「加害者が行った行為」についての謝罪になります。 そう考えて松本さんの「謝罪」を見ると、「松本氏が行った何らかの行為」についての謝罪は一切含まれていません。それどころか「松本氏が何らかの行為に至った」ことすら一切触れられていないのです。「裁判終了理由パート」で「強制性を示す証拠がない」と述べていた点と合わせて考えれば、少なくとも、「何らかの行為を女性に強制したことはにない」と述べているのと同じです。例えば、飲み会で下ネタが連発され、初参加の女性が嫌な思いをしたとします。飲み会終了後、しらふに戻って「あの飲み会、不快だった?だとしたらごめんな」と言う、その程度の「謝罪」です。 通常、性被害に遭った方がこの程度の「謝罪」を受け入れることは考えにくいです。 しかし、この程度のいわば「形式的な謝罪」を、文春側は受け入れたことになります。 しかも、文春のコメントによると「女性らと協議して」受け入れたとのことです。 当然ながら、文春は松本氏側から提示された「コメント案」を女性と共有したはずです。その上で、女性らも「このコメントで承諾した」ということになります。この女性は、「警察の捜査」ではなく、敢えて「マスコミへの公表」を選択した方です。その女性が「この裁判は勝つ」と考えているのなら、裁判の完遂を求めたはずです。特に女性に対して世間からの誹謗中傷があったというなら、なおさら「裁判での完勝」を求めたはずです。そうでなければ名誉回復はできませんから。 しかし、文春だけでなく女性も、松本氏のあの「謝罪」(強制性を否定し、行為の存在すら公には認めていない謝罪)を受け入れたということになります。金銭の授受もなく、女性に対する名誉回復もないのですから(松本氏は強制性を否定されたままです)、女性側にも文春側にも特に「勝てる裁判を放棄してまで得られるメリット」が見受けられません。それであれば、前述の②(裁判は勝てると思っていたが別のメリットがあったから取り下げに応じた)は考えにくいのではないでしょうか。 つまり、文春は世間で言われているほど「取材についての絶対の自信」「勝訴への確信」はなかったのではないかと思います。 では、なぜ松本氏は訴えの取り下げを選択したのでしょうか。 この点については私もあれこれ想像していましたが、中西正男氏の記事にあった「松本氏の心の動き」は私が複数の情報筋から聞いた情報と整合しており、真実に近いのではないかと思いました。気になる方は「松本人志さんの裁判終結。取材をして感じたこと。そして始まった新たな戦い」を検索してみて下さい(中西さんからは何ももらっていません。念のため)。 いずれにせよ、本件は当事者同士が自らの意思で紛争を終結させました。 様々な立場の方がおられると思いますが、我々はしょせん外野です。この件はこれにて終了とし、松本人志さんの活躍を期待する方は松本さんの復帰をワクワクしながら待ち、復活後には大いに楽しんで下さい。松本人志さんに反感を持つ方は、松本さんではない別のエンターテインメントを楽しんでもらえればよいと思います。 ただ、文春は今回の報道についての検証は行って欲しいと思います。私は保険会社等から依頼を受け、不正行為と疑われる事案の裏付け証拠の収集・検討を行う業務を多数取り扱っていますが、そのような一弁護士の立場から正直に申し上げて、文春側が収集した「裏付け証拠」では裏付けとして非常に弱いと感じています(真実何があったかの問題ではなく、証拠の問題です。また、あくまで現在把握できる範囲でということになります)。文春は今や「一つの強大な権力」となっています。その行動一つで1人の人間を社会的に抹殺することも可能ないわば絶対権力です。それだけの力を持っているからこそ、時には「文春の身内ではない、別の視点を持つ専門家」の意見も聞きながら、「適正な報道機関」の使命を全うして欲しいと思います。 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。